第1話 少年の野望

1話 少年の野望



幾度となく無数の星が走るようにして漆黒の黒い海へと向かって行く。争うように我先にと下へ、下へ走っていく。その星々は漆黒の空間に呑みこまれるようにして次々と、絶え間なく消えていく。そんな光景が目の前で何度も繰り返されている。

目覚めたとき、真っ先に目に飛び込んできた光景だ。


眼下に広がるは、空に浮かぶ明かりを反射して煌めく白い砂。徐々に視線を移していく。岩場。そして遥か彼方まで続いているのではないかと思わせるほどの、全てを吸い込む広大な黒の海。

流星群の始まる空を見上げる。宝石を散りばめたような満天の星空が目に映る。中央を通るは、星屑が大小様々な形や大きさで不規則に並び、集まり流れている白銀の川。

こちらも同じように目には見えない遥か先まで続いている。

そして、空の天井に浮かぶ、群青色をした2つの満月。

その目に映る全ての光景が余りにも綺麗で、瞬きを忘れ、目が離せない。もちろん、こんな美しい景色を見たのは、生まれて初めてのことだ。永遠にこの時の中で生きていきたい。無意識の内にそう願ってしまうほどに、目の前の全てに引き込まれていた。



その後しばらく、その風景をボーっと眺めていたが、次第に後頭部に違和感を感じ始めた。次第に痛みへと変わってゆく。


「痛ってぇ」


どこかで強く頭を打ったのか、ズキズキと痛む。まだ耐えられる程度の痛みだ。そんなことよりも今は、もうひとつ、更に重大な問題がある。


「そもそも、なんでこんな場所にいるんだ?」


もちろん、そんなことを聞いたところで答えなど帰ってくるはずもない。過去の記憶を辿る。

16歳の誕生日を迎えた次の日、両親の作物の収穫の手伝いをしていて、我慢できないほどの尿意に襲われ、少し離れた茂みへ入った。よし、ここまでははっきりと思い出せる。

そこで運悪く村の作物を食い荒らす問題児のヌシと鉢合わせて、追いかけられ……無我夢中で逃げていたら足を滑らせて山奥の谷底に。


「……って流されてここに打ち上げられたのか」


一体どこまで流されたのか、そもそも村から海まではかなりの距離があると聞いている。皆心配してるだろうなぁ。村には戻れるのかなぁ。そんな不安が芽生えだした。

それと同時にまた別の疑問が湧いてきた。


「ってあああああああああああああああああああ!!!」


少年の大きすぎる声が夜の島に響き渡った。あれ?その後の記憶が全くないんだが、尿意はどうなったんだ?もしかして……いやいやいや、そんなこと今はどうでもいいじゃないか。どうせ失態したとしても痕跡なんて跡形もなく消え去っているだろうし?確実に誰にも見られてない訳だし?そもそも追いかかられた恐怖のあまり引っ込んだかもしれないし?

など色々と考えてみたものの、成人を迎えた16にもなっての粗相とは実際のところかなりショックは大きかった。


思い出したくもない嫌な記憶をなんとか抹消したところでこの場所はどこなのか、という疑問だが。生まれも育ちもカストルティア領の山奥の小さな村だ。海を実際にこの目で見たのはこれが初めてだったため、全く見当もつかない。

今立っている場所は空が開けていて結構な広さがある。さらに奥には見るからに狭い洞窟が続いていた。心配や不安は未だに絶えない。しかし、普段では決して味わうことのできない経験に否が応にも冒険心がくすぐられてしまっている自分がいた。

洞窟に足が引き寄せられるようにして進んでいく。

そのころにはもう、先ほどまでの不安は消し飛び、冒険心に軍配が上がった。


しばらく歩くと、先ほどと同じような開けたところに出た。そこはさっきの場所より狭く、ここで道は終わっているようだ。いくら見回して歩き回っても奥に続く道はもうないようだ。冒険心に勢いよく灯った炎が徐々に勢いを失ってゆく。


「まぁ、流石に海賊や魔物が隠した金銀財宝! なんてある筈ないよなぁ、はぁ……」


期待を裏切られたような気になり、急に頭の中が冷水で流されたように冷静になる。仕方ない。先ほどの場所へ戻ろうと道を引き返そうとしたその時、不思議な現象が起こった。

空全体を照らしていた星明かりが消え、一面が漆黒の闇に包まれ、視界が0になった。何も見えない。それも一瞬の出来事で、闇の中、天上から一本の白銀に輝く太い線が生まれた。それは星明かりの階段のように地面に降り注ぎ、とある砂浜の一角を差し照らした。

その場所は歓喜で踊るように一際大きな光を放ちキラキラと光り輝く。次第にその光は細くなり、徐々に薄れ、最後は完全に消えてしまった。

時間にして僅か三十秒ほどの出来事。見上げても一筋の光の痕跡は一切なく、今までの星明かりに照らされた海岸へと戻っていた。まるでさっきまで光景は嘘だよ。と島全体が俺を嘲笑うかのように。

