第38話 サキュバスちゃんー3

「おお、クリス、何でこんな所に?」

「それはこちらのセリフだ……こんな夜中になぜこんな所に? 確かここは裏冒険者組合のはず……」

「色々あってな――本当に色々と……」


 サキュバスのインムちゃんを助けるために裏冒険者組合に来て、依頼を賄賂で完遂扱いにさせてた……なんて言える訳なく――俺は「色々」という便利な言葉ではぐらかす。


「そうか色々か――」

「ああ、それで? お前は何でこんな所に……」

「お前の本性を調べていたんだ……やはりお前は信用ならない」

「と……いうと?」

「まだとぼけるか……お前は上手くやったつもりだろうが私は騙されない」


 クリスは一体何を言っているんだろうか?


「お前が「王の剣キングスグレイブ」と言いリスティに近づき裏からリスティを操りこの国を傀儡に仕立て上げるつもりだろう!」


 何それ! すごい大胆で大げさな作戦だな……。


「そんな面倒くさい事を俺がするとでも?」

「ああ、そのために裏冒険者組合でコソコソしてたんだろ?」

「いや、だからこれは色々と――」

「色々と下準備をしていたんだろ?」

「――っ」


 何を言っても無駄なようだ。

 どうやら俺はファルス王国を手中に収めるために動いてると思われているらしい……。

 なぜそんな妄想じみた事をしなきゃならんのだ……。

 そんな事を考えているとクリスは片手の手袋を外し、俺へと投げつけてくる。


「決闘だ」

「へ?」

「決闘をしてお前を負かす。その暁にはこの国から出て行ってもらう」

「ふむ……俺に勝てると?」

「さぁな……だが、私はリスティのためにこの決闘に勝つ!」

「なんだかな……まぁいいか。それで? 俺が勝った場合は?」

「好きにしろ……」

「好きにしろって?」

「私を剥ぐなりなんなりするといい! だが、私の心まで好きにできるとは思うなよ!」

「ああ……お前は妄想力が凄いんだな」


 国家を傀儡にするとか自分を好きにしろとか、どうやらクリスは妄想力猛々しい子らしい。

 よし、この提案を利用しよう!


