第3話 告白

 ーーーーー病院の一室ーーー 

 私が重度の熱中症で倒れ、病院で入院することニ日後。体調は以前と何ら変わりないくらいに回復していた。


「ねぇ掛川。りんご剥いて」

「生で食え。甘えんな」

「ひどすぎる」


 夕暮れ時の今、学校帰りの掛川がお見舞いに来てくれた。羽島からのメール曰く、私が入院してから掛川はずっと私の心配をしてくれていたらしい。


「あれ、もしかして掛川。りんごも剥けないの?だっさー」

「うるせ。剥いてやるから大人しくしてろ」

「はぁーい」

「ったく……病人だからってなんでも許されると思うなよ……」


 掛川はぶつぶつ文句を言いながらも、りんごを手に取り、隣に置いてあるナイフでりんごを回転させて、剥き始めた。

 羽島のメール曰く、掛川は私が入院してから今日の学校ではずっと私の心配をしていたらしい。幼なじみだとか、隣の席だからとか、そういうのだからだろうが、私は掛川に心配されたのが何よりも嬉しかった。

 ーーーーー何せ私は、彼、掛川梁が好きだから。

 これは私がずっと秘密にしてきた気持ち。中学校も体育祭のリレーで私が転んで泣いていた時も、掛川だけは私の傍にいてくれていたり、重い荷物を変わってくれたりと、何気ない優しさが垣間見える場面も多い。変態で脚フェチ。傍から見たら嫌われるかもしれない。

 でも私はそんな不器用な彼に惹かれていった。


「ほら、剥けたぞ、三河」

「ん、ありがと」


 皿におかれたりんごを小さなフォークで刺し、口に運ぶ。まだ瑞々しさが残っていて、新鮮味が感じられた。


「どうだ?青森産のりんご」

「美味しい」

「そうか、途中で買った甲斐があったよ」

「へぇ、途中でこんなに買ったのね。あんたって金あるの?」

「あぁ、バイト入れてるしな」

「そう……なんだ」


 会話が途切れ、私と掛川だけのこの空間は静寂が包んでいた。その静寂はいつもならなんとも思わないただの静かな空間。でも、この熱中症の件から私は必要以上に掛川を意識してしまって、とてもじゃないけど、顔を直視できない。


「……なぁ、三河」

「…な、何?」

「お前さ、前になんか放課後付き合ってほしいって言ったよな?」

「あ、あれ?そんなこと言った?」

「言った。あれって一体どこに行きたかったんだ?」


 電車の中のあのやりとりは、私は掛川の好きなゲームセンターに立ち寄り、人気の少ないところに呼び込んで告白。というのを考えていたのだが、それは私自身の体調管理のせいで実行もせずに失敗に終わった。


「あ、あぁ、ただ単にゲーセン行きたかっただけよ」

「そ、そうか……」


 そしてまた。この空気が追い打ちをかけるように、やってくるが、掛川は何食わぬ顔でりんごを次々と剥いていく。


「あ、ありがとね……」

「あ?なんだよ」

「私が倒れたときに、全力で助けてくれたんで

しょ?」

 何故か私は、感謝の言葉が自然と出た。普段は誰にもこんな優しい顔は見せたことがない。しかし、掛川にはそんな顔を見せられる。


「あ、あぁ、気にすんなよ。お前が死んじゃったら嫌だし、そもそも急病人を放るのは人間としてどうかしてる。当たり前のことをしただけ」

「それでも、私は掛川に感謝してるよ」

「………らしくないな。お前が俺に感謝するなんて……疲れてるんだよ。早く寝ろ」

「……私はね…」


 掛川の忠告を無視して、私は言葉を続ける。今なら言える。今なら告白出来る。何故か私の中でその勇気が芽生えてきたのだ。


「あんたがこうやって今でも放課後の時間を割いて私の見舞いに来てくれたのは…嬉しかったよ」

「そうか……ジャンケンで負けたんだ」

「それでも嬉しいよ」

「メンタル強いな」

「覚えてる。中学の時、私がリレーで負けても、あんたがずっと励ましてくれてたの」

「あぁ、中学校ではお前は泣き虫だったもんな」

「う、うるさいっ、仕方なかったんだ…!」


 こんな普通の会話をしていても、私の心臓は連続して脈動し、顔をみるみるうちに朱く染まっているのが分かる。


「私……それから…掛川と仲良くなったよね…」

「あぁ、家も近いし、元々幼なじみだからな…」

「それから………かな…」

「………?」


 首を傾げる掛川。本当に鈍感な奴である。私はその鈍感さに心底うんざりしながらも言葉を続けようとするが、緊張から言葉が出ない。

 そうして私は勇気を振りに振り絞った。


「あ、あのっ!掛川っ!」

「お、おお……なんだ?」


 そうだ、私は掛川が好きなんだ。それ以外の何者でもないのなら、それを口に出すだけの簡単な作業だろう。しかし、その簡単な事が出来ない私は異端なのだろうか。

 いや、もういい。言ってしまえ、言えばいいんだろう。伝えるだけだろう。


「私はねっ!掛川………梁と一緒に過ごした日々は今でも、変わらないくらい楽しい…」

「……あぁ」

「だから、高校でと同じクラスになれて、嬉しかった……」

「…うん」


 梁は私が「掛川」から「梁」に変わったことからもう大体のことを察しているのだろう。なら、もう伝えればいい。

 私は大きく息を吸って、声を張り上げて叫んだ。



「私は、梁が好きなんだ!」





「……!」

「梁の不器用な優しさと、何気ない気遣いに私は惹かれたんだ!」

「……」

「梁は運動が得意で、頭も悪くない!何もかもが私と正反対だ!」

「……あぁ」

「でも、それでも!だからこそ…私は梁が好きだ!」


 思いつく限りの言葉を放ち、梁に私の彼への気持ちを伝えた。思ったよりも恥ずかしくはなく、簡単に言えた。しかし、次の梁の返事だ。私はそれが怖くてしょうがない。私が怯えた瞬間、梁の返事が帰ってきた。




「……ごめん……」



「……え?」


 梁の返事はあまりにも無情だった。私はベッドの上から涙を流す。梁の顔は苦しそうで、この返事をするのを彼も相当の覚悟を持ったのだろう。


「他に好きな子が……いるんだ……」

「……誰なんだ?」


 梁の好きな人。

 その単語は私の中で反芻させられる。梁は本当に言いにくそうに答えた。


「米原さんだ……」


 米原 聖那。私と顔が瓜二つで性格は穏やかで基本的にみんなには敬語。人気もあってとにかく可愛らしい。自分で言うのもなんだが、米原さんは本当に美人な人だ。私とも仲がいい。


「……そう……か……」


 なら、私のとるべき行動は一つだった。それは、梁と聖那の関係を応援すること……では無かった。


「なら、私が聖那よりも可愛くなって、絶対に梁を私に振り向かせてみせる!」

「そうか、頑張れよ。陽菜」


 優しい顔で言う梁。そして久しぶりに聞く梁が放つ下の名前。それには相当の破壊力があり、私は爆弾のようにボッと顔が赤くなりその場で縮こまる。


「まぁ、最初にお前は早く学校に帰ってこい。いつでも待ってっからな」


 こんなに優しい梁は初めてかもしれない。いつもならぶっきらぼうに私をあしらうが、今はこうやって私のそばにいてくれる。私は涙を拭いて、一つの覚悟を決めた。

 絶対に、私を好きにさせてみせる。

 これは今から始まる高校生活の最大の目標となった。

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