第8話 虫マスター


「よう、リリアロエ! 昨日ぶりだな」


 快活に笑いながら、遠慮なくボクの部屋に入ってくるアルト。


 ゲームでの彼とリリアロエの関係性は険悪。

 その一言に尽きる。

 

 アルトノアの方は魔力なしの妹をさげすみ、み嫌っていた。

 リリアロエの方もそんな兄に憎悪すら抱いていたようで……つまるところ、メイン攻略対象の中で唯一、悪役令嬢の邪魔が入らない攻略キャラがアルトノアだ。


 リリアロエからしたら、嫌悪する兄が誰と恋に落ちようが関係ないって話だ。常に魔力なしという劣等感に加え、アルトノアはデリカシーのない発言をする事もあるから、リリアロエとしても変に歪んでしまったのだろう。

 まぁ、幸いゲームとは違って中身が25歳であるボクだから、リリアロエと同じような思考にはならないわけで、兄妹の仲はアルトから顔を出してくれるぐらいには安定している。



 どのみちアルトノアのルートは、珍しく邪魔者であるボクの出番がないので安心でき………………ません。


 この人、バッドエンドもハッピーエンドもトゥルーエンドも破壊。国を滅亡させます。どうやっても破壊不可避という、ついたあだ名は『不落の破壊侯爵』。しかも、侯爵家令嬢としての特権を振りかざす妹リリアロエを『わずらわしい』の一言で、かるーく殺している。ルート別や選択肢で多少は結果が違っても、様々なタイミングでっていた。主人公側でプレイしていた時はあまり気にならなかったけど、殺される側になると戦々恐々だ。



 ゲームの『学院編』、18歳のアルトノアは破壊衝動と人への憎しみが強い性格だった。

 ゆえにメイン攻略対象ヒーローの第二王子イマリス殿下に従い、破壊の限りを尽くす。イマリス殿下の謀反に協力し、第一王子から王位継承権簒奪さんだつに一役買ったのもアルトノアだ。さらにリルベール改革、またの名を『リルベール大粛清しゅくせい』という事変の中心人物にもなっていて、腐った支配階級の人々を根こそぎ殺し周り、強引に国内の癒着の温床地を一掃したりもしている。



『お前のためだったら、世界だって滅ぼしてやる』


 アルトノアの名台詞セリフである。

 ボクからしたら迷台詞セリフであり、内心では『あんたの破壊衝動が抑えきれないだけだろ!』と突っ込んでもいた。


 だが、しかし。

 一部でアルトノアの熱狂的なファンもいたのだ。

 

 晴れて攻略が上手くいって恋人になり、『動乱編』に入るとファンの支持っぷりはやばかった。


 全てに怒りや憎しみ、破壊を向けるアルトだけど。主人公じぶんにだけは脆い花を扱うかのように大切にしてくれる。その姿勢ギャップが、もうゾクッとくるそうだ。


 一度、彼が通ればそこは破壊の嵐が生まれる。その後に残るは、可憐な主人公が歩むための道。荒廃しきってはいるけど、敵はいないわけで(全滅)、アルトいわく『安全な道を用意した。俺達を結ぶ真っ赤な大地だ、どこまでも染め尽くしてみせよう』などと、これが彼なりのレッドカーペットらしい。


 そんな血塗られた道いらねー! と、プレイ中は呆れたものだ。

 過保護を通り越して狂気とも言える、ただひたすら、主人公だけを愛する生き様が好評だったようだ。



 そんな兄が何をしに来たかと観察してみれば、何やら木箱の様なモノを抱え、目をキラキラさせてボクに話しかけてくるのだ。


「聞いたか、リリアロエ。やっぱりルーカス兄様は素晴らしいぞ! 学院での上期中間では魔力の実技が二位、剣技は三位、筆記テストの成績は学年トップだったそうだ! 俺もいつか兄様みたいになるんだ!」


 相変わらず、兄さん大好きっ子だった。



「ルーカスお兄様は素晴らしいわ。同じ家族として嬉しいです」


 長男であるルーカスはボクの命名式が終わり、フローレン家の城で一泊してから、またすぐに学院へと戻って行った。多忙な身でありながら、ボクの命名式に顔を出してくれた事には純粋に嬉しみを感じる。


「そうだ。あのルーカス兄様の家族であることは誇らしいな!」


「はい」


 というか、どうして高スペックで性格も優しいルーカスは主人公ヒロインの攻略対象にならなかったのだろうか。アルトよりよっぽど内面は、イケメン枠に入りそうなのに。不思議だ。

 もしかして思い出せない攻略対象のうちの1人かもしれないな……。



「ところでリリアロエ。いいモノを持って来てやったぞ」


 ルーカスに劣るものの、アルトノアだっていい子だとは思う。ニコっと笑うアルトは貴族の子息らしくない、少年らしい明るさに満ちていた。こんな子が破壊衝動に目覚めるなんて信じられない。

 一体、何が原因なのだろうか……。



「何でしょう、にいさま」


「ふっふっふ……」


 ちょっと悪びれた笑みを浮かべるアルトさん。

 まさか、わずらわしいからボクを殺すとか考えてないよな?



