迷探偵の迷推理!?
秀田ごんぞう
迷探偵の迷推理!?
――謎が名探偵を呼ぶのか。はたまた、名探偵が謎を呼ぶのか。真実がどうなのか……それは我々の知るところではない。
――ある偉い探偵の言葉
その日のお昼、玉野氏の家でそれなりに大きなパーティが開かれていた。来賓の客たちはテーブルの上の食事を存分に楽しんでいた。
――事件は唐突に起こった。
パーティの主催者である玉野氏が、胸を押さえて苦しみだし床にくずおれた。氏は床に倒れたまま、ピクリとも動かない。
楽しいパーティの途中に起こった悲劇に、会場のあちこちから悲鳴が上がる。
しかし、パニックに包まれる会場の中でただ一人、冷静さを保っている少女がいた。彼女は慣れた様子で床でうつ伏せに倒れている玉野氏に近づくと、不適にこうつぶやいた。
「……顔は青ざめている。事前の兆候は見られなかった。状況から察するに……毒殺と見るのが妥当かもね」
思案顔で玉野氏を観察する少女に、玉野夫人がおずおずと声をかけた。
「皆さん、慌てることはありません。この事件、名探偵が解決して見せましょう」
「あ、あなたは……?」
玉野夫人の質問に、少女は頭にかぶったハンチング帽を持ち上げにやりと不適に答える。
「……私? ……ふふふ。謎が私を呼んでいる! 迷宮知らずの名探偵みっちゃんとはこの私、御林みき子のことよ!」
えっへんとふんぞりかえるみき子の後ろでため息をつく少年が一人。彼の名は黒川巧。みき子の幼なじみで、今回のパーティにも彼女の付き添いで来ていた。
「……みき子、その説明じゃ初対面の人はどん引きだと思うよ。ついでに君のことを名探偵みっちゃんなんて呼ぶのは、近所の八百屋のおばちゃんただ一人だよね」
「あのう失礼ですが、あなた方は……探偵さん?」
テンションのままにはちゃめちゃな自己紹介を披露しようとするみき子を制し、代わりに巧が事の次第を説明する。
「説明が遅れてすみません。僕たちは商店街の福引きに当選してパーティに招待してもらいました。僕は黒川巧と言います。こっちの変なのは幼なじみの御林みき子。自称名探偵です」
「ちょっとちょっとたっくん! 自称はないでしょ、自称は!」
「僕は事実を言っただけだよ。それにたっくんはやめてくれ」
呆れた様子の巧とは反対に、探偵の登場に広場はちょっとしたざわめきに包まれた。
「ま、まさか探偵さんだったなんて思わなかったわ」
驚きを隠せない様子の夫人。みんな同じように感じていたらしく、突然玉野氏が倒れてしまった現在の状況において、探偵の存在は非常に心強いものだった。
……それがたとえ「自称」だとしても。
「た、探偵さん。それで玉野さんはその、やっぱり…………!?」
「そうですね…………状況から察するに、残念ながら玉野さんはすでに亡くなっています。このすさまじく青に染まった顔色から察するに、救急車を呼んでも蘇生は不可能と思われます」
「そ、そんな…………!」
「ねぇ、みき子その辺でやめといた方がいいと思うけど……」
「たっくんは黙ってて! 玉野氏が倒れた先ほどの状況は私も見ていましたが、本当に突然の出来事でした。彼に何らかの持病がなかったとすれば、あれはおそらく何らかの致死性毒物によるショック症状とみて間違いないでしょう」
「毒殺とか…………みき子、話を大げさにするのもその辺にしといた方がいいと」
巧の言葉を遮り、みき子は強引に話を続ける。
「さて、死因が毒殺となると……犯行ができる人は限られてきます。夫人、玉野氏がパーティの前に何か食べてましたか?」
「え、えぇと……今日のパーティの料理をたらふく食べる! とか言って朝ご飯は抜いていたわ。それがどうかしたのかしら?」
「とても重要なことです。玉野氏はこのパーティで毒物を摂取したことになります。つまり玉野氏を殺害した犯人がこのパーティ会場内にいるということです」
穏やかではないみき子の発言に、夫人は額に冷や汗を滲ませてつぶやく。
「そんな毒殺だなんて……きっといつもの貧血だと思うのよねぇ……」
しかし、みき子は夫人の意見を無慈悲に切って捨てるのだった。
