第37話 サキュバスちゃんー2

 仮面を剥がすと、同時に頭のローブがスルリと頭から離れる。

 そこにはマグマのように赤く肩まで伸びた綺麗な髪が露わになった。

 目の端に涙を浮かべているが、緑色の瞳のせいか……まるで森林の葉から露が零れ落ちる水滴のような感じだ。


「お前――女かよ」

「そうだ! それの何が悪い!」

「いや……悪くない……」


 裏冒険者組合――殺人、強盗、恐喝となんでもありの中でなぜこんな少女が? という疑問が湧くが、すぐに暴れ出し俺はそれを押さえつけるのに集中する。


「おい、暴れるな」

「うるさいうるさいうるさい!」

「うるさいのはお前だ!」

「げふぅ」


 まーちゃんの杖が俺の腹の下――はぐれ勇者の腹を殴打する。

 先程まで力を入れなければ大人しくしていなかったはぐれ勇者が、急にしおらしくなる――いや、不意の一撃を浴びて気絶したというべきだろうか?


「ちょ、まーちゃんひどい……」

「ひどくないわよ! むしろ寝てる私を起こす方がひどいと思わない?」

「どうでもいいよ」

「よくないわよ!」


 まーちゃんが起きた事は本当にどうでもいい……むしろこのはぐれ勇者をどうしたものか……。

 俺は起き上がり散乱したガラス片を掃除し、窓辺にはぐれ勇者を置く。


「で? どういう事なの? 知らない子が二人もいるんだけど……」


 まーちゃんの質問に対し、少し悩んだが全てを話す。

 まーちゃんは魔族であり、同族のサキュバスにも寛容だろうと思ったからだ。


「なるほどね、サキュバスなのね? この子……殺しちゃいましょう」

「にゃ!」

「え? なんで? 魔族の王様が魔族殺しちゃうのはどうかと思うんだけど?」

「サキュバスなんて低能でしかも人間の男に媚を売る様な魔族は、魔族である資格なんてないの。だから殺しちゃいましょう」

「そ……そんにゃぁ……」

「いやいや、ちょっと待てよ、お前にも慈悲というものがあるだろ? 俺はまーちゃんは慈悲深い魔族の王――そう、慈悲魔王と思っていたんだがな……」

「慈悲……魔王……なかなかいい二つ名じゃない? いいわ、今回は見逃してあげる」

「そうか……ありがとう慈悲魔王」

「ありがとうですにゃ、慈悲魔王様!」

「もう一回言って頂戴!」

「にゃ?」

「もう一回!」

「にゃ! 慈悲魔王様?」

「そう! もう一回!」

「にゃ! 慈悲魔王様!」


 そんな会話を何回もしている、ちょろい慈悲魔王は放っておいて俺ははぐれ勇者の所まで行く。

 まだ幼さの残る少女だ――こんな子がなぜはぐれ勇者なんかに……。

 すると目がうっすらと開きかけ――左手を腰に滑らし短剣を俺の首目がけて一直線に振るってくる。

 俺はすかさずその左手を右手で掴む……短剣はあと一秒反応が遅ければ首に到達してただろう……。

 右手に少し力をいれると「いぎぃ」と言う声と共にはぐれ勇者の左手から短剣が零れ落ちる。


「短剣に毒でも塗っておいたか? それが切り札だろう」

「な……なんで、そこまで……」


 はぐれ勇者は困惑するが、かつての仲間の盗賊ローグが好んでやっていた戦法だ。

 ただこれは仲間に無闇に短剣を見せない事が条件であり、もし見せたとしても絶対に触るなと注意されたものだ……。

 もし間違えて触れば悲惨な事態になるからだ。


「それで? 何でお前みたいな子供が裏冒険者組合の仕事なんかを?」

「くっ……どうでもいいだろ、そんな事……」

「喋らない気か、まぁいい。それじゃ本題を変えるぞ? 俺をその裏冒険者組合に連れていけ」

「は? 意味がわからないんだけど……」


 簡単な事だ――裏冒険者組合まで行き、このクエストを破棄してもらう、もしくは賄賂を渡して成功したと嘘のクエスト達成を世間に周知させればいいのだ。


「裏冒険者組合の受付に用事があるんだ、案内してほしい。代金も払うよ」

「お前――正気か?」

「ああ、正気も正気……いくらほしいんだ?」


 俺は小袋を出し金貨を一枚、また一枚と床に落としていく。


「わ、わかった。案内だけだぞ!」

「それで? いくら必要なんだ?」

「二十――」

「十だ」

「むぅぅ……わかった」


 俺は十金貨を少女に渡す。


「ところで名前は何て言うんだ?」

「……ムーラだ」

「ムーラ……いい名前だな」

「お前は何ていう名前なんだ?」

「勇者……ゆーくんでいいぞ」

「変な名前だ」

「俺もそう思う」


 そう言いながらムーラを立たせる。

 俺はまーちゃんに説明し、サキュバスを護衛してもらう。

 なにやら慈悲魔王様という響きが気に入ったようでまんざらでもない様子だった。

 それにしてもフェリスはこんな大事があったのに起きないんだな――まーちゃんより図太い……。




 その後ムーラに案内され、街の裏街道を進み冒険者組合の様な看板が付いた小さな扉を開ける。