「俺の虫コレクションを持ってきてやったぞ!」


 冗談じみた悪い予感は、ちょっとだけ当たっていた。

 おま……仮にも侯爵家のぼっちゃんがレディの部屋に虫とか持ち運ぶなよ。

 母キャトリンに知られたら、軽く説教モノだぞ。

 


「どうだ、見てみろ」



 うおっ。

 びびってはいない。だが、すこし気持ち悪い。

 それがアルトの虫コレクションを見たボクの感想だった。


 木箱の中に詰められ、所せましとうごめく虫たち。ニョロニョロとしたムカデみたいな奴、黒光りしてカサカサ高速で移動している奴が非常に気になった。これは、うん?

 Gゴキの亜種とかじゃないのか?



「こいつら、なかなか戦わないんだよなぁ。おらっ、誰が一番強いのか戦ってみろよ」


 わぁ。

 好戦的だ。

 しかもゴキ触ってるよ、この子。というか、虫に戦いを求めるとか、もしかしてこの辺が将来の破壊衝動に繋がっていくのか?


「あれ?」


 そんな気色悪い虫もいるなか、非常に見慣れた虫がいることに気付く。


「これって……」


「おっ、リリアロエ、それに目をつけるとはさすがルーカス兄様の妹」


 いや、お前の妹でもあるんだが。

 ボク、キミの家族だからね。将来、殺したりしちゃダメだぞ。家族は仲良くな。



 なぜか感心したアルトは、ボクが気になった虫をピックアップして木箱から出してくれた。


「こっちは断罪虫クロスシザー、こいつは剣振り虫ソードバグ


「ほぉ」


 思わず、素の口調が出てしまった。


「なんだ? 急に変な声を出して」


 アルトの疑問は軽くスルーしておき、ボクはニ匹の虫を観察する。

 端的に言えば、クワガタとカブトムシだった。


 これは……なんというか、のほほんとするものがある。

 前世で子供の頃、じいちゃんちで捕まえてよく戦わせてたなぁ。

 久々に懐かしい虫を見れたので、少しだけワクワクしてきた。



「おい、大丈夫か? リリアロエ? やっぱ女子共は、虫とか嫌いって言うからなー」


「あ、いえ。お気になさらず。失礼しました、アルトにいさま」


「はっ。嫌なら嫌って言っていいんだぞ? ったく、お前は俺の前でもいい子ちゃんだよなー」



 ふっ。

 ボクがいい子だって?


 前世じゃ、小学三年生のときに虫大将と呼ばれていた、このボクが?

 より大きく、より強いカブトムシを求め、人様たにんの敷地内にまでこっそり侵入し、虫の領域を荒らし回っていたこのボクが?


 なめてもらっては困るなぁ貴族のぼっちゃんよ。

 さきほど、アルトは『こいつらなかなか戦わないんだよなぁ』と嘆いていたよね? 兄のくせに、クワガタとカブトムシの扱いも心得てないとは、まだまだだな。



「にいさま。この虫たちは、ここを、こうするのです!」


 ボクはニ匹の虫を向かい合わせ、同時にお尻の部分を軽く人差し指でつついてやる。するとクワガタとカブトムシはお互いを威嚇し合うように近づき……戦い始めた。


「……リリアロエ! お前すごいな! 虫マスターになれるぞ!?」


「にいさま、まだまだここからですよ。いいですか、カブトムシは相手の身体の下に角を入れれば勝ちが確定です。持ち上げて、どこかに吹き飛ばしちゃいます。ですが、クワガタはそれをさせまいと必死に挟もうとします。でも、カブトムシの方が大きいので、勝負ではカブトムシが有利です」


「おおう、お前くわしいんだな! だけど、ええと……カブトムシとクワガタ? あぁ、剣振り虫ソードバグ断罪虫クロスシザーのことか……虫マスターは呼び方も一味ちがうのか……」 



「にいさま。それとなるべく、カブトムシとクワガタは分けて飼ってあげてください。勝負ではカブトムシが強いのですが、知らぬ間にクワガタがカブトムシの首を切り落とす場合もあります」


 一緒のケースに入れて、気付くとカブトムシの首が胴体からポロリと両断されている姿を見かけ、昔はよく嘆いたものだ。クワガタの力を舐めてはいけない。


 次兄には命を大切に扱う、優しい人物になって欲しい。

 虫の飼育方針から徹底しておくべきだな。


 つらつらとカブトムシを飼う時の注意点を述べていく。



「リリアロエ……すごいぞ!」



 しきりに感心しているアルトの反応を見る限り、おおむね成功しているようだった。


 それからというもの、何故かアルトはボクを虫マスターと呼ぶようになり、気持ち悪い虫をしょっちゅう持ち運んでくるようになった。

 そこは勘弁して欲しかったけど、アルトが破壊衝動に目覚めてしまっては困るので、なるべく付き合ってあげた。



「アルト! あなたはなんてものを妹に見せているの!」


 それも母キャトリンに見つかるまでの事だったけれど。



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