「夫人。招待客の誰かに夫を毒殺されたという哀しい事実を認めたくないというそのお気持ち、私もいたく共感いたします。ですが真実から目を逸らしてはなりません。玉野氏を死に追いやった狡猾で残忍な凶悪犯がこの中に潜んでいるのですからね」
やけにしたり顔でつぶやくみき子。巧はそんなみき子を見ていて、気が気でない。彼の背中のシャツはすでに冷や汗で湿っていた。
確かに一応彼女は女子高生探偵として、その活躍は一部では有名だ。だけど、幼なじみの巧にはわかる。今回はなんというか……暴走の気配がしてならない。幼なじみとしてはなんとか暴走を止めてやりたいが、すでに止まらないレールの上に乗ってしまった暴走列車を止める術は彼にはなかった。
こうなってしまってはもうレールに乗っかるよりほかに手立てはない。……が、巧は最後に彼なりの抵抗を見せることにした。
「みき子。夫人の言うように玉野さんはやっぱり貧血で倒れたんじゃあ……」
「そんなはずないわ。この状況にこの展開、まさに推理小説でありがちなパターンッ!殺人事件あらずして何となる、よ!」
「はぁ……さいですか」(もういいや)
すでに投げやりになった巧とは反対に、自称名探偵みき子の瞳は今、燦然と輝いていた。
「先ほど犯人はこのパーティ会場内にいると言いましたが……、会場内で玉野氏に一服盛ることができる人物となるとかなり限定されます。私はパーティ会場に入ってから玉野氏のことを観察していたのですが、氏が食べ物、飲み物に口をつけたのは一度だけ。開会のスピーチを終え、氏はここのテーブルの上でバスケットの中のバタートーストを一かじりしました。そしてそのすぐ後、突然胸を押さえて苦しみ出した。それ以前に何か摂取するところは見ていません。そして!」
みき子はテーブルを手のひらで叩くと、傍にいた三人を見回して言った。
「あの時、このテーブル席にいたのは白衣のあなたと和服のあなた、そして玉野夫人……あなた方三人だけなんですよ!」
「な……そんな!? 私たちの中に主人を毒殺した犯人がいるって言うの!?」
「その通りです。そうよね、たっくんも見てたよね?」
「そっすね(投げやり)」
「そういうわけですから、これからちょっと話を聞かせていただきますがよろしいですね?」
そんなわけでみき子の独断専行による三人の容疑者に対する事情聴取が始まったのだった。ちなみに巧はわけのわからぬうちに、勝手にみき子の助手にされメモ係を任されていた。
†††
まずはじめに話を聞いたのは玉野夫人だ。
「夫人。単刀直入にお伺いしますが、殺人の動機などは?」
「こ、この子いきなり何を言っているの!? 私が主人を殺す理由なんてあるはずないじゃない!」
「いやいやいや……そうムキにならずに。これはあくまで事情聴取。形式的に聞いているだけですから」
「それにしても、いきなり殺人の動機聞くとか……ないな」
「たっくんは黙って、メモを取っていればいいの!」
「ともかく私には動機なんてないわよ」
「……わかりました。少し話の方向性を変えましょう。夫人。あなたは夫に多額の保険をかけていた。それは事実ですね?」
みき子のつぶやきに、夫人の表情が曇る。
「え、ええ。でも保険は私というよりも主人が契約したものよ?」
「それはそうかもしれません、が……あなたは夫に多額の生命保険がかけられている事実を知っていた。これは疑いようのない事実というわけです」
「御林さん……あなたはだいたいなぜ主人の保険のことを知っているの? あなた、一体……?」
「どうせ、保険金目当ての殺人はニュースの事件のパターンだからとりあえず聞いてみた……とか、そんなことでしょう」
「たっくんは黙ってて!」
言われて巧はまたメモ取りの作業に戻る。正直なことを言えば、彼は早く家に帰りたくて仕方なかった。何しろ今日は巧がずっと楽しみにしていたゲームソフト『モンスターブレイバーXXX』の発売日なのだ。
だが、そんな巧の思いに反して、なおもみき子の事情聴取は続く。
「夫人には夫を殺す動機がある……さらにパーティの準備をする夫人なら、会場の食べ物に毒を仕込むのもたやすい……。さらにさらに! 第一発見者が実は犯人!? というのは推理小説でもよくあるパターンよ。これはもしや……」
