先輩と曼殊沙華
コオロギ
先輩と曼殊沙華
「つきぬけてー、天上の紺、まんじゅしゃげー」
「うわっ」
「わーい先輩来たー」
「お前またかよ」
天上の紺まんじゅしゃげーと唱えると、先輩が出現します。
先輩は難しい顔をしてこちらをじろりと睨んできますが、わーい先輩だー先輩だーと諸手を上げて喜べば、大きなため息一つと引き換えに諦めてくれます。
私はとりとめのない話を、時にはぎょっとさせたり、先輩の顔を火の吹くほど赤面させたりする話をします。あんまりくだらない話だと、先輩は怒ってすぐに帰ってしまうので、私の語るお話には尾ひれはひれにとどまらず尻尾が生え羽が生え挙句の果てには角まで伸びて嘘を通り越してフィクション、ファンタジーの世界まで羽ばたいていきます。
本日もめでたく先輩の召喚に成功し万歳三唱ののちにお話を開始します。
「とりとめのない話、つまらない話、すべらない話、十五禁、十八禁、どれがいいですか?」
「帰っていいか」
「しょうがないな、先輩のレベルに合わせてお伽話にしてあげますよ、いてっ。むかーしむかし、先輩は貧しい村の貧しい家庭に生まれました」
「お前同じ市町村だろ」
「先輩の家はあまりにも貧乏だったので、先輩のお母さんは牛を売ってお金に換えてくるように先輩に言いました」
「牛」
「先輩が牛を連れて隣町まで県道を徒歩で向かっていると、一台のプロボックスが横づけしてきました」
「牛は無視なの?」
「『そこのお兄さん、いい牛を連れているね』」
「分かるのかよ」
「うぃいいいんと窓を開けながら魔法使いが言いました」
「箒に乗って来い」
「先輩も牛を褒められて悪い気はしません」
「どうでもいいよ」
「魔法使いはことさら牛を褒めちぎったあとに『どうだろう、その牛とこの魔法の種を交換しないか?』」
「ん?」
「先輩は馬鹿なのでよく考えもせず牛と魔法の種を交換してしまいました、いてっ。家に帰り、先輩が喜び勇んで魔法の種を先輩のお母さんに見せびらかすと、先輩のお母さんは激怒し、先輩から魔法の種を奪うと庭に放り投げて捨ててしまいました」
「ジャックと豆の木だろこれ」
「何言ってんですか先輩、ジャックなんて外人出てきてないし、先輩が交換したのは豆じゃなくて種ですよ」
「そういうことじゃねえんだわ」
「なんということでしょう!」
「続けるのか」
「翌日庭を見てびっくり、一本の巨大な曼殊沙華が天高く伸びているではありませんか」
「彼岸花って球根じゃなかったか」
「先輩は狂喜乱舞し、意気揚々とそれをよじ登り始めました」
「やっぱりジャックだろこれ」
「気づけば地上ははるか遠く、先輩は天上へ辿り着いていました。そこにはとっても可愛いキュートな後輩が住んでいて、先輩の目はもう釘付けです」
「言葉ダブってんぞ」
「『ぜひとも僕と一緒になってほしい』と先輩は膝をついて懇願しましたが」
「誰だよ」
「可愛い後輩は目を伏せ『私は月へ帰らなければなりません』としくしく泣き出しました」
「かぐや姫混ざってんぞ」
「涙を流す後輩に先輩は言いました。『私は必ずここへ戻ってまいります』。そして全裸で走り出しました」
「メロスかな」
「ほら先輩、服脱いでください」
「は?」
「『先輩は激怒した』」
「してねえわ」
「もう時間ですよ。だからほら走ってください」
「時間って何の」
「また呼んであげますから。ほらほら」
「わ、ちょ」
「またね先輩」
…懐かしい夢を見た。内容はほとんど思い出せないのだが、高校時代、同じ部活に所属していた後輩と、なんだかわけのわからない話を延々と繰り広げていた。
この後輩の夢はたまに、不意打ちのように現れる。なんとなく疲れが溜まっているときにみることが多い気がする。
体を起こしカーテンを滑らせた。そこから見える川原の土手には彼岸花が群生しており、真っ赤な一本道が出来上がっている。一週間もすれば、彼岸花は姿を消す。花は今がピークだろう。
後輩の夢は、そこではいつも曼殊沙華があたり一面を覆い尽くすように咲き誇っている。ただし赤ではない、真っ白な曼殊沙華の大群だ。
そのお花畑の中にすっと、当時の制服姿のまま何も変わらない後輩が突っ立っていて、こちらの姿を見つけるとやあやあと笑顔で出迎えてくるのだ。
いつまでも変わらない後輩に、お気楽でいいなああいつはと苦笑してしまう。
そういえば、当時曼殊沙華に夢中になっていた後輩が、上から目線で花言葉を教えてきたことがあったと思い出す。あの満開の彼岸花はそういうメッセージなのかもしれないなと今さらながら思いつき、また笑ってしまった。
「先輩、彼岸花の花言葉をご存じですか?」
「悲しい思い出だっけ」
「…先輩が花言葉を知っているなんて」
「なんだよ」
「キモいっすね、いたっ。でもそれだけじゃないんですよ」
「なに」
「『また逢う日を楽しみに』なんですよ」
先輩と曼殊沙華 コオロギ @softinsect
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