第十八話 シバタと榎本(1)

…シバタがこのヴィレッジに転移して数ヶ月が過ぎた。


その間に仮とはいえ、街の様相は一変して以前の混沌かつ雑然とした雰囲気はなくなり、すっかり街らしくなった。

紆余曲折はあったものの、シバタが以前言い出したように一度仮設の街を造り、多様な意見を集約した上でさらによい街づくりをしていく…という段階の途中になっている。


住人の個人識別問題も時間が掛かったものの、この世界では一般的な生体IDカードとも言えるものを全ての住人に所持させている…というのをようやく知り、それをヴィレッジ全住人にも適用した上で、さらに出身が判る様に地球人(転移者)には出身国と大まかな年代を表示したワッペン、サムエール領もしくはそれ以外のサムトアール王国の国民は、それぞれの紋章を模したワッペンをつける事にした。


さらに、住民登録している者であればいつでも自由に食事を摂ることができる、「自由食堂」なる制度も始まった。

これはいわば原始的なベーシックインカムみたいなもので、全員には金品での提供は出来ないが最低限等しく食事は提供する、もちろん各々が自腹を切って個人が経営する食堂で「外食」するのも、マーケットで食材を購入して調理の上食するのも自由…ということで、衛生状態の改善と食品ロスの減少を狙ったものだった。


食糧生産という部分でも、いよいよ田畑の開墾や牧場の建設が始まり、ヴィレッジの南にある漁村、ポート・ホープと名を変えたそこには造船所と訓練所、それにからくり翁こと田中久重が所長となって設立した研究所や、水産物の加工・魚介類の研究調査、試験操業などを行い、さらにはいくつかの施設も建てられた。

調味料の類などはいまだ揃わずとも、潤沢とは言えないながらも食事に「ご飯」も出るようになったことで、武士や軍人たちの士気は大いに上がったのだが、逆に自分たちのいた時代との乖離に、元の国籍問わずシバタたちと同じ時代から飛ばされた人々の方が戸惑いや不満は多いという状況にもなってしまっていた。


なかには、里美と春香の「お好み娘」コンビみたいな、商魂逞しい例外がいないこともないが、多くはそこまで行きついてはいず、日々悶々と当てのない暮らしを送っている…という人々もまた多かった。



様々なモノだけが突如現れる現象は、相変わらず続いてはいるものの、組織を纏めるのに紛糾はあったがシズラー伯爵配下の騎士団、榎本一党と共に飛ばされてきた旧幕府伝習隊などの武士の集団と、日本陸軍兵士の一部を統合・再編した「ヴィレッジ防衛団」なる組織の管轄下となり、そこが管理する倉庫で一括管理するという体制がどうにか整った。

アライアンス騎士団長は、駐在武官と顧問…というような立場となり、


「現場に出られんのはつまらねえ!」


とぼやきつつも、彼らからしてみれば未知の武器や戦術などの習得に余念がない。




そんな中、シバタと榎本はポート・ホープの施設群を訪れた。

中心メンバーは、榎本と箱館を目指す途中にこちらに飛ばされてきた人たちである。


「やっぱり榎本さんも、あそこにいたかったよねえ?」


「それは…あそこのメンバーの中心は私と共に長崎やオランダで学んだ仲間ですからな、一緒に居たいかと問われれば一緒に居たいと答えるでしょう。しかし、軍艦ばかりにかまけても居れませぬ」


シバタは、榎本に懇願して、ヴィレッジ全体の開発を統括する開発局長というポストに就いて貰っていた。


幕府脱走艦隊の首魁にして、箱館占領後の「蝦夷共和国」総裁、降伏後は数年の牢屋暮らしの後明治新政府に出仕、北海道開拓使四等出仕や駐露特命全権公使(日本で初めての海軍中将拝命)を経て、内閣制度施行後は逓信大臣、文部大臣、外務大臣、農商務大臣を歴任している人物である。時の明治天皇に精勤を促されたり、足尾鉱毒事件のように事態を放置したようなことはあるものの、旧幕臣ながら「明治最良の官僚」と後年評されるだけの人物なだけのことはある…とシバタは驚嘆していたし、その能力を存分に発揮して欲しいとも思っていた…。



「でも、あの噂は気になるでしょ??」


「これは痛いとこ突かれましたな。あの噂、本当の話であるなら『開陽』なのかもしれませんし、この目で是非確かめてみたい…それは偽らざる気持ちです。しかしながら、苦労を共にした彼らなら、もしそのふねが開陽であったとしても甦らせてくれるでしょう」


シズラー卿からもたらされた情報のひとつに、ポート・ホープの沖合いに漂う巨大な無人の幽霊船…というのがあり、断片的ながらも話をつなぎ合わせると、どうも榎本脱走艦隊の一隻である『開陽』の可能性が出て来た。


榎本たちオランダ留学生一同からしてみれば、建造から携わり、その開陽を自分たちで操艦してはるばる日本に帰ってきているのだから、思い入れもひとしおである。


シバタは、自分の知るメタ情報は知る得る限り、できるだけ違う時代の人たちにも話してはいた。シバタ自身の記憶が頼りなので、大まかになり偏りはあるものの、それでも話した。

その中でシバタが大いに躊躇ったのが、戊辰戦争の松前沖海戦における「開陽の座礁・沈没」である。

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