「だから私はやってないって!」
「まぁ結論を出すのは、あとの二人の話を聞いてからでも遅くはありませんよ」
†††
続いてみき子の事情聴取を受けたのは白衣の男だ。
「まずあなたのお名前と職業を伺ってもよろしいでしょうか」
「は、はい。白田と申します。大学で化学の講師をやってます。玉野とは学生時代からの付き合いでして、その縁でそこの渡辺ともどもパーティに招待されたんです。夫人とも結構付き合い長いんですよ」
白田さんの横に立っていた和服の男性、渡辺さんがぺこりと会釈する。
「そうですか。渡辺さんには後で話を伺うとして……白田さん。あなたにも同じ質問になりますが、玉野氏を殺す具体的な動機は何か?」
みき子の質問に、白田は呆れ顔で答える。
「あのねぇ。僕が玉野を殺す理由なんてないよ。彼に対する恨みなんてない。むしろ大事な友人の一人としてこれからも末永く仲良くしたいと思っている。大体ね。夫人も言っていたけど、僕もやっぱり玉野はただの貧血じゃないかと……。彼は学生の頃からよく全校集会の時に……」
話を続けようとする白田を無視し、みき子は強引に会話のペースを握る。
「思い出話は結構です。ここで重要なのは、学生時代の華々しい思い出ではありません」
「き、きみねぇ!?」
「話を戻しましょう。あくまで表面上、白田さんに玉野氏を殺害する動機はないかのように思われますが……一つ、視点を変えてみましょうか。白田さん。あなた、大学で化学の講師をしていると仰っていましたが、具体的にはどのような?」
「ああ僕の研究課題かい? 現在世界中で問題となっている化学農薬に関する新たなアプローチを……」
「話が長くなりそうなのでかいつまんでもらえませんか」
「……人の話は最後まで聞こうよ」
「たっくんは黙ってて!」
二人の様子に白田は苦笑いしつつ話す。
「簡単に言えば農薬の研究だね。土壌への影響を軽減できるようにあれこれと研究している」
「ほう……研究中の薬はどうしてるんですか?」
「研究室に保管してあるけど……」
「それを証明できますか?」
「え……いや、ウチは助手もいないちっちゃい研究室だからねぇ。証明とかは」
「つまり研究室から毒性の薬物を持ち出していないという証明はできないと。そういうわけですね」
「いやいやいやいや御林さん!? 確かに証明はできないけど、薬を持ってきてなんてないからね!? だいたいなんで僕が薬を持ち出さなきゃいけないんだい!?」
するとみき子は見ているだけで心が苛立つようなしたり顔で言ってのけた。
「……残念ですが、必死のアリバイ工作も私には通じませんよ。白田さん。あなたは研究中の薬品を利用して玉野氏を殺害する計画を思いついた。そして今日あの瞬間、あなたは計画を実行に移した。あなたは隙を見て、服のポケットにでも忍ばせておいた薬液を玉野氏が口にするパンに垂らしたのです」
「推理の飛躍もはなはだしい! さっきも言ったように、僕には玉野を殺す動機がない!それに加えて、仮に僕に動機があったとしても、玉野が口にするパンなんてどうしてわかる?」
白田さんの言うことももっともである。 話を聞いていた巧にも、彼が玉野氏を殺害した犯人とはとてもじゃないが思えない。動機云々の話だけではない。巧も見ていたからわかるのだが、テーブルの上に用意されたバスケットには5、6個のパンが入っていた。その中から玉野氏が口にするパンにピンポイントで薬液を塗るなんて、未来人でもなきゃ不可能な芸当じゃないか。
白田はさらに猛烈な勢いで弁舌を振るう。
「考えてもみてほしい。仮に僕が薬液をパンに垂らしたとしても玉野が手に取る確率は単純に考えて五分の一だ。あまりにも確率が低いとは思わないか? それにその方法では他の人……同じテーブルにいた夫人や渡辺が手に取ってしまう可能性だってあっただろう?」
白田の話は至極真っ当な言い分であった。これでみき子も素直に自分の推理が暴走し破綻していたことを認めるかと思われたが、彼女は巧が思うほど普通の思考の持ち主ではなかったらしい。
