第2話 アクシデント

 夕方ーーーーー

 6時限目が終了し、下校時間がやって来た。家に帰ってもやることの無い俺はただ今から夜までの時間を持て余していた。


「すいませーん」


 可愛らしい声で礼をいい、ドアの間から顔を出した一人の男子がいた。


「……豊橋?どうした?」

「あ、梁くん。今日さ」


 少しモジモジとしていて、顔を微妙に染めている豊橋。俺は別に男に興味があるわけでもないし、こいつとは中学からの付き合いだが、親友と言えるほど仲も良くない。


「…?なんだ、用事があるならはっきり言えよ」

「ゲーセンにでも行かない?」

「それだけ言うのになんで恥ずかしがってんだ」


 俺は机の端にかけてあったスクールバッグを肩にかけて、もう一度豊橋の方へと向き直る。


「新橋駅前でいいか?」

「う、うん…」


 校門を出て、すぐに車通りの激しい道を二人で歩く。帰宅するサラリーマンの量が異常すぎて少々気分を損ねる。


「豊橋。お前ってゲーセンとかに興味あるんだな。以前は誰とも関わろうともしてなかったのに」

「う、うん!高校デビューってやつかな」

「ゲーセン行ったら高校デビューなのか…」


 新橋駅の端にある大きなゲームセンター。クレーンゲームやレースゲーム。田舎では珍しいゲームがここに集結しているみたいなものだった。俺も久しぶりのゲーセンなので少しテンションが上がったが、それよりも隣の豊橋の目が一等星のそれだった。


「す、すごい…これが………」

「そんな珍しいものでも……」


 俺の話に耳すら傾けず、クレーンゲームのガラスをペタペタと触り、「おおー」という感嘆の声をたくさん漏らしていた。

 俺は溜息をつきながらも、満更でもない様子でテンションの高い豊橋に着いて行ったその時。


「…?」


 どれだけ鈍感でも分かるくらいの強い視線を感じた気がした。それも背筋が凍り、悪寒が走るものではなく、何だか柔らかい感じのもの。


「ね!梁くん!これってどうやるの?」

「……」

「梁くん?」

「え?あ、おう、これはだな」


 今日の豊橋とゲーセンで遊んでいる間も、新橋駅のホームに上がるまで、ずっと誰かに見られている気がした。裏周りをして誰か突き止めようにも、人が多すぎて全くの無意味だった。






