加速の弾丸

中田祐三

第1話

ハラヴィンカ連邦。 世界最大の人口と国土を持ち、様々な歴史的、自然を擁する世界に冠する美しく神に愛された我が国。


「次の街まではあとどれくらいなんだ?」


国内の宿屋に配布された案内書を読み上げていた目線を上げる。


「読めと言ったのは君なのにもう飽きたのかい?」


馬車の荷台。 様々な物資を載せたそれらの上に寝転ぶ彼女は見た目不相応な態度で悪女のように鼻を鳴らす。


「くだらん。大仰で、自賛に満ち溢れている。図体がでかい者というものは人間も国も似たようなものだな」


草原の真ん中に作られた道の上、彼女の赤い髪が風に乗ってたなびく。


「アズエル、こういうものは良いことしか書かないものだよ。観光案内みたいなものだからね」


「だとしても文章が気に食わん。まるでゴテゴテと装飾で飾り立てた醜女がそれを誇っているような…」


「あるいは自分達は神に選ばれた者で、それに仇なす悪魔を殺す使命を持った聖職者、みたいなかい?」


瞬間、手に持っていた案内書が爆ぜたようにバラバラに散らばって飛んでいく。


「ウエイン、勘違いするな。お前は私の目的の為に雇った使用人に過ぎない。その間柄を忘れるな…でなければ」


風も無いのに周囲の草達がザワザワと騒ぎはじめる。


「はいはいごめんなさい。ただ僕は君の使用人であると同時に商人でもあるんでね」


謝罪してるようには聞こえない態度の後に急に声を潜ませる。


「どうした?」


「囲まれちゃってるんだけど、どうしようか?」


ウエインの言葉通り、十人程の男達が彼らの乗った馬車を取り囲んでいる。


ギラリと光る剣に、血が固まって紅色に染まった槍、そして薄汚れた皮鎧に身を包んだ男達は獲物を前にして薄笑いを浮かべる。


「あ~、君たちリーダーはどこかな?交渉したいんだけど」


交渉という言葉に全員が大笑いする。


男達の中で一際下卑た笑いをした男が前に進み出て、


「交渉だと?お前らに出来ることは殺されてから俺たちに全部渡すか殺される前に渡すかの違いだけだ」


「とてもじゃないが受け入れられない条件だな~、せめて荷物の半分だけで許してくれないかな?」


また男達が笑い出す。


ウエインの条件を飲む気は爪ほどもないらしい。


「交渉決裂だな、さっさと片付けるぞ」


荷台のアズエルが億劫そうに立ち上がる。


その姿を見た男達から薄ら笑いが消える。


呆気に取られたように固まっていた。


太陽を背に、逆光に照らされたそれはまだ年端もいかない少女だった。


年齢は10歳かそこらで、仕立ての良い絹の服に様々な装飾を施されたマント、そしてそれらは全て赤色に統一されている。


まるでおとぎ話に出てくるような魔法使いのようだ。


男達の嘲笑が木霊する。


なんだ子供じゃないか。 若い商人と子供のコンビ。


むしろ今までの仕事で最も簡単だ。


尚且つ儲けは今までで最大。 馬車に積まれている荷は全ては見えないが様々な物がある。


売り払っても良いし、自分達で使い尽くしてもいい。


ひとしきり笑った後に待ちかねないかのように一人が御者台の男に剣を振り上げた。


バンっ。


パタリ。


小さな爆発音の後に剣を振り上げた男が倒れこむ。


瞬間、また同じ音がする。 今度は二回。


バンっ! バンっ!


