第十七話 伯爵登場
着飾っていはいないものの、きちんとした身なりの初老の紳士がそこに佇んでいた。
「ロジャーよ。ずいぶんと事が動いたようだな?何故だ??」
「はっ、そこにおりますトシヒロ・シバタというものが、先日突如この地に現れ、それを契機としてヴィレッジの懸案でもあった二つの武装勢力、ニホンの武士という一団、並びに軍人の一団と誼を通じることが出来ましたからであります。」
「ほう??その方がシバタか?」
「はっ!お初に目にかかりますシズラー卿、トシヒロ・シバタと申します。突如としてこの地に現れましたが、こちらのトムリンソン代表に懇願され、あちらの面々との誼を通じる術はないかと相談されましたが、結果として端緒をつけることができました。ご挨拶よりも先に動き回ったこと、そして粗忽者ゆえ不調法の段は平にご容赦を」
シバタは勢いよく立ち上がって、自身の持てる限りのスキルで恭しく一礼する。
「まあ、そう畏まらずともよい。ロジャーから
「そんなことが…」
ロジャーは、結果はまだにしても有言実行しようとしたようだ。
知り合って僅かな時間しか経っていないものの、ロジャーの人となりを垣間見るような気がした…と改めてシバタは思った。
「ロジャー、俺はまだ何も成していないのに…でも、ありがとう」
「なーに、私一人では荷が重かったから巻き添えが欲しかっただけさ。ペイバックは予想外に過ぎたが…」
…などと、ロジャーはおどけては見せたが、内心は不安だらけだったのかもしれない。
それはシバタもそう変わりはないが、これまでのロジャーは一人でいろんなことを決断していたわけで、一度に複数の難問を処理できる状況でもなく孤軍奮闘していたものの、実質状況はほとんど動かせず、ただ日々の物事に忙殺されていた…というより、それしか出来なかったのである。
伯爵とシバタの会話は続く。
「シバタ…いや、『トシ』と呼んでもいいかな?その方のことはまだよく判らんが、ロジャーがそこまで言って寄越したからには、余程見込んでのことだろう。その方らがここに現れた理由は判らぬが、その方やロジャー、そしてこの場にいる者たちの困難や苦悩は私には理解できぬこと。しかしながら、微力ではあるがその方らがここで生きていくための手助けぐらいしか出来ぬが、出来うることは最大限させてもらうぞ。我々の世界にはそのような言葉はないが、それこそがその方らの世界で言う『ノブリス・オブリージュ』というものなのだろう?」
「ノブリス・オブリージュ」なんて、誰が吹き込んだんだ??
シバタは首を傾げつつも、言葉を返す。
「私のいたニホンという国には、すでに貴族はなく、私の国の言葉でもないのですが、私の国の言葉で言えば『高貴なる責務』ということでしょうか。もとより、ロジャーのいたアメリカという国には、建国以来貴族というものは存在しません。途方もない金持ちというのは数多おりますが…」
「ほう??そうなのか?その方もロジャーも只者には見えぬが?」
「シズラー卿、私は元は東京という街で小さな店の責任者にしか過ぎなかった者、お聞き及びかもしれませぬがロジャーは、小さな町の役場の職員だったそうです。ひとつ言えるとすれば、教育というものがこちらと我々の世界では大きく異なるということでしょうか?」
「教育?どういうことだ?」
「はい。我々の世界の我々の時代、全ての国ではまだ成し得ず、また国によって内容は異なっておりますが、読み書きや算術、自らの国の歴史や社会の成り立ち、物事の
「なるほどなあ。その方がいたトーキョーというのは大きな街なのか?」
「はい。我々の居た世界では世界有数にして、周辺の都市をを合わせた首都圏と呼ばれる地域は、世界でも最大級の都市圏でした」
「その人口は、どれくらいなのか?」
「東京そのものはおよそ一千万、首都圏では三千五百万ほどの人口があります」
「一千万!?とてつもない数だ。さぞかし途方もない城壁が聳えているのであろうなあ?」
「そのようなものは東京には無かったのです、シズラー卿。歴史や文化の経緯もありますが、ニホンという国は実は島国なので、海という天然で難攻不落な城壁があった…とも言えるかもしれません。実際ニホンの中にも、周辺の国々にもこちらとは様式が異なる城塞の築かれていた都市もありますが、今はほとんど残っていません。国によっては、それを生かしつつも、城塞の外と一体となった街というのも有るようですが、私はほぼ外国というところを訪ねた事はなかったもので…実際にこの目で見たわけではありません」
「ふむ…国同士の大きな戦はほぼない…とも聞いたが、彼らは何ゆえあれだけのオーラと言うか気を放っている?その方の国の軍人であろう??」
テンポの早いやり取りをしつつ、シズラー伯爵は思ったことを口にする。
やはり伯爵の目にも、軍人たちの姿は目に留まるようで…
シバタは、答えに窮しながらもどうにかひねり出して説明する。
「シズラー卿、彼らは確かに私のいた国の軍人なのですが、私と彼らでおよそ70年の時代の開きがあります。そしてその当時、私のいた国は世界中を相手に戦争していたのです。そのときの主要な人物も彼らの中にはおります」
「なぜそうなったのじゃ?」
「端的に言えば、当時の世界的な情勢と言えばいいのでしょうか…その当時、私の国は拡大政策を採っていて、ほかの主要国はそれに待ったをかけ、圧力をかけて鉱物資源などの禁輸を図ったのです。そして独立国家としては屈辱的な最後通牒を突きつけられ、やむなく戦争に踏み切ったのです。そして悲劇的な結末を迎えたのですが、彼らの多くはそのことを知りません…」
シバタはあまり政治的な思想でものを言うことを好まない。
彼が幼い頃に亡くなった、あまりに歳の離れた父親は招集されて満州に送られそこで終戦となり、シベリアに数年抑留された。母方の祖父母や、大叔父、大叔母などの戦争体験も直接耳にしているので、そういったことをどこか拒絶する感情があるのかもしれない。
表情は変わらないものの、シバタの頬を伝うものにシズラー伯爵は気が付き…
「トシよ、つらい事を思い出させてしまいすまなんだ。その方が現れた当日から、ロジャーの示唆があってのこととはいえ、今日の日を迎える足掛かりを作ってくれたことは聞き及んでおる。何かと不便は多いだろうがこれからも、我々とその方ら世界から来た人々のため力を尽くしてくれぬか?」
「畏まりました」
「トシヒロ・シバタ!サムトアール王国、サムエール領領主シズラーの名の下に於いて、その方に『ヴィレッジ』副代表を命ずる!」
「はっ!謹んでお受けいたします!」
名実ともに、シバタはヴィレッジの副代表になった。
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