第107話 エピローグ
セリカがランディの店を始めて八年後、記念すべき日がやって来た。
「まさか十年よりも早く、貸した金に利子をつけて返してもらえるとはな。」
「頑張りましたから…。でも子育てや普段の生活にダニエルの応援があったおかげよ。本当にありがとう、お父さん。」
「ありがと! お父ーしゃん!」
腕に抱いていた娘にもお礼を言われて、ダニエルは苦笑している。
「おいおい、ドルーは意味がわかって言ってるのか?」
「わからないけど、ありがとうの気持ちは僕も一緒だよ。お父さん、誕生日おめでとう! これ、マイケルと僕からのプレゼント。」
「カッコいいやつなんだよ!」
長男のダグラスと次男のマイケルは、ランディの店で使い走りの手伝いをして貯めたお金で、父親のダニエルにハンカチと靴下を買っていた。
ダニエルはドルーを下におろして、ダグラスからプレゼントを受け取ると、男の子二人をギュッと抱きしめた。
「なんて嬉しいんだ。ダグラスもマイケルもありがとう! 開けてみていいかい?」
「うん!!」
二人がジッと見守る中で、ダニエルはリボンをほどいて、包装紙を開ける。
「うわ、これはすごいな。こんなカッコいいハンカチや靴下を持てるなんて。お父さんは幸せ者だな。」
本当に嬉しそうなダニエルを見て、子ども達も安心したようだ。
セリカはそんな夫と息子たちの様子を見て、改めて幸せを感じていた。
ハイハイしてきて、セリカの足につかまり立ちをしている一歳のシェリル赤ちゃん。
今日は何か楽しい日だと朝から興奮している三歳のドルー。
浮遊魔法が得意でいつもタンジェントを困らせている五歳のマイケル。
ダニエルに似て、冷静で頭のいい七歳のダグラス。
女の子と男の子が二人ずつ。
四人もの子どもに恵まれて、ラザフォード侯爵家は大家族になった。
ダルトン先生は暇があるとうちへやってきて、子ども達と遊ぶのを楽しみにしている。
足腰は弱ってきているが魔法量は相変わらず多いので、足が痛い日には浮遊魔法を使って移動しているようだ。
次男のマイケルはダルじいを英雄視しているので、いつも側にくっついて歩いている。
どうやら親に隠れて、魔法も習っているらしい。
ダルトン先生は後継ぎがいないので、マイケルを養子にくれないかと聞かれたことがある。
セリカは成人後に本人が望むのならと答えたが、本当はどこにも行ってほしくない。
長男のダグラスは貴族の基礎学校に行く時に困らないように、今年の春からデクスター先生に勉強を教えてもらっている。
勉強もできるのだが、ピアノを弾くのが好きらしい。
これはセリカのお付きのエレナの影響だと思われる。
この夏、ダニエルが魔法科学研究所で電気で自動演奏ができるピアノを作って、セリカの店へプレゼントしてくれたのだが、これがダグラスには衝撃的な代物だったようだ。
それ以来、お父さんに魔法科学研究所に連れていってくれとせがむようになった。
この子もダニエルのような研究者になるのかもしれない。
「電気」を使う電灯などは、セリカが店の平民の従業員が扱いやすいようにと頼んでダニエルに作ってもらったものだが、思いもかけないことに店のお客様の口伝えから、ファジャンシル王国全体に広がっていった。
今では都市部にはどこの家でも電灯がある。
貴族の魔法量が少なくなっているので、貴族社会にも電気製品が受け入れられていった。
長女のドルーは生まれてすぐに、ジュリアン王子の息子のアーロン殿下から結婚の申し込みがあった。
セリカは目が点になったが、それはほんの序の口だった。
ダレニアン伯爵のところのティム君とジョシュ君をはじめ、コールマン公爵、ディロン伯爵、マースデン伯爵…等々、数えきれないところから嫁に欲しいと言われている。
せめて基礎学校が済む十歳まで相手を決めるのを待ってほしいと、セリカはダニエルに頼んだ。
ドルーにも最低限、好きか嫌いかぐらいは、選ばせてやりたい。
今では派閥も統合されつつあって、貴族もジュリアン王子の下にまとまりをみせてきている。
オディエ国との国交も盛んになっているので、国際結婚をしたという話をよく聞くようになってきた。
そして姉の例にもれず、よだれを垂らしている次女のシェリルも、ジュリアン王子の息子からプロポーズを受けている。
…早すぎない?
― 子ども達もみんな、魔法量が多そうだからねぇ。
ダニエルが自分の結婚を避けるために、あんなことを言うからよね。
― でも、セリカも第三夫人とかにならなくて良かったじゃ
ない。
…まあね。
「お母さん! 飛び竜が来たよ! ダレーナのおばあちゃんたちから手紙が来てるかも。」
ダグラスが窓の外を見て、興奮して叫び声をあげた。
その声にすぐさまマイケルとドルーが反応する。
「おにいちゃん、きょうは小人をどっちがさきにみれるかきょうそうだよー!」
「あたちも、いくぅー!」
上の三人が走って部屋を出て行ってしまったので、ダニエルもシェリルを抱っこしてセリカを促した。
「セリカ、どうやら誕生日の食事は、もう少し後になりそうだぞ。」
もう、三人とも飛び竜が好きなんだから…。
「ピザが冷たくならないうちに、戻ってこなくちゃね。」
セリカはダニエルの腕にそっと手をかけて、子ども達の後を追って一緒に食事室を出て行った。
そんな家族の仲睦まじい様子を、従業員たちも微笑みながら見守っていた。
飯屋の娘は魔法を使いたくない? 秋野 木星 @moku65
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます