第7話 宝剣乱舞


 乙女ゲーム、『宝剣ほうけん乱舞らんぶ』。

 主人公ヒロインであるミーシャは剣と魔法の異世界で、イケメンたちと様々な出会いを果たし、恋に落ちていく。一見、単純な恋愛シミュレーションゲームに思えるけど、これがかなりの曲者であり、発売当初は鬼ゲー、誰得ゲーとして一部の製作会社のファンからは悲鳴が上がっていたそうだ。ボクの元カノは嬉々としてやり込んでいたし、僕自身もある要素にドハマりし、全ての攻略対象ヒーローのトルゥーエンドを網羅してしまった。


 ボクの個人的な感想はともかく。

 なぜ、そんなに不評だったのかと言えば、それは攻略対象の難易度だ。


 まずこのゲームの最大の特徴は攻略対象が16人という、かなりイケメンたちの人数が多いという事。当初、不安視されていた各キャラの厚み不足がファンたちの間で懸念されるなか、その期待はいい意味でも悪い意味でも裏切られた。なぜなら全員が病み切っていたから。


 攻略対象は一部の例外を除いてヤンデレばかりだった。


 ヤンデレとは……病んでるとデレの合成語だっけか。

 広い意味で、精神的に病んだ状態にありつつも好きな人に愛情を表現するケースや、好意が強過ぎるあまり、精神的に病んだ状態になってしまうキャラクターの事だと思う。



 だがしかし……このゲームのヤンデレたちはそんな生易しいモノじゃなかった。例えて言うならば狂気が歩いている、まさに人間凶器な攻略対象者ヒーローたち。一歩間違えた選択ルートを辿れば、すぐ刃傷沙汰になるという危険人物のオンパレード。


 そんな人間たちを攻略するだけでも一苦労なのに、さらに波乱を巻き起こすのが悪役令嬢役である『リリアロエ』の存在だ。せっかく主人公ヒロインミーシャが上手くイケメン達の精神安定剤になってきたところで、嫉妬に駆られ様々な邪魔をしてきては、あの手この手で破滅をもたらそうとしてくる非道な人物なのだ。


 高慢で意地悪、これらがリリアロエの人格と言っても過言ではない。

 それがボクの役割に……なるはずなのだけど。

 あれほど歪んで他者を蹴落とそうとする性格には、自分がなろうと望んだとしても怖くてなれそうもないな。

 なぜなら、『リリアロエ』の辿る末路はだいたいが死亡なのだ。良くて一生、牢屋で幽閉の身や拷問の嵐などなど。



 たしかに、うん。

 顔も能力も抜群で、将来有望なお兄様たちに囲まれ、自分は魔力なしの出来そこない。

 家族の温情だけで生きている存在。

 それだけが理由じゃないとしても、卑屈になる要素は多少はあるかもしれない……しかし、死が待っているのだと知れば、そんな悠長に卑屈になどなっていられない。


 なにせ、あのゲームは主人公ヒロインですら危ういのだ。

 分岐ルートによってはミーシャの死で終わるバッドエンドも豊富に取り揃えてあり、純粋に恋愛ゲームを楽しみにしていた人からしたら、まさに鬼畜、誰得ゲーだな。だけど、その一歩でも間違えたらバッドエンドというスリリングな恋が逆にいい! と、興奮するプレイヤーたちもいるから、世の中わからないものだ。ほんと、闇乙女ゲームの世界に貴族令嬢として転生するとか、世の中わからない。



「っと、そんな呑気に考えている場合じゃないな……」


 いま、自分が生きている世界が『宝剣乱舞』と同じ舞台だと気付いてから、一人で自室にこもり、こうやって考えているわけだけども……いまいち、思考がまとまらない。


 というのも、このゲームに関する記憶が所々、曖昧あいまいなのだ。



 まず、『宝剣乱舞』は『学院編』と言ってイケメンたちとの出会いから付き合うまでの内容が入っているもの。次に恋仲になったその後をプレイできる、拡張パック『動乱編』の二つのソフトがある。



『学院編』では主人公ヒロインのミーシャが、貴族ばかり集まる魔法学院に編入生として通学するところから始まる。歳は16歳でリリアロエとは同い年って設定だったから、あと8年後か……。ボクはその学院に12歳で入学するから、それまでに色々と死亡ルートを回避する準備をしておかないとだな。


 ミーシャは強大な魔法を、『魔玉』に込めるという特殊能力を持っている。その能力を利用して生成できた宝玉は、『魔宝まほう』と呼ばれ、彼女は『魔宝まほう』を作り出せる能力を評価され、平民でありながら特待生として入学。

 軍事的な観点からして、リルベール国が他勢力に取りこまれる前にミーシャを抱き込んだと言ってもいい。



 本来、極大魔法などは何人もの魔法士、魔法騎士が長い詠唱と時間をかけて発動するものであり、その効果は強力なモノが多い。そういった大規模魔法を、『解放』というアクション一つだけで、様々な手順プロセスを短縮して発動できるのが『魔宝まほう』だ。ミーシャ自身が魔法を放てなくても、魔力の才能溢れたイケメンたちとの共同作業で『魔宝まほう』を完成させていく。もしろんソレは、イベントや選択肢を乗り越え、親密度を上げていく過程で発生する副産物に過ぎない。そうして集めた『魔宝まほう』は攻略段階を示す指標でもあり、危機イベントを乗り越えるための重要なアイテムにもなった。


 またイケメンたちとデートする際、行く場所や、そのとき取った行動、造った魔宝によって、イケメン達の各ステータスの成長率が違ってくる。育成ゲームじみた要素もあって、これが何とも面白ろかったのだ。キャラの強さによって喋るセリフや表情、服装というか装備までもが違い、大変っていた。


 後から追加された『動乱編』では、おもに他国との戦争の最中さなかで恋をしていくのだけど……手塩にかけて、ようやく恋仲になったキャラ、イケメンのステータス不足で戦死なんてパターンもあり、そのときは本気で悔しかったりもした。バカなッ! ボクの育てたアルトノアがーッ! ここまで魔力極振りにするのにどれだけの苦労がかかったと思っているんだ……と。



 まさに恋も魔法も戦も乱舞する。

 まとめるとこれが『宝剣乱舞』というゲームで、ここまでは順調に思い出せる。

 だけど、問題はここから。



 攻略対象が16人とかなり多めな事で話題になっていたけど、メイン攻略対象者ヒーローとも呼ばれる人物が4人いる。それらメイン攻略対象者ヒーロー以外の情報が、全くと言っていい程、思い出せない……。

 つまり、12人のサブ攻略対象者ヒーローがどこの誰だか、思い出せないのだ。



「ぐぅぅ、なんでだ……全てのキャラを育成しきって、世界の覇者にまでなったのに……」


 現状、8年~10年後に死ぬ可能性がある悪役令嬢リリアロエ、つまりボクにとっては攻略対象者の情報は生存の鍵となるはず。


 死亡ルートを回避するのに必要な情報が、どうしても思い出せないのだ。



「今のところ、思い出せるのは……まずはリルベールの第二王子さまか……」



 我が国リルベールの第二王子であるイマリス殿下。

 歴代王族で誰よりも高い魔力を持っている。

 思いこみが激しく、すぐに裏切られたと嘆き悲しみ、制裁行動に移る恐ろしい権力大判振る舞いな王子なのだ。あと、愛が非常に重い。


 将来は、各国を武力制圧して支配し回る『蹂躙じゅうりん王』と呼ばれる。




「そしてゼンブル公爵家の長男……」


 代々の当主がリルベールの将軍職に就いている名門中の名門、ゼンブル公爵家の跡取り、タイラード・グレイ・ゼンブル。

 図体がすごくでかく、体格、魔力、両方の才能に恵まれ、最高レベルの実力を持つ。

 しかし実は自分に自信がなく、影で自傷行為を行い続ける、常に死んだ魚の眼がデフォになってる。無口なわりに、けっこう面倒くさいタイプのかまってちゃん。


 将来は、王子の軍を率いて各国に戦果をまき散らす『破滅はめつの貴公子』と恐れられる。





「そして、ボク……リリアロエの婚約者……」


 家格は下の上であるフォートレス伯爵家の三男、ユージエル・レイ・フォートレス。

 魔力は少ないのだけど頭が物凄く切れ、策略家だっけか。スマートで優しそうな笑みの裏に、残忍で狡猾な顔を持っている。腹黒い上に、毒殺魔。

 できるのならば、関わりたくもない。


 将来は王子が率いる大軍の参謀として頭角を現し、王子の命令は絶対遵守し、徹底して敵勢力を壊滅に追いやる知略智謀から『忠実なる虐殺ぎゃくさつ軍師』とおののかれる。



 そしてメイン攻略対象者の中で最も危険なのが、最後の人物。



「ボクの兄……次兄のアルトノア……」



 気が重い。

 家族に要注意人物がいるなんて……。


 一度、敵対心が芽生えた相手には容赦しない。他人を憎む心が、人一倍大きいようで、さらに破壊衝動まで兼ね備えた最上級危険人物なのだ。

 しかも内政方面に対する知識も豊富で、国政にも深く携わり人事方面に強い権力を持っていた。

 


「おーい! リリア! リリアロエ! 遊びにきてやったぞー!」


 くだんの人物(10歳)が、元気にボクの扉を叩く音がする。

 部屋の前でメイドのユナが『少々お待ち下さいね、アルトノアさま』と諌めている。



 今は一人でじっくりと考えにふけりたいのが本音だ。けれど、どうしてアルトノアがあんな人物になってしまったのか、知る必要があると判断する。できれば、兄が破壊衝動にさいなまれる事態に陥るのは避けたい。自分のためにも。

 残念ながらアルトノアはメイン攻略対象ヒーローのくせに、そこまで詳しい事情がゲームでは語られなかったのだ……。



 それにここで追い返しては、せっかく尋ねて来てくれたアルトノアに悪い。

 

 ふぅ……前途多難だな。



「アルトにいさま、入って大丈夫ですよ」



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