ケツは開ける
あかさや
第1話
腹が痛い。
猛烈に腹が痛い。
いまにもケツから茶色っぽい『なにか』が溢れてしまいそうである。
非常にまずい。
身体的にも、社会的にも。
どうする?
俺が乗っているのは通勤快速。もう新宿まで停まらない。
そして、当然のようにいまは通勤ラッシュの時間。クソみたいに混んでいる。
どうしてこの中央線というやつはこんなに混んでいるのだろう? そんなに八王子が好きなのか? 八王子は小松左京の『首都消失』で東京を包んだ謎の雲の範囲外だったんだから、東京じゃないって判断されている場所だぞ? 田舎者どもめ。
そして――
今日に限って俺と同世代くらいのサラリーマンの鞄が腹に当たっている。ふざけやがって。ぶん殴ってやりたい。
でも、殴ったらその拍子にで出てしまいそうなので、色々な意味で自分の奥底から湧き上がる衝動を抑えるしかない。世知辛い世の中だぜ。
電車が揺れて、俺の身体が揺さぶられる。身体が揺さぶられれば当然、俺の腹や肛門も揺れ動く。なんか今日の運転、荒くないか? 下手くそな運転手め。俺のケツが決壊しないように安全運転しろよ、ボケが。
いきなり――がくんと大きく揺れて、電車が急停止した。その圧倒的な衝撃にケツからちょっと茶色い『なにか』が漏れてしまった気がする。どうしてくれんだ。
ぐり、とクソリーマンの鞄が俺の腹にさらに押し込まれる。俺の腹はさらなる窮地に追い込まれる。やばい。出てしまう。なにが出るかは圧倒的コンプライアンスがあるので伏せさせてもらうけど。
『えー、ただいま××駅にて人身事故ありました。お急ぎのところ大変申し訳ありませんが安全が確認されるまでしばらくお待ちください』
なんだと?
俺はあまりの絶望でケツが決壊してしまいそうなる。
どうしてこんなときに人身事故なんて起こるんだクソが。一体どこの馬鹿だ? 事故なんか起こしやがって。事故を起こす前にカーネギーとか読んで自己を伸ばせ。
さらなる荒波が俺の腹に押し寄せてきた。これはやばい。牛乳はちゃんと消費期限を守るべきだった。
今世紀最大の危機が訪れている。なにが危機かといえば、俺の社会的な立場がまずい。こんなところで漏らしたらTwitterでさらされてバズってしまう。そうなったら終わりだ。
いつまで止まっているのか?
俺の腹はもう限界だ。だけど、駅と駅の間で止まっているいま、トイレに行けるはずもない。
あとどれくらい止まっている? 早く動けよこのクソ電車め。これだから中央線はいかん。俺の社会的立場がかかっているんだぞ? 失ったらどうする? 法廷行くか?
押し寄せてくる波は未だ落ち着かない。というか、腹が痛くなり出してから強くなる一方だ。
どん、と背中にぶつかる感触があって。
俺は――今世紀最大の解放感に包まれたのだった。
ケツは開ける あかさや @aksyaksy8870
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