 カランと音を鳴らしながら開いた扉の中は思ったよりかは広い、しかし冒険者組合の半分くらいしかないので、正直狭い……。

 クルリの見渡すが、二階部分はどうやら倉庫なのか人の気配がなく、道具等が置かれている。

 左の受付には屈強な男が鎮座しておりナイフを片手でクルクル回し遊んでいた。

 そしてその受付は俺とムーラを交互に見て、言葉を発する。


「ムーラ、そいつは何だ?」

「店長、こいつは客だ」


 店長――どうやら受付の事をここでは店長と呼ぶのだろう……。


「店長、相談したい事があるんだが……」

「勇者カードを見せな」


 ムーラに視線を移すと、顎で店長に見せるように促す。

 渋々カードを店長に渡す。

 それを受け取った店長はスルスルと右下側――称号の所をどうやら見ているようだ。


「お前が「王の剣」か? まぁいい勇者殺しではなさそうだな――」

「な……馬鹿な! こんな奴が、あの「王の剣」なのか!」

「なんでわかったんだ!」

「称号に「トレジャー・キーパーを一撃で屠った者」ってあるぞ? 最近そんな事をしたのは「王の剣」だけだ。簡単な話だろ?」

「確かに……まぁそれは内緒にしといてくれ――色々とあるんだ。それと勇者殺しってのは?」

「勇者殺し……まちがえて冒険者を殺しちまった奴の事だ……要は殺人者って事だよ」

「ムーラも勇者殺しなのか?」


 ムーラに視線を移すが、プイとそっぽを向く。


「そいつは違うよ……そいつは金欲しさに貴族の荷馬車を襲ったんだよ。それを目撃されちまって冒険者組合から一年の活動禁止を言い渡されてるんだ。だからここで働いてるってわけさ」

「だが、今回の任務でインムちゃんを殺せば勇者殺しになったんじゃ?」

「ああ、その通りだ。だが、その分報酬が美味かったのさ」

「一体いくらだったんだ?」

「三百金貨――これだけあれば他の街に行って新しく人生を立て直せるぜ」

「三百か……確かにいい値段だな。だが、冒険者組合でもう雇ってもらえなくなるんじゃないのか?」

「その通りだ。しかしな、こいつの場合はそうしないといけない理由があるんだ」


 店長がムーラに視線を向ける。

 その視線を追うとムーラがどこか悲しげな表情をしていた。


「こいつのおっかさんが病気でな……薬が必要なんだ。そのために貴族の荷馬車も襲ったってわけさ」

「なるほどな……そして今回の破格の報酬が出ている任務か……」

「仕方ないだろ……金が必要だったんだ! 手っ取り早く稼ぐにはこんな方法しか――」

「母さんのためなら……か、その薬は高いのか?」

「ああ、かなり高い……この街でも数人しか作れないらしいからな、その薬は……」

「かあちゃんには薬が必要なんだ! 今までコツコツ稼いだ金額じゃ全然足りないんだ……」

「俺が何とかする、それでなんだが……その依頼を完遂した事にできないか?」


 店長が目を丸くして見つめてくる。

 横にいたムーラも同じように目を丸くしていた。


「お前……何とかってどうするつもりだ? 貴族の荷馬車を襲うのか?」

「いや、色々とコネがあってな」

「だが、完遂してないクエストを完遂した事にするってのは裏冒険者組合の信用が――」


 そう言いかけた店長の目の前に金貨を数枚置く。


「なんだこれは?」


 俺はもう少しか? と金貨をもう数枚置く。


「お前――俺を買収する気か?」


 店長が険しい顔に変わる。

 やっぱりダメか……。


「いい根性してんじゃねぇか……お前は裏冒険者組合の方が合ってるんじゃないか?」


 そういうと店長は金貨をスルリと手の中に納めポケットへと流し込む。


「これでクエストは完遂だ――だが報酬はでないぞ?」

「ああ、それもあんたの懐に入るんだろ?」

「ククッ……わかってんじゃねぇか……それとな、サキュバスのインムちゃんには次から気をつけるように言っときな、でないとまたクエスト受注する羽目になる」

「わかった……言っておくよ。ムーラ、次行くぞ」

「へ? 次?」

「ああ、コネがあるって言っただろ? まぁ明日の朝――もしくは昼くらいになると思うが金持ち貴族が俺の仲間にいるのさ。そいつに事情を話す」

「そ……それで? もしかして援助を申し出るのか? 無理だ、きっと突き返される」

「それはどうかな……」


 もしもの場合は「王の剣」の威を借りればいい。


 俺は店長に「それじゃな」と別れの言葉を言い、その場を離れる。

 店長は「いつでも来な、お前みたいなのは歓迎だ」と俺の背中に言ってくる。


 俺達は外に出て冒険者組合へ帰ろうと街道の方を向く。

 するとそこには思わぬ人物が立っていた。

 月の光に照らされて白いスーツが微かに黄色く染まっているが、紛れもなくクリスだ――

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