呆然と立ち尽くす。気のせいでは決してない。あの現象をこの目で確かに見た。


「な、なんだったんだよ……」


そんなこと本当にあるのかよ!と突っ込みを入れてきた自称何でも知っているばあちゃんの話は過去に何度も何度も聞いた。

とある場所でのみ幾度となく繰り返される雷の話。

『火を噴く山』の話。

『海に浮かぶ街』の話。

空と同じ景色を『鏡のように映し出す湖』の話。

天から降る白く冷たい『雪』と言うものの話。

北のオーズキューレ帝国の奥地の山でのみ発生する空に架かる『虹色のカーテン』の話。

西のポルックデウス公国のど真ん中にそびえ立つ『巨大すぎる岩石』の話。

他にも様々な本当なのか冗談なのか分からない、聞いているだけでワクワクするほどの大きなスケールの話を聞いた。

しかし、今見た現象のことなど聞いたこともなかった。視線は今もなお光が差していた地面に注がれている。ふらふらと誘われるようにしてその場へ足を運ぶ。


「ここ、だったよな?」


どう見ても最初の浜辺から続いているただの砂浜の一部だ。しかし、どうにもあんなことが起こった後だ。絶対に何かある。今までの予感めいたものとは違う。そんな確信があった。

その場所に触れる。他の場所と変化がない。指から流れ落ちるくらいのサラサラとした感触の砂だ。指に力を加える。村の地面とは違い、いとも簡単に指が埋まった。


「掘ってみるか」


掘り始めた。始めは手でもサクサクと掘れたが、次第に地層は固くなり、近くに落ちていた石も使い掘り進む。手の皮が剥け、出血しても夢中になって掘り進めた。空が周り、太陽を迎え、再び夜が来ても我を忘れて夢中になって掘った。

何故ここまで必死になっているのか自分でも分からなかった。まるで何かに憑りつかれたように掘って、掘って、掘り進める。ここには絶対に何かがある。

そんな狂気のような運命を感じながら。


「あった……」


天然の明かりのみで照らされた小島の夜。その中の砂浜の一角に広がるは、人間一人の、手で掘れる限界まで掘り進めたクレーター状の穴。

気持ちよりも先に身体が限界を迎えたその時、それは出てきた。体力など、とっくの昔に尽き果てた。

目の前には、かなりの深さの地面に埋もれていたにも関わらず、たった今出来上がったと錯覚するほどに輝きを放つ剣。実物の剣など見たことはない。それでも見事な一振りだと一目で分かった。

その一振りを見つけ出した達成感と同時に精神の糸がぷつっと切れ、地面に胸から突っ伏した。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


夢中で忘れ、蓄積していたであろう疲れや痛みが一気に凝縮され、襲いかかってくる。どのくらい掘っていたのか分からないが、目を覚ましてから一睡もしていない。食べるどころか何も口に入れていない。もう一歩も動ける気がしない。脳内麻薬が切れたのか、身体のあちこちが激しく軋み、尋常じゃないくらいにズキズキと痛む。呼吸も上手くできない。ひたすらに空気を求めて喘ぐ。視界がぼやけ、目も開けていられない。


「はぁ、はぁ、はぁ……やべぇ、俺ここで死ぬのか?」


そんな問いになど、誰も応えてはくれない。死への確信。心情はそれに対する恐怖よりもやり遂げた気持ちの方が強かった。まるで自分はこの日に、この剣を掘り起こすために生きてきたのかもしれない。そんな気さえしているほどに。

そのためか、不思議と死ぬこと自体は怖くなかった。もちろん、悔いはある。置いてきた両親や仲間のこと。父ちゃん、母ちゃん、皆ごめん。今までの、ほんの些細なくだらない数多くの思い出が走馬灯のように頭に流れ込む。ばあちゃんの話も今なら全てを信じられる。話に聞いた風景も実際にこの目で見たかったと切実に思う。


俺が生まれてからずっと村人を苦しめ、皆が大切に育てた作物を食い荒らしているヌシ。この先、誰かが追い払ってくれるだろうか。仲間たちと将来、成人を迎えたら俺たちの手で追い払おうと約束したことを思い出す。

結局、今まで何も成し遂げられなかった。どんなに小さなことでも良い、少しでも俺は誰かの役に立ち、人を笑顔にできただろうか。

死の間際にそんなことを考える。ずっと誰にも言っていなかった、人を笑顔にしたいという野望。これも叶いそうにない。

身体はずっとおもりが巻きついたように重い。これが死ぬっていう感覚か。

そんな思い出の全てがまた、一瞬の出来事で、次第に意識が遠のいていく。


せめて最後くらいは心血注ぎ、命までも懸けて見つけ出した、この立派な剣を握ったまま逝こう。そう思い、必死に、もがくように手を伸ばし、今出せるありったけの力を振り絞り、弱々しい力で握った。

そこで俺の意識の糸は途切れることになる。

一際眩い、黄金の輝きを放つ剣に気がつかないまま。

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