「なぁ、俺が勝った場合、条件が一つある」

「何だ? 私にお前の性奴隷になれと言う事か!」

「いや、それはいいです。それより……」

「もっとすごい事か! まさかリスティを手籠めにしろと……」

「話を聞いて下さい」

「はぁ! リスティとあんな事やこんな事をしろと!」


 何やら鼻血を流し始めたクリスを必死で落ち着かせる。

 クリスはどうやらリスティを第一に考えすぎて妄想をするのが好きらしい……。

 そんな事は俺にはどうでもいい事だ。

 とにかく条件を飲ませなければ……。


「この子、ムーラの母親が病気でな……。薬が高いんだ。その薬をお前が調達するっていうのでどうだ?」

「なんだ……そんな事か……」


 俺は横にいたムーラに視線をずらし、頭をポンと叩く。

 落胆するクリスを他所に話を進める。


「相当高いらしいんだ。だが、お前なら調達できるだろ?」

「まぁな――それくらいならいいぞ」

「わかった。決闘はどうする?」

「コイントスだ――落ちた瞬間、決闘開始だ」


 そう言うと上着のポケットから一枚の金貨を取り出した。

 そしてそれを投げる――

 クリスが腰を低くし、腰の武器へと右手を伸ばす。

 コインが落ちた瞬間――かけ声と共にクリスが間合いを詰めてくる。

 俺は一歩引きクリスの行動を見る……。

 剣を抜きそのまま俺へと一直線に切りかかる。

 単調だ――


「よっ」


 俺は一歩引いた後すぐに前に出てクリスの体に密着し、左手でクリスの右肘を抑える。

 これで振り上げた剣は下に落ちる事なく、ただ天へと突き出されているだけになるのだ。


「き、貴様……何を……」

「簡単な事だ、クリスを無力化しただけだよ。これで勝負は俺の勝ちだよな?」

「ま……まだだぁ!」


 クリスが言いながら鞘に乗せていた左手で殴りかかってくる。

 もちろん想定済みだ。

 すぐにその左手を右手で受け止める。


「これで俺の勝ち――だろ?」

「まだだ! まだまだぁ!」


 そう言いながらクリスは右足で俺の股間を狙ってくる――

 危ない……例え歴戦の勇者とはいえ恥部は鍛えようがないのだ……。

 俺はすぐさま左足でクリスの右足を捌く。


「いい加減に諦めろ!」

「クソッ! なんでお前みたいな奴が……」

「経験の差だよ」


 そう、俺は元の世界で勇者として魔王城に行くまでに色々なモンスターや人間――盗賊の類をも相手にしてきたのだ。

 そんな俺に勝てる程の猛者がこの国にいるとは思えない――

 クリスは負けを認めたのか目に涙を浮かべ、力なくその場に崩れる。


「わかったか? お前は俺には勝てない。約束通りムーラの母親の薬を明日持って来いよ」

「ぐすっ……わかった……私の家の名を使ってなんとか手に入れてみる……」


 「私の家の名」――つまりはこいつも貴族だと言う事だ。

 やはり……と言うべきだろうか? 従者にしては強い物言い……そして何より王女との仲が「主と従者」という関係よりは幼少の時から遊び相手になっていた貴族という感じだったからだ。


「まぁ頼むわ、よかったなムーラ」

「うん! お兄ちゃんありがとう!」


 俺はムーラの可愛らしい笑顔を見つつ頭を撫でる。

 ああ――やはり妹属性はいいものだ……。


「それじゃ俺はそろそろ宿に帰るわ。ムーラ……お前も早くお母さんの所に帰りな。明日俺の部屋に来てくれたら薬を渡すよ」

「うん! わかった」


 満面の笑みを浮かべるムーラ、腰をペタリと地面につけ涙目のクリスを後にし、俺は宿への帰路につく。




「たっだいまー」

「にゃ! 慈悲魔王様! 万歳!」

「もっとよ!」

「まだやってんのかこいつら……」


 帰ってくるとまだコントをこなしてる二人がいた。


「おい、そろそろそのイジメやめてやれよ」

「何を言ってるの? これは儀式よ! 魔族が自分の王を称賛するという立派な儀式よ!」

「それをイジメって世間一般じゃ言うんだよ」

「なんですって!」


 まーちゃんが俺に掴みかかって来るが、俺も負けじとその手を掴み返す。

 数分してお互い疲れて手を放す。

 そして本題へと切り出す。


「それよりも……問題は解決したぞ」

「にゃ! どういう事ですかにゃ!」

「ムーラは母親の薬の為に受けただけで、はぐれ勇者じゃなかったんだ。それで薬をあげる事にした。ついでにいうと討伐も完遂した事になってるからインムちゃんはこれ以上命を狙われる事は無いぞ」

「にゃにゃにゃ! それは本当ですかにゃ!」

「ああ、裏冒険者組合は話の分かる組織だったって事だ」

「賄賂でも掴ませたの?」


 鋭い指摘をまーちゃんがしてくる。

 さすがは四百年間一緒に暮らした事だけはある――

 そんな事はさておき……。


「これでインムちゃんは自由の身……なんだけど、当分この部屋にいてほしい」

「にゃ? それはなぜですかにゃ?」

「完遂したとはいえ、貴族の奥さんが本当に討伐されたか調べた時に店にインムちゃんがいたら不味いだろ?」

「た……確かににゃ……」

「だから当分の間はこの部屋のそこの余ってるベッドで過ごしてほしい。昼にでも依頼を確認して夜はそこの窓から仕事に出かけていいから」

「ありがとうですにゃ、何から何まで……」


 目に涙を浮かべながら上目使いで見てくる。

 めっちゃかわいいなインムちゃん……。

 そんな事を思っていると、横で何かを言いたげなまーちゃんがこちらを見ている。


「なんだよ」

「――もしかしてあんた……無料でインムちゃんのサービスを要求しようとしてない? 泊めてあげる料金だっつって……」


 なんという鋭さ、その鋭さはまさにドワーフの名工が三日三晩寝ずに研いだランスかと思わせる鋭さだ……。

 まさか俺の完璧な思惑を全て曝け出されるとは――


「そんな事思ってませんよ? ハハッ、面白い事を言うな、まーちゃんは……」

「本当に?」

「…………」

「言ってみなさいな、正直に――」

「すみませんでしたぁぁぁ! 本当はまーちゃんの言った通り要求するつもりでした! 申し訳ない!」


 ふむと腕を組み重いため息を吐くまーちゃんに俺はこれ以上ない程の土下座をする。


「さすが童貞ね」


 その言葉は俺の心を砕くには十分な威力であった――

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世界のために戦った勇者と魔王は転移した世界ではのんびりと暮らしたい! @Dingo0221

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