第106話 オープン
とうとうランディの店が開店する日がやって来た。
一週間前に改装が終わってから、従業員一同で開店準備に追われてきた。
何度もお客様対応の練習をしたから、大丈夫だと思いたい…たぶん。
営業時間は飯屋と同じ九刻~十二刻だ。
旅館を兼ねているということもあって、十二刻~十五刻の飲み屋の時間帯もお酒などと一緒に食事ができる。
今日は泊り客もいないので、旅館側の従業員も総出でレストランの方を手伝うことになっている。
大勢食べに来てくれるといいな。
ダニエルの会社の人には宣伝しているので、お客様がゼロということはないと思う…たぶん。
準備は万端だとセリカは思っているが、心配はつきない。
セリカが店の中を行ったり来たりするので、とうとうディクソンに怒鳴られた。
「セリカ様、自分がやって来たことと、従業員たちを信じなさい。今日一日で成功や失敗が決まるわけじゃないんですから…。」
はい、おっしゃる通りです。
「ええ、わかった。わかってるんだけどね、落ち着かないのよ。」
「物産品売り場に行って、ちょっと座ってましょう。もう半刻で開店ですからね。」
エレナに言われて、玄関横にあるラザフォード侯爵領の物産品売り場に行った。
ここには領内から集められた商品が並んでいる。
新婚旅行で食べたジエイ村のシェパードパイの試食品も置いてあった。
アダムの鍋やザル、ザクトの街の陶器もある。
そして隣の部屋には手芸品売り場も出来ていた。
窓際に置いてある自分が作ったステンドグラスのランプの側に椅子を置いて座ったら、少しは落ち着いてきた。
「心配しなくても、大勢のお客さんがもう並び始めてるようですよ。」
エレナがそう言って窓の外を見ている。
セリカも身体をねじってエレナの後ろから覗いてみたら、店の前からズラッと長い列ができていた。
「まぁ、オープン記念に配る焼き芋の数が足りるかしら?」
「そうですね。カットしてもらったほうがいいかもしれません。あ、セリカ様は座っていてください。私が行ってきますから。」
エレナが厨房に知らせに行ってくれたので、シータが側に歩いてきた。
「セリカ様、開店おめでとうございます。どうやら成功は間違いないようですね。」
「いいえ。お客様が帰られる時の表情を見なくっちゃ。満足していただけるといいんだけど…。」
九刻の開店の時間に「お待たせしました。」と言いながら、シビルが旗を持って外に出ていくと、ドッとお客様が店の中に入って来た。
「うぉー、すげー変わってる。」
そう言っているのは、前の旅館だった時のことを知っている人だろうか?
席に着いたお客様からの注文が次々に厨房に入って来る。
セリカはそれを聞きながら面白いなと思った。
個室の貴族の人たちがピザなどの庶民の料理を頼んで、平民の羽振りのよさそうな人が貴族の料理を頼んでいる。
好奇心が強そうな人は外国料理だ。
三種類の料理が食べられるようにしたのは、良かったかもね。
席が満席になって給仕の手が足りなくなってきたので、セリカはエプロンをつけて手伝いにいった。
従業員たちはギョッとしていたが、平民のお客さんでセリカの顔を知っている人はあまりいない。
「ねえちゃん、このうな丼というのは美味しいの?」
「ええ。甘辛くて精がつきますよ。」
「じゃあこれと、エール。」
「俺はかつ丼にしてみよう。それとカレーというのも気になるんだけどな。」
「ご飯が重なりますので、このカレーピザにされて二人で食べられたらどうですか? つまみになりますよ。」
「へぇ~、じゃあそれも
「ありがとうございます。エールはつけますか?」
「ああ、頼む。」
セリカが注文を受けて厨房へオーダーを届けに行くと、ディクソンに苦笑された。
「給仕をする侯爵夫人なんて、初めて見ましたよ。料理を運ぶのは他の者にさせて下さいね。」
「…わかってます。」
その後、会計を手伝っていたら「ありがと、美味かったよ! 今度はカレーライスを食べに来るな。」とさっきの男の人たちが笑顔で帰って行った。
「ありがとうございました。またおいでください!」
お客様に頭を下げながら、セリカは充実感で胸がいっぱいになった。
こうやって一人一人のお客様の満足と向き合っていく飯屋の仕事はやはり面白い。
魔法が使える貴族になって、光や風や水も遠慮なく出せるようになったし、空も自由に飛べるようになった。
けれど庶民の工夫や向上心や日々の働きが、毎日の生活を、国全体をつくっていっていると、セリカは思っている。
そんな人々の活力を支えていく飯屋の仕事をセリカは愛している。
ずっと続けていきたいな。
― そうだね。
魔法はなくても何とかなるけど、ご飯を食べられなきゃ
生きていけないもんね。
動き始めたセリカたちの飯屋。
このランデスの街に根を下ろして、大きく育っていく未来が楽しみだ。
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