世界に絶望する

 延長コードを青いネクタイのようにぐるぐると巻いて、あいつは首を吊った。遺書はなかったが、整然と片づけられたその部屋が遺書のようなものだったのだろうと今は思う。いつも何かしらが散らかっていたその床には髪の毛一本落ちておらず、布団にも皺一つなかった。

 死んだ理由はわからなかったが、彼はたぶん世界に絶望したのだ。彼女はいないが友だちはいないわけではないし、人生はときどき楽しくないが死ぬほど辛いわけでもないと、いつか酔ったときにぽつりこぼしていたのを思い出す。夜はネガティブになるから駄目だな、と飲みなれないワインをあおっていたことも。

 彼―敦史とは高校からの付き合いだった。どちらかといえば落ちこぼれだった俺と、どちらかと言えば優秀だった敦史。どっちつかずで中途半端な俺たちだったが、それなりに仲良くやっていた。

 高校を卒業して専門学校に入った俺と、大学に進んだ敦史。進学先と一人暮らしとなった住まいが近かったこともあり、二人で遊ぶ機会も増えた。俺から見れば優秀だった敦史も大学では中の下ぐらいの評価だったらしく、引っ込み思案な性格も相まって友だちもなかなかできず憂鬱な日々を送っていたようだ。それでも4年も通えばそれなりに友人もでき、専門学校を卒業し社会人として忙しくなった俺とは次第に会う機会が減っていった。

 彼と久しぶりに再会したのは仕事帰りの駅前だった。スーツ姿の敦史はそれなりにできるビジネスマンと言った感じで、体操服でサッカーを楽しんでいた時代を知っている俺はなんだかむずがゆい気持ちになった。

「また近いうち、飲みに行こうぜ!」

 仕事帰りの駅前で交わしたその言葉が最後のものとなってしまった。

 馬鹿野郎と呟いたつもりの声は、嗚咽に混ざって言葉にならなかった。


(お題「青いネクタイ」「延長コード」「馬鹿野郎の泣き声」)

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掌編小説集 或るコ @hotcocoa_maybe

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