「あなたがそんな言い訳を並び立てるのも私の想定の範囲内ですよ、白田さん。確かにバスケットのパンに薬液を垂らすというのはあなたの言うように難しいし、リスクもある。でもね……あなたはそもそもそんなことする必要はなかった。そうですよね?」
「な、君は一体何を言っているんだ!?」
「……その演技には感服しますよ。私には見えていたのです。テーブルにやってきた玉野氏にあなたは直接パンを手渡した。そうですよね、夫人?」
夫人はちょっと思い出すような仕草をしてつぶやく。
「そうねぇ……そうだったような感じもするけれど……」
「ふ、夫人!」
「そんな目で私を見ないでちょうだい白田さん。私だって、御林さんに疑われているんだから。あなたも一緒に道連れよ」
「くっ……夫人、あなたはそんな人じゃなかったのに! 僕は、残念でなりません……」
「なにこの茶番」
巧はため息をつく。ぶっちゃけて言うと、彼にはこんな事件、すでにどうでもよくなってきていたが、当事者たちが哀れなのであくまで平静を保っていた。
「まぁともかく、夫人もこう言っています。白田さん。あなたは玉野氏にパンを手渡す直前、薬液をパンに付着させた。そしてあなたの目論見通り、玉野氏は薬品の付着したパンを口にし……あのようなことになった。動機はあとから改めて聞けばいい話です」
「っ……けどね! 僕はそもそも薬なんて持ってきてないし、パンにつけたりもしていない! 御林さんの推理ははっきり言って詭弁もいいところだよ!」
みき子の減らず口に、白田さんも呆れを通り越して苛立ち始めたらしい。肩が上下し、呼吸も少し荒くなっていた。とはいえ……その気持ちは巧にもよくわかった。だって、こいつの推理、だいぶウザイ。
そんなことはつゆ知らず、みき子はやけに自信たっぷりに言うのだった。
「ふっ……得てして人は真実を言い当てられると慌てるもの。その反応こそが白田さん。あなたが図星と思っている何よりの証拠ですよ」
「くっ! 君ね、からかうのもいい加減に……」
「まぁいいでしょう。真相解明は最後の容疑者に話を聞いてからでも遅くないですからね」
その頃、巧は『モンブレ(モンスターブレイバーXXXの略) 』をどの武器で始めるかを考えていた。初心者に扱いやすい片手剣か、ずっと愛用していた太刀か……ガンナーで初めて見るのもまた一興かもしれない。
†††
そして最後に和服の男、渡辺さんへの事情聴取という名の茶番が始まった。一応、みき子だけは真剣だったことをここに記述しておく。巧は言わずもがな、みき子に無理矢理犯人に仕立て上げられた夫人と白田さんはすっかりげんなりしていた。
「ええと……それでは渡辺さん。形式的な質問ですみませんが、名前と職業を教えていただけませんか」
「…………」
「渡辺さん?」
みき子の質問に対し、渡辺さんは口をつぐんだまま答えない。これはどうしたことか。すると、白田さんが渡辺さんの肩にぽんと手を置いて言った。
「渡辺は無口なやつでね。いつもこんな感じなんだよ」
なるほど渡辺さんは無口だったのか。そーいえばさっきまでの夫人と白田さんの事情聴取でも、ずっと横にいたのに何も口を挟まなかったな。ずいぶん一貫した無口である。
みき子は苦虫をすりつぶしたような表情で渡辺さんを見つめてつぶやいた。
「無口……。黙秘権の行使、というやつですね」
「いや、それは違うと思うけど」
「たっくんは黙ってて! ……とにかく渡辺さん。あなたがそのつもりでも、私は諦めるつもりは毛頭ありませんからね。ほかの容疑者二人同様に、私はあなたにも玉野氏を殺害するに至った十分な状況証拠があると見ています」
みきこの発言に夫人と白田さんがあきれ顔で口を挟む。
「あのねぇ御林さん。私ははじめから言ってるけどやっぱり殺害なんて、ちょっと大げさすぎるんじゃないかと……」
「夫人の言うとおりですよ。それに僕たちを容疑者扱いするのはやめていただきたい。君の推理を思い返してみても、やはり僕には暴論にしか思えないんだけど……」
「真実を理解している者は常に少数……世の常とはいえ、哀しいですね」