 翌日の朝ーーーーー

 新宿駅から電車に乗り、新橋駅まで行こうとしていた時だった。


「掛川」

「あ?三河か。なんだ?」


 そこにいたのは、俺のクラスメートの女子にして俺の幼なじみの三河 陽菜。それで、米原 聖那さんという学校のマドンナと瓜二つである。

 三河は昨日の豊橋と同じようにモジモジとしながら辺りを見渡し、一度深呼吸をすると耳に顔を近づけてきた。


「ちょっと後で付き合ってくれない?」


 三河の息が耳にかかって凄くくすぐったいが、これもまた一興。悪い気分にはならなかったが、それを察した三河は本気で引いているみたいだった。


「……いつだ?」

「ほ、放課後に決まってるでしょ…」

「なんだ?告白でもするのか?」

「………っ!?は、はぁ?馬鹿じゃないの?」


 俺がふざけた返答を返すと、顔が爆発したように赤くなって、俺のことをボカボカと慌てながら殴る。ツンデレっていいよね。


「お、おう……悪い…」


 まさか、本気にされるとは思っていなくて、俺も予想外だったため、すぐに謝罪した。別に傷ついてなんかないし。幼なじみに告白なんかされても嬉しくないし。

 新宿駅から新橋駅はそこそこの時間がかかるため、三河との静寂は少々気まずいものがあった。つり革にしっかりと捕まっていた時だった。


「きゃっ!」


 急ブレーキがかかり、満員の車両は重力に従って前にもたれてしまう。俺の背中には数十人の体重が乗っていた。

 そして俺は三河に覆いかぶさる感じになっていて、自動的に守る形となっていた。


「み、三河…大丈夫か?」

「え?…あ、うん。大丈夫…」


 しばらくするとサラリーマン達が体勢を立て直し、元の直立に戻って、俺は大きく息をついた。


「お、おい三河?」

「ふぇ!?な、何よ?」

「い、いや、何でもない…」


 三河はずっと顔を赤くしていて、息も荒い。流石に心配になった俺は三河の顔をのぞき込む。


「だ、大丈夫かよ?」

「大丈夫よ、別に暑さにやられた訳では無い………わ……」

 ふらっと三河が一瞬揺らいで、俺の方に体重がもたれかかる。

「み、みみみみみみ三河さん!?」

「はぁ………はぁ…」

「!?」


 辛そうに息をする三河を見て、俺は驚きを隠せず、途中の五反田駅で慌てて降り、携帯を取り出す。


「すいません。五反田駅に救急車一台!」


 慌てていたのか熱くなっていたのか、俺は大声で叫ぶ。そして三河を抱きしめながら、俺は改札を出る。駅員さんに事情を話し、救急車を待つ。


「つ、辛い………はぁ……はぁ…」

「大丈夫だ、三河!もうすぐ来るから」


 俺はこの時、三河の命の危険まで感じていた。流石に慌てすぎだろうと思っているが、何せ幼なじみで付き合いも長いのだ。焦るのも当然だろう。

 すると、俺のケータイが二度バイブした。俺は即座にその電話に出る。


「すいません!通勤通学ラッシュで救急車が通れないので、そこの大通りまで出てもらえますか?」

「大通りて……結構な距離じゃねぇか…」


 数百メートル先の救急車が見え、弱音を吐きながらも意識が朦朧としている三河をお姫様抱っこで持ち上げ、人混みの中を疾走する。猛暑日の今日に俺は汗をかきながら、全力で救急車まで走った。


「………」

「三河!しっかりしろ!」

「……か、け……が…わ」


 まだ意識はあるみたいで、俺は一安心した。そして、救急車の手前まで来た時に、俺は三河を隊員に預け、救急車へと運ばれた。野次馬が鬱陶しかったが、無視して俺も救急車へと乗り込んだ。





 救急車の中では三河の容態の確認がされ、すぐに病院に入った。

 五反田駅から約3分程のところ。


「ごめんなさい。掛川さんは外にいてもらっていいですか?」

「は、はい…」


 病室から出て、俺はケータイを取り出し、とりあえず羽島に連絡を取った。


「どーした?寂しくなって俺にかけてきたのか?」

「三河が倒れた。今五反田の病院にいる。今日は三河が倒れたから付き添いで休むと言っといてくれ」

「……は、はぁ!?大丈夫なのかよ!?」

 羽島の声が一気に変わり、暗くなっていく。

「分かんねぇ、まぁ、とりあえず頼むよ」


 それだけ言って、通話終了のボタンを押したと同時に、病室のスライド式のドアが開き、美人の看護婦さんが出てきた。


「お待たせ、掛川さん。三河さんは無事よ。熱中症ね。もう少し遅れていたら死んでいたくらいね」

「そ、そんなに……」

「ええ、後3日は入院ね。あなたは三河さんの彼氏さん?」

「………いえ、友人です」


 少し看護婦さんを睨みつけながら、俺は強めに言った。看護婦さんは同様すらせずに軽く笑いながらあしらった。


「あら、ごめんなさいね。じゃあ今日は彼女についてあげて」

「だから、彼女じゃ……」


 俺がそう反論しようとした時には看護婦さんは廊下を歩いていっていた。俺は溜息をつきながらも、病室を扉を開けて、三河のいるベッドに近寄った。

 彼女はさっきの辛い顔とは裏腹に落ち着いて眠っているみたいだった。


「はぁ……驚かせんなよ…」

 医師も看護師も患者もいない2人の空間で誰にも聞こえないのに眠る三河に話していた。

「とゆーか、今日の放課後何したかったんだ?」


 俺は首をかしげながら、外の風景を見た。蝉がうるさいくらいに鳴き、強い日差しが俺の全身を照らしていた。

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