第4話 消えない過去
釣りを恨んでも、僕の頭はやはり釣りのことばかりを考える。
ついでに、思い出したくもない記憶も。
それにしても、なぜあいつは。あの巨大魚は僕の過去を知っていたのかが気になる。探偵?ふざけるなよ。そんなこと、どこにでも言いふらしたつもりもないし、SNSだって黙ってるっていうのに。
ちなみに、僕のSNSでの職業は「無色ニートの借金王」だが、それはどうでもいい。というか、こうなるともう止まらない。冗談じゃすまない記憶ばかりがあふれてくる。
嫌な記憶はいつも封印して、くだらないジョークですませい僕の人生も、やっぱり限界というものがある。馬鹿げたノースフェイスのステッカーを張って閉じ込めていたポリバケツの腐った生ごみが溢れだしてきた匂いがする。
その匂いで思い出すのは、あの川のこと。
僕は、確か車に乗って細い山道を走っていた。
乗っていたプロボックスには、いつも釣り竿が積んであったのを思い出す。プロボックスはあの業界ではとても重宝されていた。目立たないし、一見して誰もが土建屋だと思うから、地方で仕事をするときは大抵この車だった。
その荷台に積んでいたのは、カメラバックの中におさめられたニコンとコンデジ、幾つかの望遠レンズと単焦点レンズ。それに装着する軍用のナイトビジョンアタッチメント。さらに双眼鏡、ソニーのビデオカメラ、GPS端末。そして、ダイワのパックロッドだ。
こんな怪しげな機材に囲まれて、ロッドもきっと気まずかったはずだ。けれど、僕はいつもこのロッドを連れて仕事に行っていたし、その日向かっていたのも夕張方面だった。
季節は、確か夏───いや、その少し前だった気がする。
道路ぞいの「メロン直売所」の看板を幾つも通り過ぎ、春ゼミが鳴き始めた山道を走っていると、そこで小さな渓流があるのを見つけた。
あれは石狩川の支流。だったと思う。
そこで、ロッドとカメラを手にもって車を降りる。
渓流に入る砂利道のすぐ近くに車が止まっていたの見つけたからだ。
車は黒の軽バンで、ナンバーは札幌のレンタカーだ。
車内には誰にもいないし、カギも掛かっていない。しかも、キーは付いたままだ。
助手席に財布が転がっているのが見えた。ついでに封筒も。
そこで財布を取り免許証を確認。それを写真に撮ったあと、封筒も写真にとる。中は見ていない。
それから車のナンバーがわかる写真と、周囲の状況がわかる写真、それと車のアップの三つの絵を撮影する。写真がボケてないか確認する。それが僕のやり方だった。
それから砂利道を下り、川へと降りてみる。
渓流はかなり小さかったけれど、夏だというのに水量はそれなりにあった。
水もクリアで、岩盤に周囲が覆われている。
そこで、どちらに行こうか迷った。
上か、それとも下か。
大抵、この場合は上に行くほうが良いはずだが、一応足元を確認すると、二人分の靴跡。やはり先行者がいたようだ。
足跡からしてスニーカーで、一人はキャンパスタイプ。もう一人はランニングのようだ。サイズからして、年齢が大きく離れているか、それか男女の二人組。
その足跡は川の上へと向かっていた。
ということで、僕も上に向かうことにした。
夕張の山奥は夏だというのに涼しかった。良い空気だった。渓谷を覆う新緑のアーチがトンネルの様に伸びていて、クーラーみたいに涼しい。例えが悪いかもしれないが、まるで天然のファミリーマートだ。それもドリンク売り場の前。すんだ天然水が気持ちの良い音を立てて流れている。
だが、僕はまだロッドを使う気にはなれない。
これから面倒なことがある。だから、今は歩くのが先決だからだ。
10分ほどしたころ、渓の向こうから水の音が大きくなるのがわかった。
岩陰のカーブを超えると、いきなり小さな滝が現れた。
そこから先は行き止まり。崖の上から細い絹のような水が流れ落ち、水しぶきを上げていた。
そこで、微かな異臭に気が付いた。
まるで朝の生ごみ置き場のようなにおい。普通に渓流で釣りをしていて、まず絶対に嗅ぐことのない類のものだ。
足元を確認すると、二組の後は入り乱れはじめている。
混乱している。
どうやら、ここでやったはずだ。
そこで、僕は周囲を見渡しつつ滝へと近づいていった。
滝の周りは岩盤がむき出しになっていて、良い落ち込みだった。魚は絶対にいるだろうが、まだ釣りはできない。匂いはさっきより酷い。周囲はより一層多くの木で囲まれていたが、それほど鬱蒼とはしていない。白樺も目立っていた。
木の間に何か動いた。
見ると、滝の左側にある林の中で、黒い何かが風に揺れていて、携帯のマナーモードのような音が聞こえてくる。
僕は足を止めた。
林の中に分け入る必要もなく、その正体がわかったからだ。
この時、僕が見つけたのは二つの死体だ。
いや、正しくは遺体。
報告書にはいつもそう書いている。
二組の遺体は太い白樺の枝に吊るされていた。
音の正体はハエ。相当の数のハエが集っていて、まともに姿は見えない。
一人は上半身は裸なのだろうが、傷だらけな上酷い変色をしているので良くわからない。腹はパンパンに張っている。たぶんガスだ。手は残っていたが、足は両方とも骨が見え、形は残っていない。地面には幾つかの骨が落ちていた。
もう一人は女だ。
服はまだ残っていて、上はシャツ姿だが、穴だらけなうえに黒く変色しているが、情報通りなら、たぶん元はピンク色のはずだ。下はスカートだが、その下に足はやはり見えない。二人とも獣に足を食われていたあとだ。
顔のほうは酷いものだった。
近くにトンビかカラスがいたのだろう。目や鼻はグチャグチャになっており、子供の粘土遊びの残骸のようになっていた。ただ、女のほうの首には引っ掻いたような傷がやたらと残っている。もしかしたら、男に釣られたのかもしれない。
悪臭が強くなり、口元を覆った手をすり抜ける。鼻の奥にグリースでも塗られたような感覚。僕はポケットからマスクを取り出し、手袋をはめる。それから遺体の周囲を探る。
すると、叢の中にスポーツバックが一つ。それとアウトドア用の小さな折り畳み椅子が一つ見つかった。
椅子の方は首を吊るために使ったんだろう。黒く汚れた値札が付いたままになっていたが、たぶん垂れ流された糞尿か何かで、ここにも蠅がまとわりついていた。
飛び回る蠅を払いながら、少し離れた場所にあったスポーツバックの中を確かめ。こっちはまだ綺麗なまま。中をみると、そこには先ほど車にあったものと同じ封筒が一つ。それとキレイに折りたたまれたスーツ一式と、2組の携帯電話。いずれも写真で撮影したあと、チャックを締めて元に戻す。
すると、周りの草むらに白い錠剤が散乱しているのを見つけた。
たぶん睡眠薬か何かだろう。処方袋も落ちている。名前を見ると「御手洗真理」の名前。女のものだ。
それから、僕はようやく自分の携帯電話を取り出した。
けど、掛けるのは警察じゃない。僕の上司にだ。
「お疲れさまです、真田です」
電話の相手は上司の小野寺部長。
僕は遺体を発見したこと。そのうちの一人が調査対象者だったことを告げると、小野寺部長は『はぁ?』と間延びした声を出した。このひとは、当時からいつもこうだ。
『それって心中ってことだろ?なんで首なんか釣るんだよ』
「そういう人もいるんじゃないですか、遺書っぽいのもありましたし」
『中をみたのか?』
「見てませんよ、下手に警察に疑われたくないですから」
本当は嘘だった。
ただ、何が書いてあるのか知っているし、見るだけ気分が悪くなるからだ。
『はぁー、首つりねぇ、するかねぇ?俺は見たことないぞ?』
あんたは見たことないだろうけど、現に目の前にあると言いたかったが、口をつぐんだ。
この人はただ正直に言っているだけだ。心中で首を吊るケースは確かに珍しい。
「とにかく警察に連絡いれます」
『わかった、じゃぁ依頼者もそっちに行くから、それまで待機してろ』
電話を終えたあと、僕は警察に電話を入れた。
近所の交番に掛ければ良かったが、わざと110番を使う。それと、自分が何者かは告げず、ただ付近で釣りをしていたら見つけたとだけを伝えておく。これでトラブルは避けられる。前にも使った手だ。なにせ、この場所をどうして知ったのか警察に聞かれても答えようがない。危ない橋はかなり渡ってる。
それにしてもと、電話を切ってもう一度遺体を見る。
二人の死体は同じ木で並んで揺れているが、もう人間には見えない。悲しみは特にわかない。なぜだろうか?どんな遺体も、僕を道ずれにしようとしているのかもしれない。だから、僕の心臓はいつも殺されて、心臓の鼓動すら感じなくなっていた。
ちなみに僕が探していたのは、上半身裸で揺れてる赤黒い男の方だ。
こいつの値段は300万円。
ぼくは自分に言い聞かせてる。300万円と何度か唱えてもみた。
辛いとき、僕は大抵お金で何事も計算するようにしていた。試してみると良い。嫌なことをするときには、常にお金のことを考えるとすごく良い。上司の説教を聞く時も、頭の中ではその時間で何円稼げたかを考える。すると、怒られた時間、自分は金を稼いだことに気が付くはずだ。
だからこの時も、最終的には蠅の集った肉の塊であろうとも、300万円の数字が木の下で揺れていると思うようになった。レンタカーの記録から死後4日は経っている腐臭ただよう首つり自殺の遺体だろうとも、300万円だ。それなら、触れはしなくとも写真は撮れる。
その金を払う依頼者はこの男の妻だ。供もいるが、彼女たちが麓の警察に来たとき、隣で0円で吊るされていた女についてどう思うか考えただけで面倒だった。
この女は男の不倫相手で、そのの存在を依頼者は知らないのだ。お互いに知り合ったのは札幌の病院で、精神科で知り合っている。自殺願望あり。SNSじゃ酷い書き込みばかりで、集団自殺募集のハッシュタグ常用者。この件についての説明は、依頼者を連れてくる相談員が話してくれるはずだ。
なるべく遺体から離れたあと、カメラを構える。全体像と、周囲の状況がわかる写真、それから遺体のアップの写真を撮影し、ボケがないか映像を確認。
それかが済んでから、僕はようやく手袋をはずし、マスクを取って滝を後にする。
滝下は絶好のポイントだったが、ここで釣りをするわけにもいかない。匂いも酷いし、なにより気分が悪い。そこで少し下ったポイントで、遺体のある上流に背を向け、パックロッドを伸ばすことにした。
ここに来る間に、麓の集落に派出所があったが、敷地内にはパトカーが置かれたままだった。だから、ここに来るまであと15分は掛かる。
つまり、それが僕が釣りをできる時間だ。
ロッドの先からラインを出し、そこにリュウキの45sミノーを付ける。
それからフリップキャストで、手前側の岩裏から探っていく。
すると、2投目でバイト。
よせてみると、キレイなヤマメだった。
尺とはいかないまでも、20㎝はある。去年生まれたやつかもしれない。
釣れたヤマメを長めながら、つい考えてしまう。
そういえば、後ろにいる遺体も、ここで釣りをしたのだろうか?
近くにタックルは無かったが、ここは男の故郷だ。もしかしたら、幼い頃にここで釣りをして、この場所を覚えていたかもしれない。
だとしたら──
そう考えて、僕そこで初めて悲しくなった。手にしたヤマメをすぐにリリースする。ヤマメは2度と釣られまいと川をくだり、そのまま海へと出るかもしれない。けど、後ろで揺れている男は死んでいる。だから、川を下っても、行先は薄暗いコンクリートの検分室だ。
だから、僕はそのまま川を下りた。
何も考えないように、ひたすらにルアーを投げると、すぐにまたヤマメが釣れる。
たぶん、あそこにはかなりの量のヤマメがいたはずだ。
「──それから、また釣れたの?」
「いや、釣れてはいないよ」
「どうして?」
「どうしてって・・釣れなかったのさ」
「へぇ…下手だから?」
「でも魚はたくさんいたんでしょ?」
「ああ、そうだよ──というか」
そこで、僕はようやく目を開いた。
――18時20分 テシオ・ラボにて――――
「なんだよこれ?」
視界は真っ白に塗りつぶされていた。
何か光のようなものに覆われている。というより、光る白い幕の中にいるような、卵の中にいるような──
「あなたまた意識を失ったじゃない?だから私も考えなおそうと思って」
あの大魚。エリーとかいうラブコメのヒロインみたいな名前のついたニジマスの声が聞こえる。だが、姿は見えない。きっとこの白い幕の向こうから喋っているのだ。
「あなたさっき言ったじゃない?私の姿がどうとか、それ、結構胸にきたわ」
何を言っているのかわからないけれど、とにかくヤバそうだ。僕は体を起こそうとしたが、うまく動かない。というか、指先一つ思い通りにならない。
「なんだ?おまえ!何をした!ていうかここはどこだよ!」
「落ち着いてちょうだい、あなたの脳に働きかけてるから、今からだのコントロールを奪っているの」
コントロール?脳?奪う?
