小2でメディアリテラシーの大切さを知る

あまりお堅い話ばかりでも飽きると思うので、私の思い出話なども書いていきたい。


昨今「メディアリテラシー」という言葉を聞くことも増えてきただろう。

だいぶ端折るが簡単に言うと


「情報を 信じる前に 裏取れよ(五七五)」


である。


これを怠れば軽くて赤っ恥、最悪なら罪に問われる場合もある。

まあ、だいたいの人は1回経験すれば懲りるだろうが、その際に背負う傷の深さは中二病の痛い記憶さえも丸ごと抉り取るほどだろう。


かくいう私も、小学二年生にして最悪の事件を起こし、メディアリテラシーの大切さを痛いほどに理解したひとりだ。まあ、そのおかげで新聞を情報源ではなく「手の込んだ脚色がなされた読み物」として楽しめているのだから悪い話ではないのかもしれない。




さて、そろそろ本題に入ろう。

ここで語るくらいなのだから、私の黒歴史はゲームに深く関連している。

勘のいい30~40代の方なら、もしかしたらこの時点で気づいてしまったかもしれない。

せっかくだから赤い得点でもカウントしながら記述していくことにしよう(ここで正解なら100点)。


私の家では親がファミコンに夢中で、「ゲームは1日1時間。ただし親はノーカン。」という生活スタイルだった。親が遊びたくて購入したソフトは数知れず、逆に私が欲しいと思って買ってもらったものはほとんどない。

そして、親はファミコンだけでなく、当時ブームに乗って発売されていたファミコン雑誌も複数種類購入していた。当時はファミコン情報誌が数多く出ていて、「ファミコン雑誌のテレビCM」が流れていたほどだ(ここなら90点)。


そんなわけで多数の雑誌が出ていたものの、小学二年生の私にとって内容はほぼ同じにしか見えなかった。某ゲームのマップに至っては違いを見つけることができなかったくらいだ。(80点)

また、当時のファミコン雑誌には「裏技コーナー」という花形の記事があった。ちょっとしたバグやメーカー直送のデバッグコマンドなど、さまざまな裏技が掲載されていて、無敵モードなどいつもと違うプレイが楽しめたのだ。(70点)


幸か不幸か、親がファミコンに夢中になっている家庭はクラスになく、たくさんのファミコン雑誌を持つ子供などほぼいない状況であったので、私は見事「ファミコンに詳しいやつ」になることができた。なにしろ、自分が持っていないゲームの情報すら握っているのだ。とくに裏技の情報はみんなからとても喜ばれた。(50点)


思えばあのとき、私は少し有頂天になってしまっていたのかもしれない。擦れていない小学二年生であったがゆえに、人を疑うことさえしていなかったのも悪かったかもしれない。(40点)


破局は突然訪れた。


「おい、お前に教わった裏技、できないんだけど!」(20点)


そんなはずはない!と思い、すぐに私は彼の家に向かった。私が持っていないゲームだったので、彼の家で試すしかなかったのだ。


結果は……残念ながら裏技を再現できなかった。

その日から「うそつき」と呼ばれるようになった私は、一部のクラスメイトから数年にわたりいじめられるようになってしまい、じつに惨めな小学生時代を過ごしたのである。


その裏技が再現できなかった理由だが、決して私や彼の腕が悪かったわけでも、タイミングが難しかったわけでもない。(10点)


掲載されている裏技が「ウソ」だったのだ。


その雑誌では、毎回50個掲載している裏技に加え、ひとつだけ「ウソ」を載せクイズにしていた。それに気づかず皆に広めてしまったために、私は破滅したのだ。


そんなことがあって以来、私はメディアリテラシーを大いに意識するとともに、あらゆるものに対する不信感を募らせるようになったのであった。




ファ●マ●よ、私は貴方を一生恨むが、同時に感謝しているぞ。

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