「おまえ、哲学っぽいこと言ってるけど全然かっこよくないからな、それ」
巧の言葉を華麗にスルーし、みき子は話を続ける。
「…………まぁそれはともかく。私は二人同様、渡辺さんにも玉野氏を殺害する動機があると見ています」
「…………」
みき子の突然の容疑者宣言にも渡辺さんは無言だ。眉がちょっぴりつり上がったものの、ここまで無口を貫けるのはちょっとすごい。
「白田さん。あなたと渡辺さんと玉野氏は学生時代からの御友人だそうですね」
「そうだね。ついでに言うと夫人とも付き合いがあったんだよ」
「そうねぇ。私たちは何だかんだいって長い付き合いですもんねぇ。ほら覚えてる? ウチの人が何を思ったか髪を染めて警察に補導されたときのこと。あのときはホントに……」
「ああ覚えてますよ! あれは傑作だったなぁ」
渡辺さんも実に楽しそうに笑っている。
「思い出話に花を咲かせるのは事件が解決してからにしていただきたい」
「みき子ってホントにいい空気をぶち壊すよね」
「たっくんは黙ってて! 失礼ですが渡辺さん、あなた学生時代は友人が少なかったのではありませんか?」
「…………!」
驚いた表情の渡辺さんを見ると、みき子は満足げに話を続ける。
「その顔、図星のようですね」
「待ってみき子。どうして君にそんなことがわかるのさ? 君は学生時代の渡辺さんたちをみていたわけじゃあるまいし」
「ちょっと考えればわかるでしょ。ここまで無口な人、普通の人はめんどくさくて友達になろうなんて思わないわよ」
「おまえ……マジか」
巧だけでなく、夫人も白田さんも、そして渡辺さんまでがみき子を哀しいものを見る目で見つめていた。
「と、ともかく! これは犯行動機となり得る情報です。渡辺さんは数少ない友人である玉野氏を信頼し大事に思っていた。ところが、とあるきっかけで渡辺さんは玉野氏の裏切られ彼を深く憎むことになった。やがて抑えきれぬ憎悪によって、彼は凶行に及んだのだと……そのように推理できます」
「なんか渡辺さんに対する容疑……大分雑じゃないか?」
「紙面の都合とか、時間的都合とかも考えての結論よ」
「おま、その……さすがにそれはないわー」
「もー、たっくんは黙ってて!」
†††
これで容疑者全員の話を聞き終えた、みき子は三人をそれぞれに見つめてから、ふぅとため息をついた。彼女の頭の中では事件に関する断片的な情報の数々が、一つの糸となって真実へと繋がろうとしていた。
一方その頃、巧の頭の中はモンブレで一杯だったのはもちろんのこと、夫人も白田さんも渡辺さんも事件のことなんて考えちゃいなかった。三人ともみき子に一方的に犯人扱いされたが、それぞれに全く心当たりがないわけで。そんな状況で真剣に事件に向き合えというのが土台無理な話なのだ。
しかし、当のみき子はそうとも知らずにやたらと自慢げに推理を語り始めるのだった。
「さて、皆さん。ご協力ありがとうございます。おかげで私には分かりましたよ……この事件の、真実がね!」
「あら、そうなのね」と夫人。
「ふぅん……」と白田さん。
「…………」と、渡辺さんは相変わらず無口だ。
「……で、結局真相? とやらはどうなったわけ?」
投げやりに尋ねる巧に、みき子は胸を張ってつぶやく。
「まず、事件を整理しましょう。たっくん、メモにまとめた内容をお願い」
「え、なんで僕が。やだよ」
「いいからお願い!」
「ちっ……仕方ないなぁ。えっとまず事件のあらましからね。楽しいパーティの最中、開催主の玉野氏が突然倒れました。えー、僕も夫人もただの貧血だと思いましたが、みき子が殺人事件だと主張したため、やむを得ず……非常に残念で面倒でありますが……玉野氏が倒れたすぐ傍のテーブルに席についていた招待客たち――玉野夫人と白田さん、渡辺さんに事情聴取をすることになってしまいました」
巧の説明にみき子を除く三人はうんうんと首を頷かせる。
「…………なんか納得いかないけど、まぁいいわ。たっくん続けて」
「そんなこんなでまずは玉野夫人から始まりました。えーと、みき子によると……あくまで彼女一人の意見であることをここに付け加えておきますが――夫人は保険金目当てに玉野氏が口にしたパンに事前に毒を仕込んだ、とのこと」
