悠久の終わり
あの日、戦に敗れた私は、悠久の時をこの島で過ごした。
人間など足も踏み入れないセントエルモの奥地の海に浮かぶ島。
島に縛られた私はこの場から、私の名を冠した国を見てきた。
この国にいくつもの、いくつもの文明が生まれた。
それもすぐに争いによって滅び、また違う文明が作られる。
何度も、何度も、その繰り返し。
滅びた原因はその文明によって様々だ。
食料の奪い合い。
資源獲得のための土地の奪い合い。
同じ文明同士での争いもあった。
他にも災害や病、魔物が原因な事も。
そのほとんどが、人々の争いの歴史。
時に、争いに終止符を打つべく行動した文明も存在した。
団結し、立ち上がった彼らもまた、圧倒的な武力を持った他国に殺された。
それでも人は強かった。
生まれ、育ち、灯された命のバトンは繋がってゆく。
時代は目まぐるしく移り変わる。
この国はやがて、抵抗し、戦うことを完全に諦め、他国の軍門に下ることとなった。
私もその選択が最善だと思う。
これ以上この国の民に血を流してほしくなかった。
その日は私も民とともに大いに喜んだ。
だが、それは甘すぎる考えだと痛感することになる。
抵抗しないことを良いことに他国は、この国に無茶な要求を始めた。
男性たちは、休まることのない労働、女性は、人身売買から、口にすることさえも躊躇うような扱いを受けた。
日に日に民たちは心身ともに疲弊していき、次々と死者が出た。
血は一切流れていない。
奴隷のように扱われ、弱り、衰弱による死だ。
精神が削り壊され、物言わぬ廃人になった者も多くいた。
その後、そのような者は他国に運ばれ、私の目の届かない場所に渡った。
何をされ、どのような扱いを受けたのかは想像もしたくない。
そんな毎日が当たり前に続いていく筈もなく、民は農具に代わり、再び剣を取った。
男たちは戦いに出てゆく。
残された女は、国で男たちの安全をひたすらに願う。
戦いに出た男たちの中には、若い、まだ幼い少年の姿がいくつもあった。
将来のある若者までも戦いに駆り出された。
結局、その少年たちが戻ってくることはなかった。
他の男たちもほとんどが帰ってはこなかった。
女たちは枯れるまで泣き、疲れ切って眠る者、男の後を追って死ぬ者と様々だった。
結局、事態は何も好転することはなかった。
確かなことは、あの戦いに敗北した私が全ての元凶であり、この国の民たちをここまで追いやってしまった原因であるということ。
自分を責め続ける日々に疲れ切った私は、やがて逃げるように世界から目を背け、空の色が変わるのをただ、見ていた。
あの人が現れた、この日まで。
今夜は、空が、星が、月が、全てが歓喜しているような夜だった。
それと関連しているのかは定かではないが、この島に初めて人が来訪した。
いや、流れ着いてきた。と言った方が正しいだろうか。
陸地からは途方もないほど離れているはずなのに、よく流れてきたものだ。
しばらくして少年は目を覚ました。
しきりに周りを気にしてから私が先ほどまで見ていた空を眺めていた。
その表情が余りにも綺麗で豊かだった。
釣られてこちらまで幸せな気分になる。
空は、いつもよりもずっと、海に近いように思える。
長い間、世界から目を背けていたので、こんな感情は久しぶりだった。
そんな少年から目が離せなくなり、しばらく様子を見ることにした。
次は奥へ進むようだ。臆せずにどんどんと進んで行く。
魔物がいるかもしれないというのに、なかなか勇気がある子だ。
実際ここには結構な頻度でシーサーペントの巨大種の群れが休みにくる。
見るからに戦いを知らなさそうな少年が戦える相手ではない。
それでも少年は一切歩みを止めずにこの島の奥地へ来た。
まるで冒険を楽しむかのようなワクワクとした表情で。
ここには、私自身、と言っても過言ではないモノが埋まっている。
あの戦いに敗れた直後に散ったので、ほんの小さな気配は感じるが、私にはそれが、この狭い砂浜のどこに埋まっているのかピンポイントでは分からない。
分かったところで実体がないので探し出すことなど不可能な分身だ。
少年はワクワクしたような表情で砂浜を見渡し、散策を始めたが、すぐにその表情が曇ってしまった。
何かに期待していたみたいだったのに何もなくて残念。
といった表情。
なんせここ来た人間は君が初めてだからね。
そんな金銀財宝! なんてものはないのよ……。
ごめんなさい。
なんだかこっちが申し訳ない気分になってきてしまった。
私も少年と一緒に少しだけ落ち込んだ。
少年が踵を返そうとしたその時だった。
ずっとここで、世界と空を見てきた私が、初めてその現象を目の当たりにした。
月明かりが完全に消え始めたところから始まり。
明かりが一本の線になり、地面に降り注ぐ。
そしてその一本の光はすぐに消え、元の空に還っていく。
そんな現象だった。
少年も私と表情がリンクするように唖然としている。
今のは、一体……?