バタリ。 バタリ。


そして同時に今度は二人倒れる。


「なんだ?何が起きっグバッ!」


最後の男は言葉は最後まで言えず、糸が切れたように地面の上に転がる。


その男の頭には小さい穴が空いていてそこからまるで命の残り香のように白い煙が上がっていた。


「銃だ!銃を持ってるぞ!」


男達の中でも最年長。 傭兵としてあちこちを渡り歩いてきた男が正体を喝破する。


「当たりだよ!」


正解を言い当てた賞品として、火薬を爆発させ高速に噴出させた弾丸を胸にぶち当てる。


「囲め!囲め!銃は何発も撃てん!同時に斬りこめば勝てるぞ!」


男達の何人かは元傭兵であり、指示を聞いてすぐに三方向から武器を繰り出すが、正面の男は音と同時に倒れこむ。


左右から攻め込んだ男も同じように命を落とす。


だがその死に様は先程とは違う。


ザクロのように頭が砕け、真っ二つに割れている。


「なんだ!音は聞こえなかったぞ!なんで…なんで!」


瞬間その男は音を聞いた。


聞いたこともない。 まだこの世界で僅かにしか知らない銃の音とは違う。


風切り音にも似たそれを認識した瞬間、その男の命の灯火は潰えた。


パイの材料として使われる挽肉状に頭の一部を変えて。


「なんだよこれ!なんなんだよ!」


最も年若い、つい数日前に男達の仲間になった元農夫の若者の悲鳴が上がる。


逃げようと振り返った彼が見た物は赤。


真っ赤な世界。 赤一色の世界。


後ろに居た仲間達…いや仲間だった者達は一人の例外もなくズタズタの肉塊と化していた。


「ひ、ひぎゃあああ!」


とてつもない痛みが右腕に走る。


かつて汗をかきながら農具を握りしめていた右手はその残骸を地面に散らばせて転がっている。


「た、助け…いぎゃあああ!」


今度は左足が爆ぜた。


溢れた血と土が混ざって赤黒い泥になった地面を残った手足で必死で這い蹲りつつ見上げた空には小鳥が飛んでいた。


太陽の下でギラリと光る小さいそれは目にも止まらぬ速さで青い空を旋回していて、そしてそれは獲物を捕らえるように急降下して一直線に彼へと向かう。


「小鳥…白銀の…小鳥が…」


同時に、赤い液体が舞い散る羽のように飛び散った。



「やれやれ四発も使っちゃったよ…そっちは一つで済むんだから、もう少し片付けてくれればいいのに」


空になった薬莢を抜き取りながら、愛銃にまた弾丸を込めはじめる。


「汚れる。私のコレクションがな」


最後の男を命を刈り取った『小鳥』は

ヒュッと言う音とともにアズエルの小さくしなやかな指先に捕らえられた。


それは一本のナイフだった。


柄の部分に鳩の飾りが刻まれていて刀身は人の脂でテカテカと鈍い光を発している。


「加速の魔法だっけ?僕の銃とどちらが速いのかな」


ウエインの目が芸術品を見るようにアズエルのナイフを覗き込む。


「単純に比較は出来んな、加速を二重三重にかければどこまでも速くなるが物自体が速度に耐えきれん」


「ふーん限界があるんだね」


弾丸を詰め終わり、銃の各パーツを慎重に点検する。


「技術と工学的工夫の産物、誰にも扱えるがゆえに無能な者でも戦える武器か、美学のかけらもないな」


「才能を凌駕するための努力と言ってもらいたいな、実際これのおかげで僕みたいなしがない商人は死なずに済んでるんだから」


「お前がしがない?笑わせるな、悪魔ですらお前よりかは善良だろうよ」


その言い方には増悪すら感じる。


馬車の周囲を凄惨な現場に変え、人知を越えた魔法の使い手の少女の酷薄な瞳をその身で受けてもウエインという男はなお飄々とそれを受け流している。


「ふん、まあいい…お前にはこの身が受けた呪いを解くためにせいぜい協力してもらうだけだ」


「そういえば君って実際何歳なの?魔法使いというなら何百歳と生きてたりして…見た目は中々可愛らしい姿になっちゃったみたいだけど、実際はシワクチャのお婆さんだったりとか…おっと!」


軽口が気に触ったのか、アズエルのナイフがふわりと浮いてその切っ先をウエインに向ける。


「ゴメンゴメン、『詮索するな』だったよね、大丈夫大丈夫ちゃんと契約に則って君が受けた呪い?なのか病気を治す術を見つけるよ」


敵意は無いですよと言うように銃を腰のホルスターに戻す。


「ふん…呪いなのか病気なのか皆目見当もつかん、何かしらあったのは間違いないようだが記憶が薄れて思い出せん、気がつけばこの姿で彷徨っていて、魔法が加速しか使えなくなっていた」


「他の魔法も使えたの?例えばどんな…って詮索はこの辺でやめておくよ」


睨みつけてくるアズエルにこれ以上は本当にマズイと思い直す。


そして周囲に散らばるかつて生き物であった者達の装備を剥ぎ取っていく。


「さてと死人にはもう必要無い者だから生きてる僕達のためにお金に変わって役立ってもらおうね」


金になりそうなものを選別していくウエインを見ながら、


「まったくお前は本当に根っからの商人だよ」


あきれてるようにも感心してるようにアズエルはそう言った。





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