巧のまとめを聞きながら、みき子は一人得心した顔でつぶやく。
「そう。三人の中では夫人の動機が一番もっともらしいのよね」
「あのね、御林さん……もっともらしさだけで犯人と決めつけるのはよくないと思うわよ? だいたい前にも言ったけど私は殺してないって……」
「次」
みき子に促され、巧はため息とともにメモのまとめの続きを話す。
「……次に話を聞いたのは白田さん。彼は大学で化学講師をしていて、研究テーマは農薬で、動機はいまいち不明瞭ですが……彼は研究中の農薬を密かに研究室から持ち出し、玉野氏が手に取るパンに付着させて殺害した。えー分かってると思いますが、一応……以上みき子の考えです」
「動機がいまいち読めないのが引っかかりますが、何しろ玉野氏に直接パンを手渡したのは白田さんですからね。毒性の薬物だって自然に持ち出せるし、犯人として遜色ないのよね……」
「犯人としての遜色って何!? 僕には動機がないし! 研究室から薬を持ち出すのも、大学に許可取ったりいろいろ大変なんだよ。御林さん、その辺わかってる?」
するとみき子はしばし、じとーっと白田さんを見つめ、
「ふぅむ……そんなもんですか。まぁでも白田さんが怪しいことには変わりないので悪しからず」
「この女、強引に押し切りやがった!?」
「次」
白田さんはみき子の推理に頭を抱えて苦しんでいた。まぁ、頭を抱えたくなるその気持ちはわからないでもない。
「えー……最後に話を聞いたのは渡辺さんです。彼は非常に無口なために、学生時代はあまり友達ができなかったそうです。そんな中、友達として付き合いのあった玉野氏と白田さんは昔も、今も大切な存在だったそうです。……そしてなにやらわけのわからぬうちに、みき子の謎推理によって彼は容疑者の一人となってしまいました。……以上、説明終わり」
「…………!」
無口を続ける渡辺さんの代わりに、白田さんが彼の心の内を代弁した。
「待て待て渡辺! 無口にこだわっている場合じゃない! 君、はっきり言ってなんで容疑者認定されるのか、全くもって意味不明だよ!」
「白田さんの言う通りよ。御林さん、憶測だけで犯人を決めつけるのは探偵としてどうなのかしら? あなたにはプライドってものがないの?」
しかし、二人の弁解も空しくみき子にスルーされてしまう。
「さてと。たっくんのまとめも聞いたことだし、そろそろ私の口からこの事件の真実を語るとしましょうか。いいですか、皆さん。この、玉野氏突然死事件における真犯人。それは…………」
みき子が右手を天に掲げ人差し指を突き立てる。そして、真犯人を名指ししようとしたそのときだ!
全く予想だにしないような…………一方でみき子以外はみんな頭の隅で予想していたような事態が起こった!
死んでいたはずの玉野氏がよろよろとゆっくりながらも起き上がったのである!
夫人は驚きのあまり両手で口を塞ぎ、白田さんと渡辺さんは床に尻餅をついた。みき子に至っては何が起きたのか理解できない様子で、口をぽかんと開けたまま、起き上がった玉野氏を虚ろな眼で見つめている。なお、巧は例によってモンブレのことで頭がいっぱいだったので表向きは平常時と何も変わらないのだった。
「いてて……こりゃどうしたもんかね……?」
「な、ななな、ななななななな…………!」
「おや? 白田に渡辺、それにおまえも鳩が豆鉄砲食らった顔してどうした?」
玉野氏は何食わぬ顔で三人を見つめるが、皆開いた口が塞がらない。さっきまで死んでいたはずの人間が突然立ち上がって話し始めたのだ。まるでゾンビ映画さながらの光景ではないか。
復活したゾンビ、もとい玉野氏は未だ若干顔が青ざめていたものの、それ以外には特に異常は見当たらない至って健康体であった。
夫人はすぐさま彼の元へ駆け寄ると、両肩をがっしと掴んで問うた。
「あなた、さっきまで倒れていたのよ!? 大丈夫なの、けがは!?」
「ああ、大丈夫だ。ちょっとだけ頭がズキズキするけどな。もしかしてみんなそれで心配してくれたのか?」