とある砂浜の一角を、まるでここに何かがあると言わんばかりに、光が差していたようだったが。
そこに私が埋まっているとでも言うのだろうか、にわかに信じられない。
仮に本当に埋まっていたとしても、あれからもうどのくらいの年月が経ったのだろう。
人間一人の力で掘り起こせる範疇など超えた、遥か地中の中だろう。
少年もしばらく唖然としていたが、その内先ほどの光の差した場所へつられるようにして歩みを進めていく。
何をしようとしているのか。
引き続き少年を見守る。あの地点に到着した。
しゃがみ、砂に指を埋めた。
そして、あろうことかその場を掘り始めた。
「な、ななな! 何を!」
悪い予感が見事に的中してしまい、かなりの焦りが私の中に生まれた。
そんな場所を掘ったところで何かがあるという確証はない。
仮に、それにあったとしても君の小さな手で掘り起こせる場所には確実にない。
君だけが傷ついてそれで終わるだけ!
もうやめて……君の落ち込んだ顔はもう見たくはない。
私の願いは少年には届かず、彼は今もなお懸命に掘り進めている。
手がぼろぼろになってもやめようとしない。
空が転がり、色を変えてもなお、その手は、彼は動きを止めない。
地面はかなりの深さまでえぐれている。
表情も虚ろで、身体もぼろぼろだった。
初めの勢いなどは見る影もなく、いつ力尽きてもおかしくないくらいに憔悴している。
それでも、弱々しく手を振り下ろし続ける。
自分の立場など完全に忘れ、祈るようにして無意識に手を組む。
どうか彼が生きて、ここから出られますように。
どんどん大きくなっていく、私の気配を感じながら、ただひたすらに祈っていた。
ついにその時が来る。
地中の奥深くに埋没していたそれが、私自身が姿を現した。
遥か太古に眠りにつき幾星霜、外の世界などいつぶりだろうか。
記憶はもう、聖戦を最後に、埃を被り色褪せていた。
肝心の彼は、息も絶え絶えでその場にうつ伏せで倒れている。
このままでは確実に命が終わる。
どうか私を掴んで。
――そうしたら君を
もう動けないはずの彼が、彼の手が、最後の死力を尽くして私を力いっぱい掴んだ。
精神体の私を強い光が包む。
それはとても、とても暖く、温もりに満ち溢れていた。
体重が少しずつかかり始め、漂っていた空から徐々に地面へと近づいていく。
早く、早く。
命の灯が完全に消えてしまう前に、彼の元へ。
強く、強く彼を思えば思うほど、地面に、彼に近づく。
あと100メートルほどのところで、ストンっと一気に空気の抵抗が弱くなり、重力に引っ張られる。
「ちょっ、ちょ、ちょっと待ってえぇぇぇぇえ!」
物凄い勢いで砂浜へと落下していく。
痛みという忘れかけていた感覚。
それに備えるべく歯を食いしばった。
この高さから落ちたらひとたまりもないだろう。
へ、下手したら私が危ないかもしれない!
ドスンっと大きな音を上げお尻から砂浜に落ちた。
砂浜には程よい深さの、丸いクレーターが完成した。
備えていた感覚は全くない。
お尻の大きさで衝撃を緩和したのか?
そんなおかしな疑問が出てきたが、仮にも、過去に戦いの女神などと呼ばれていたことを思い出し苦笑いをする。
「おっとと! 笑ってる場合じゃないわね。早く彼の元へ急がないと」
落下場所から少し離れた彼の元へ早足で駆け寄る。
もう完全に意識を失っており、呼吸も止まる寸前だった。
こんなにぼろぼろになって、挙句の果てには命まで投げ出して、この子は本当に……。
ありがとう。
私を再びこの世界に引き戻してくれて。
彼の額にそっと唇を添える。
別に唇を添えるのはどこでも良いのだけれど、なんというか恥ずかしかった。
そもそも、唇を添える必要など一切ないのだが。
(ヴィナス)
魔法を使うなどいつ以来だろう。
心の中で唱える。
私の回復魔法に蘇生効果はないが、回復効果はしっかりと機能するはずだ。
ここで成功してもらわなかったら非常に困る。
この子が目覚めないなら私はここにいる意味がない。
強く、強くひたすらに繰り返し唱えた。
絶対にこの人を救い出す。そんな一心で。
女神サマ御一行と行くっ! 未来の地球の歩き方! 有栖川 蓮 @Alicekawa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。女神サマ御一行と行くっ! 未来の地球の歩き方!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます