第十九話 シバタと榎本(2)

結果から言えば、榎本をはじめとする面々に、開陽の座礁・沈没をシバタは包み隠さず話した。

少なくとも、箱館は向かうことは叶わずこちらに飛ばされてしまった榎本たちは、困惑しながらも聞き入っていた。


そんなことがあったな…とシバタは思い出しつつ、榎本と話す。


「体制が整えば、例の幽霊船の捜索は許可します。もしその船が「開陽」だったとしても、申し訳ないですが榎本さんに預けることができないのは、判って頂きたい」


「何を申されますか、副代表。蝦夷に向かえずここへ飛ばされてきて、何事が起きたのか理解もできぬまま途方にくれていた私や同道した連中に、新たな希望と言う仕事を与えて下すった。まさか自らの後世を聞くことになるとは思いもよりませんでしたが、それに基づいた上での身の振り方というものを示してくださったと解釈をしています」


榎本の言葉に、シバタは思わず赤面しながらも、応じる。


「自分にしろ、榎本さんたちにしても何でそうなったのかは、恐らくは永遠に見つけられない謎なのかもしれません。でも、言葉は悪いですが、これだけの人物が集まっているのに、それを使わぬ手はないと思いまして…」


「勝さんなんか、ぼやきながらもかつての眼光の鋭さを取り戻されたように見える」


シバタと榎本をはじめとする武士の一団との縁を取り持つきっかけを作ってくれた勝は、実はこの事態を見通していた節があり、「話が纏まったのだから、俺ぁ引退してもいいだろ?」などと言い出したものの、榎本や龍馬らの説得でどうにか顧問という立場に置いて、勝の門下生である杉亨二や帝国海軍の切れ者、井上成美などが日参して手綱を締めているらしい。


「しかし永井様がああなるとは…」


シバタは、榎本や勝、当の龍馬から聞いた話では、榎本一党の最筆頭格である永井尚志がこちらに飛ばされた際、たまたま近くに坂本龍馬が出現して、その姿を見るや否や恐怖におののき正体を失くしたらしい…。


当の龍馬や、勝あたりはそれで察しているのかもしれないが、榎本には理解できなかった事のようだ。


シバタは飛ばされる前にひとつの仮説として、実は永井尚志が龍馬暗殺の黒幕ではないのか?というのを、テレビ番組で観た様な気がした。



「まあ、だれにも思いもやらなかったことが起こってしまったわけなので、どんな豪傑であったとしても正体を失くしたところでおかしくはないことです。心労がたたり、静養させてある…とは言ったものの、榎本さんも知っての通り、変なことにならないように四六時中監視を付けて警護させてはいますが」


そう言いつつ、シバタはため息を吐く。


流石に微妙な案件だけに、勝と榎本には可能性という話を強調した上で何人たりとも口外無用…と釘を刺した上で話してはある。

そうでなくとも、東北を転戦した後の榎本艦隊の一党ということは、その途上で合流した土方歳三をはじめとした新撰組の残党などもいるわけで、転移前のことは水に流せない者がいたとしてもそれは仕方のない部分でもある…とシバタは実感していた。


「榎本さんにも負担かけちゃって申し訳ないね。今村さんとかと役割分担はしてもらってどちらも過重にはならないようにして欲しいけど、如何せんやろうとすることが多過ぎてね」


「いやなに、副代表殿や代表殿のご負担に比べればそんなことは些少なものです」


ヴィレッジ内での役割分担もいろいろと明確にはなりつつある。

ロジャーが主に対外的・儀礼的なことを担い、シバタはヴィレッジ内のことを全般的に統括するという形に落ち着いた。


「そういえば、ふねといえば、世界最大の戦艦いくさぶねは山本さんたちの時代は「大和」だったそうですが、その大和より大きな軍艦が副代表の時代にはアメリカにあったそうで…航空母艦というものが、拙者にはよく判りませぬが」


ふねの種類や使い方なんかは、自分なんかよりよっぽど山本さんあたりに訊いた方が間違いないけど、自分たちの時代のアメリカ海軍の空母が「ニミッツ」級だと言ったら、山本さん苦虫潰していたもんなあ」


「何ゆえですか!?」


「日本とアメリカが戦争になって、冒頭日本がアメリカ太平洋艦隊の根拠地だったハワイの真珠湾を奇襲攻撃してアメリカの太平洋艦隊司令長官が変わったんだけど、就任した長官がチェスター・ニミッツ提督。その人の名前から来てるからねえ」


「人物の名が、しかも将官の名が軍艦に付けられておるのですか!?」


「時代によって変わっているらしいけど、アメリカの空母には自国が参戦した激戦地の地名が付いてたこともあるし、歴代大統領を含む海軍の功労者の名を付ける事もあるし。自分がこちらに飛ばされる前、一隻横須賀に配備されていた空母はニミッツ級の「ジョージ・ワシントン」から、「ロナルド・レーガン」に変わったところでしたよ」



軍事に疎いシバタではあるが、偶々飛ばされた人たちの中に陸・海・空様々な階級の自衛官経験者が何人かいて、自分を含むヴィレッジの幹部には基礎的なことから、違う時代から飛ばされてきた人たちには、応用編というかそれぞれの時代とシバタたちの時代との違いを史実も交えて講義してもらっている。


元自衛官たちは最初は尻込みしたものの、講義する相手の顔ぶれを聞いて豹変し、嬉々として饒舌になった人まで出る状況で、その点は少しでも時代による知識の差を埋めようという点では功を奏した。


「そういえば、坂本は資材倉庫に入り浸ったり、例の「ぱそこん」?なるものを習得せんと動き回っておるようですが、周囲に不穏な動きはないのですかな??」



幕末、ある意味では第一級のお尋ね者…とも言えた坂本龍馬は、その好奇心の塊…とも言える人並みはずれた行動力で、自らとは違う時代のあらゆるモノを吸収しようとしていた。

流石に、電気のある生活…というわけには行かなかったが、飛ばされてきた物資の中に据え置き型の小型発電機やソーラーパネルなんかもあり、ごく一部ではあるものの、それらを使って電力を使って、パソコン等を使えるようにはなっていた。


したがって、坂本が動き回ることはそれだけ目に付くことになるわけだけだが、単独行動は厳しく禁止された上に、この上ない「お目付け役」が出現することになろうとは、当の坂本自身、予想だにしていなかったらしい。


なぜそうなったかは兎も角、ヴィレッジに坂本が江戸に遊学していた際に門下になっていた千葉道場の娘、佐那がいたのである。


もとより、勝海舟の護衛役…という立場でもある坂本に、さらに護衛…というのはある意味本末転倒といえなくもないが、千葉の鬼小町なる異名を持つ佐那が四六時中坂本に付き従っている状況ならば余程のことがない限りは勝、坂本、佐那それぞれがかなりの使い手であるので、よもや全滅…ということは無い。


「まあ、坂本さんが把握不能な状態で雲隠れでもしない限りはひとまず安全とはいえますが、勝さんは勝さんで別なことで頭を抱えているようですしねえ」


「佐久間象山先生のことですかな!?」


シバタは力なく頷く。


次第に判ってきた事だが、纏まって一箇所にいた江戸時代などから飛ばされてきた人々以外に、集団には加わらず潜伏している者たちもいるようで、一時は手を焼いた。

生体IDを導入した際に、偽名で潜伏することは不可能で、それを保持しない者や提示を拒む者は無条件で討伐することを布告すると、わらわらと潜伏者たちは出てきたのだが、その中に佐久間象山も紛れ込んでいた…というのであった。

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シバタさんの異世界奮闘記 たかきち @takakichi

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