「そりゃあ誰だって人が目の前で突然倒れたらびっくりもするだろう! とにかく無事で何よりだよ!」
白田さんの言葉に渡辺さんもコクコクと頷いた。
「おや? そこのハンチング帽をかぶった君は確か…………そうだ! 町内でちょっとした有名人の御林みき子さんじゃないか! 君にも心配をかけてしまってすまないね」
「ええ、まぁ……その…………」
さしものみき子の口調もすでにしどろもどろ。死んだはずの被害者が生き返って蕩々としゃべりはじめるものだから、探偵としてはたまらない。すべての推理を帳消しにされてしまった気分だ。もっとも、はじめから推理らしい推理は何一つしていなかったのだが当の本人はそのことにまるで気づいていない。
やがて、少し落ち着きを取り戻した夫人が玉野氏に尋ねた。
「それで、あなたどうして急に倒れたのよ? 何か変なものでも食べたの?」
「みんな心配してたんだよ……誰かがお前に毒を盛って殺したんじゃないか……ってなぁ?」
「…………!(コクコク)」
「私が殺されただって!? 誰がそんなバカなことを!」
夫人、白田さん、渡辺さんの三人は怖い目でみき子を睨んでいた。玉野氏だけが不思議な顔で事態の成り行きを見守っている。
「……だってさみき子。お前の口から直接被害者に聞いてみたら? 事件の真相を、さ」
みき子はすでに顔面蒼白で、額はすでに冷や汗びっしり。三人の鋭い目つきによるプレッシャーも相まって、彼女の精神は崩壊寸前であった。もはや膝がぴくぴく笑っている始末である。まぁ、すべて自業自得なのだが。
「そ、そのぅ……玉野さんはどうして急に倒れられたんでしょう……?」
唇を震わせながらのみき子の質問に、玉野氏は何食わぬ顔をしてこう言った。
「たぶんいつもの貧血だろうなぁ。なにぶん、私は昔から貧血気味な体質でね」
玉野氏の言葉を聞いた夫人が、にこやかにみき子の方へと歩み寄りつぶやく。なお、夫人の目はまったく笑っていない。
「御林さん。いいえ……探偵さん。私、最初に言ったわよねぇ、主人はただの貧血じゃないかって」
夫人に続けて白田さんもじりじりとみき子ににじり寄る。
「散々、人を犯人呼ばわりしておいて……」
「…………」
無言で睨む渡辺さんはものすごく恐ろしい。今にも着物の袖から短刀でも取り出しそうな雰囲気だ。
テーブルのあたりに漂い始めたこの上なく不穏な空気に、みき子は後ずさりしながらしどろもどろにつぶやいた。
「えぇっと……みなさん、ちょっと落ち着きましょうか?」
その発言は火に油を注いだ格好になり、三人の怒りはさらに激しく燃え上がる。彼らの激情を止めることは、会場内の誰にも、彼ら自身にさえも、もはや不可能だった。
「これが落ち着いてられるわけないでしょ! このバカ探偵!」
「あんたの推理何一つ当たってないじゃないか! ろくでなし!」
「…………!!!」
鬼の形相で迫る三人をじろりと一瞥するとみき子は小さく舌を出してつぶやいた。
「…………たまには、間違うこともあるかもね。てへ❤」
そう言って一目ウインクすると、みき子はくるりと踵を返して一目散に逃げ出した。
「あっ逃げた!」
「待ちやがれ疫病女!」
「…………八つ裂きにしてやる」
「ちょっと待ってってば~! ていうか渡辺さんしゃべれたの!?」
「「「くたばれくそ探偵ぇぇぇ!!!」」」
「ふふふふ、私を追うのなら結構。けど……まだ見ぬ真実が私を待っているの! 今、ここで捕まるわけにはいかないのよっ!」
「「「んなこと知るかぁ~っ!」」」
四人は会場内をはめちゃくちゃに走り回り、やがてどこかへ消えていった。
静かになったパーティ会場で巧はひとりごつ。
「さ、モンブレ買いに行くとしますか」
――謎が名探偵を呼ぶのか。はたまた、名探偵が謎を呼ぶのか。真実がどうなのか……それは我々の知るところではない。……だが、一つ確かなことがある。
――それは迷探偵に謎解きを任せてはいけないということだ。
お し ま い
迷探偵の迷推理!? 秀田ごんぞう @syuta_gonzo
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