第4話 聖那の心

 三河からの告白を受け、断ったその翌日。俺は学校に行った。三河はまだ来れない。明日からの投稿予定なので、三河がいない日は今日が最後である。


「……おはようございます、掛川さん」

「え?あ、うん、おはよう米原さん…」


 学校に来た俺をまず最初に迎えてくれたのは俺の想い人、米原 聖那さん。まだ俺が米原さんのことを好きなのは三河しか知らない。


「三河さん……大丈夫でした?」

「あ、あぁ、うん。いつも通りだったよ」

「そう……ですか…掛川さんと三河さんはいつも仲良しですもんね……」

「あ、あぁ、まぁ、ね」


 ほんの一瞬、米原さんの顔は悲しげになっていた気がしたが、それよりも先に先生が教室へと入ったことにより、全員が席についていた。

 俺は席についても、米原さんを見ていた。俺はやっぱり、米原さんの事が誰よりも好きだった。

 しかし、俺は米原さんを好きになっては行けない理由があった。

 以前、俺と米原さんは本当に小さい頃から親の仲が良かった。それゆえか、度々米原家と掛川家同士の喧嘩も勃発していた。

 そして、米原さんの父親を、自殺へと追い込んだ。それが、俺の父。今では離婚し、俺は母方の実家から出てきた。

 米原さんはそれを知らないだろうが、もし、また米原さんの親と居合わせることにはなってはいけない。礼儀とかそういうものではなく、自分が抵抗しているのが分かった。

 それから、俺のこの気持ちは心の奥底にしまい込んでいる。







 私、米原 聖那は恋をしている。

 周りには自分が真面目っ子である印象が付けられていて、正直、「恋しています」なんて口走っても、誰も信じてくれないのだろう。

 そんな私でも、好きな人が出来た。以前からその恋愛感情には触れてこなかった私が、今それに浸っているのだ。

 こんなこと言ったら、よく見るラブコメ展開と勘違いされるかもしれないが、本当にラブコメのヒロインになった気分だった。

 そんな私が好きになった男の子は……


「……いばらさん?米原さん?」

「ひゃい!?………あ、掛川さん…どうしました」

「いや、ここの問題が分からないんだけど……羽島に聞いても教えないって言って……」

「はは……羽島さんらしいですね……」

「ホントだよ……苦労の絶えないやつだもんなぁ……」


 掛川 梁さん。黒の髪の毛から垣間見える茶髪。前髪が長くて、髪留めを使用していて、女の子のようだった。

 そう、この掛川 梁さんこそが、私の初恋の相手なのである。しかし、掛川さんの眼中には私など入っていないのかもしれない。

 でも、こうやって私を頼ってくれているのだ。問題が分からなかったら、三河さんではなく、私に聞いた。これだけでも私は飛び上がりそうになっていたのだ。


「えっとですね、ここはXが3という訳なのですから……」

「………あっ!なるほど、じゃあこうすれば……」

「…お、正解です。掛川さんは分かると解くのが早いですね……」

「まぁ、これくらいなら。それに、米原さんの教え方が大分俺に合うから」

「っ!そ、そうですか……」


 私は慌てて掛川さんから顔を背ける。それは、掛川さんが私に笑いかけてくれたので、思わず口元が緩んでしまったからだ。そんなだらしない姿、彼には見せられない。


「よし、できた…」

「完璧ですね。流石です」

「ほんとにありがとう米原さん。ひ……三河ならここまで教えてくれなかったよ」

「……」


 私は彼の言葉を一言一句逃すことはなかった。「三河」と呼ぶ前の突っかかりは何なのだろうか。「ひ……」というのは恐らく陽菜さんのひなのだろう。私は大きなショックを受けた。

 まさか掛川さんと三河さんが下の名で呼ぶ間柄だったなんて、知りもしなかった。

 私は急に顔が歪み始めた。下唇を噛み、眉間にシワを寄せる。


「……?米原さん?」

「へっ?あ、ごめんなさい…」

「大丈夫?何だか疲れてるみたいだけど……」

「い、いえ……大丈夫です。少し寝不足かも知れません」

「そっか、なら休んでなよ。ごめんね、俺の課題に付き合わせちゃって」

「いえいえ、全然気にしないでください」

「…とりあえずありがと」


 それだけ言って、私と掛川さんの会話は途切れた。私は机に伏せて、顔を誰にも見られないようにする。

 その時の私の目尻には少しだけ涙が浮かんでいるのが分かった。どうしてまだ確証もない出来事でここまで悔しがっているのだろうか。ただ三河さんと掛川さんの仲がいいだけではないか。

 私はそう心の中で言い聞かせていた。






 俺は今日までの米原さんの行動を見て、一つ気づいたことがある。

 恐らく、米原さんは俺のことが好きなのだろう。こんなもの、鈍感でも童貞でも分かる。

 俺が三河を「陽菜」と呼びそうになってしまった瞬間、表情が一変して悔しがっていたこと。俺が課題をやっている時もずっと俺のことを赤面しながら見ていたこと。

 さすがの俺でもそれには勘づいてしまった。俺にとっては米原さんが俺を好いてくれるのはこの上ないほど嬉しい。

 だが、俺と米原さんには大きな壁が隔てられているのだ。それは決して、誰にも壊せないものなのである。


「まさかなぁ……」

「どしたの?」

「あ?豊橋…かぁ……」

「何で残念そうな顔するのさ」

「豊橋だから」

「ひど、泣いた」

「お疲れ」


 テンポのいいいつもの会話。俺と豊橋は先輩後輩の立場なのにこうして年齢関係なしに俺達は仲が良かった。


「お、魁大くん」

「あ、羽島さん。お疲れ様です」


 教室から出てきたのは、制服をきちんと身にまとった羽島が姿を現した。俺よりも少し身長が高いので俺は見上げる形になってしまって不服だった。


「ね、梁くん、羽島さん。これからゲーセン行かない?」

「い、今から?」

「豊橋……お前あれ以降ゲーセンにハマったのか?」

「えへへ…バレた?」

「逆になぜバレないと思ったのか問い質したいな」


 可愛らしく小さな舌を出しながら後頭部を掻く豊橋。こいつが本当に男だとは思えないほど。さっきから廊下を通る生徒が俺と羽島を冷たい目で見ているので早く撤退したい。


「仕方ねぇ、行くか。豊橋」

「……うん!」

「魁大くんの頼みなら断れないなぁ……」


 結局、男だと分かっていても羽島は豊橋にメロメロだった。見た目もだが、やはり豊橋の人間性にも惹かれたのだと思う。


「新橋前でいいよな?」

「いつもあそこだよなぁ……」

「もうこんな都会を歩き回りたくない」

「二人共元気ないですねー、もっとシャキッと!」

「体力底なしかお前」


 こんな三人の会話。米原さんや三河との話を一旦忘れ、今は男同士の友情を大事にしようと思っていた。

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