「おちつけるかよバカ!なんだ畜生!化け物!お前やっぱり俺を殺す気だろ!いや!食うつもりだな!やめろ!俺はクロカワムシじゃねぇんだぞ!」
「だから、私たちはクロカワムシは食べないのよ。上の天塩川の子たちは食べるけどね」
幕の向こうのエリーは笑っている。
冗談じゃない。
「じゃぁなんだよ!さっさと出せよ!」
「まってちょうだい、今やってるのは、あなたの脳を少し操作して、私たちの見え方を変えてるのよ?」
「はぁ?なんだそれ」
なんだそれは。そりゃロボトミー手術か何かかよ。
「違うわよ、ああちなみに、あなたの考えてることはモニターに出てるわよ、今脳につないでるから」
ということは、考えていることが丸わかりってことか。
というか、僕の頭は今どうなってるんだ?
ああと、そこで妻の顔を思い出し、それからうちのパソコンの配線よりもヤバイ状態になってる絡まったコードが無茶苦茶に突き刺さっている想像をした。
「あー違うわ、そういうんじゃないの、それにDNSケーブルなんて今どき刺してないわよ、Wi-Fiに近いほうよ、それであなたの頭をいじっているの、それと奥さん可愛いわね」
それはどうも。
いや、どうもじゃない。
Wi-Fiで脳をいじるとか、そんなもん完全な無線LANハッキングだろ。オーバーテクノロジーもほどほどにしとけよ。
「確かに、でもまってて、も少しで終わるから、そうしたら貴方も私のことを好きになるわ」
好きになるわけないだろ。僕をなんだと思っているんだ。ああまずい、こんなことを考えたら丸わかりなんだ、きっと食われるにきまってる。くそ、俺が釣りをしてた罰があったたのか?俺はリリース派だしニジマスは食べないしまじでワルかった。ほんとうにすまない。今後釣りはしないし絶対にニジマスを外来種とかいわな
「はいそこまで、ほんとビビリすぎよ。というか貴方、頭の中は滅茶苦茶饒舌ね、きっと友達少ないでしょ」
まぁ、当たってるけど、よけいなお世話だ。
「それに釣りはやめなくていいわよ、私たち全員じゃないけど、私はあなの考えもよく理解しているから」
それは人間釣りのことをいっているのか?僕みたいなやつを水中に引きずり込むやつ
「そういうこと、あれは確かに面白い──あ、もう終わったわ」
かなり気になる言葉が出かけた所で、エリーの声が突然聞こえなくなった。
すると、目の前の幕がいきなり揺れたかと思うと、まるでシーツでもはぐように消え去った。
それから、視界に飛び込んできたもの
女。
しかも金髪。肌は真っ白。
目は青く、整った顔立ちの背の高い美人。
しかも白いレースのドレス付きだ。
「どう?どんな風に見える?」
「どんな?え?いや、美人の白人レディがいるわけだけど、貴方はいったい・・・」
もしかしたら、僕はついに現実に帰ってきたのか?いや、どこかに魚人がいるはずだと思い、周囲を見回すも、そんなものはいない。というか、現実に戻ったってこんなハリウッド美女みたいな人間が、僕の住む道北にいるとは思えない。いや、いるかもしれない。もしかしたらロシアからの密航者の可能性もある。
「え?それじゃぁ成功?」
「え?なにが?密航が?」
「何いってんの?私が人間に見えてるってことよ」
人間に見えてる?
「私よ!エリーよ!」
「エリーって、あの、魚人のエリーか?」
そんなわけがない、あの魚人はどこだと周囲を見回すが、やはり誰もいない。
「脳をいじって、私が人間に見えるようにしたのよ!ちなみに私たちの遺伝子配列を人間に置き換えて互換しているから、私たちの見え方と、貴方の見え方はかなり同じになったはずよ」
「ええっと、つまり?」
「この世界では、私は美人ってことよ」
エリー?
うそだ、こいつがあのエリーだっていうのか?僕は体が自由になったことも気が付かず、その場に座ったまま動けなかった。
確かに、僕は普通になれといった。
だがまさか本当にそうなるとは。ハイテクにもほどがあるだろ。
「驚いた?ちなみにこうすると・・・」
と、エリーが手を伸ばすと、空中に半透明のディスプレイが現れ、そのボタンを押す。
すると、目の前の金髪美女は消え、いきなり巨大な魚人が現れた。
「ヒィイ!!!なんだ!!なんだぁあ!?」
「どう?私がエリーだってわかった?」
「わわわからないしなんだやっぱりお前魚oijgoaijreoiga」
「はい」と、魚人が空中のディスプレイを胸鰭でオスと、再び金髪美女に戻る。パニックになった僕は、もはやわけがわからず、ただ口を開けているしかなかった。
「ね?本当に私でしょ?これで私たちの姿が人間ぽく見えるようになったわよ」
「いや、それは・・・」
もう何もわからない。
わからなすぎて、もう何を考えていいかわからない。つまり考えるということがわからない。僕は考えられたろうか?元から考えてなんかいなかったのではないだろうか?
「落ち着いて、もう脳は覗いてないけど、なんかすごい無限ループに陥っている顔をしているわ」
そんなものが顔に出ていたとしたら、きっと白目を向きながらよだれを垂らして呻いていたに違いない。鬼畜な4時間みたいな感じで。
そんな僕をしり目に、目の前の金髪美女は続ける。
「これで私や、ほかの仲間も人間と同じように見えるってわけ、だからこの世界も怖くないでしょ?いや、怖いかもしれないけど、今までよりずっとマシ」
「まぁ、マシってやつだけど・・・」
「普通が良いんでしょ?じゃぁやっぱりこれでよかったわよね」
「いや、まぁ普通がいいけど・・・」
確かに普通を求めてはいる。
だが、これはあくまで異世界モノラノベの話であって、べつに美女が出てきたら普通ってわけでもない。まぁ、魚人よりは随分マシだけど。
だが僕が欲しいのは、リアルな普通さだ。
そもそも、エリーがハリウッド美人に変わったところで、いまだこの世界から出られていない。エリーの話では異世界というより、現実の天塩川の延長線上にある世界らしいのだが、そもそも理屈もよくわからない。
「じゃぁ、私と一緒にこの川を救ってくれるわよね?」
そう言って、エリーは目を細め、整った口を釣って見せる。胸元を見ると、ずいぶんと大きい。確かに、悪くないかもしれない。
しかし、僕には妻がいる。それにこいつの正体は魚。さっき脳をいじられたばかりで騙されるわけにはいかない。
「だから簡便しろと、だいたいこの川?というか異世界?とかわけがわからないしだ、そもそも何をするかもわからないし、僕には妻がいるわけで」
つまり、世界なんか救っているわけにはいかない。
本来そういうのは童貞のニートの仕事であって、僕のような妻帯者がやることじゃないだろ。
というか、そもそも探偵だった頃の記憶と何の関係があるのかわからない。あるとしても、ロクなことじゃないのは確かで、僕としては、もう忘れてただの貧乏人として生きているほがまだマシだ。
「それは順番に説明するわ、その前になんだけど」
といって、エリーは少し困ったように頭をかきつつ、僕が横たわるベットの下から何かを取り出す。
「ごめんなさい、服脱がせてたの忘れてたわ」
エリーの苦笑いから視線を下げると、そこには丸められた僕の服が。
さらに下を見れば、僕の足、膝、そして──僕は悲鳴を上げた。
妻の顔がまた脳裏をよぎる。
本当に情けない。こんなところで僕は自分の局部を見られるなんて。
あまりに辛すぎて、僕はつい今の状況をとにかく時給で換算する。これに関してはゼロ円どころかマイナスにしかならない。というか、僕は今仕事なんてしていない。最低だ。無料であそこを見られただけなんて。確かに僕は貧乏だが、ここまで落ちぶれてはいないと思ってたのに。
探偵の頃は、今とは違って金もあった。
それが唯一の良い記憶。だが、平穏で普通の生活は見せかけだけだったのは間違いない。
結局、僕の人生は消したい記憶ばかりで。この時も、エリーから受け取った服を気ながら、さっきあったことを無かったことにしようと必死だった。
北海道の田舎で釣りに行ったら異世界についた @atrout
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。北海道の田舎で釣りに行ったら異世界についたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます