第3話 社畜時代のおかげで修練度がたまってた

 

 んー……ひまだ。


「おぎゃ」


「あらあら、リリアちゃん。さっきお乳をあげたばかりでしょう? どうしたのかしら」


 ボクの声に反応して、木製のべビィベッドに歩み寄ってくる婦人。


 改めてキャトリン、ボクの母親を見ると美人だ。

 赤褐色の長い髪はウェーブがかっており、ふわふわと揺れるやわらかそうな髪は彼女のおしとやかな所作を更に盛りたてている。

 肌は美白にして、鼻は高い。瞳の色は情熱的な焔宝石ルビー

 さらに赤ちゃんの立場だから、何度も目にしている彼女の胸はとても豊満で、率直に言うと男が好むスタイルの持ち主だ。三児の母親とは思えない程に若々しかったりするのも、ボクがそんな感想を抱く一因かもしれない。


 こんな美人をてごめにした父親、リディロアは幸せものだ。まったくもってうらやましい。


 ちきしょうめ。



「おぎゃっ」


「困ったわねぇ……ごめんねリリアちゃん、お母様はそろそろ出掛けなくてはいけないの……」


 申し訳なさそうにボクに謝るキャトリンを見て、『いえ、退屈をまぎらわすための不平不満だったのでお気になさらず』と答えておく。


「おぎゃ、ぅあうあー」


「リリアちゃんはいい子ねぇ。ユナはいるかしら?」


「はい、奥さま」


 キャトリンの呼びかけに、どこからともなく姿を現したのは中学生ぐらいのメイド服を着た少女だ。



「この子を頼んだわよ?」


身命しんめいして、リリア様のご御身はお守り致します」



 ユナというのは、何かとボクの傍で身のまわりの世話をしてくれるメイドだ。使用人たちの会話から判断するに、この子はとても優秀なメイドだそうだ。母キャトリンとは遠縁の親戚であり、かといって家格はそれほど高くはない。だからこそ花嫁修業の一環として我が家に雇われているようだ。良家の娘は大貴族に奉公することで、女性としてのはくをつけるそうだ。『わたしは彼の有名な~家にご奉仕し、この身をもって洗練さを学んでおります。~家とは繋がりがあります』と。そうして未来に訪れるであろう婚姻こんいんの時に備え、少しでも自家が有利に働くように、無碍むげに扱われぬように立ち回るらしい。


 まだ少女だというのに、なんて立派な子なんだろうか。


「奥さまの大事なリリア様は、私たちにとっても同様に大切な宝でございます」


 子育てをする際に、一般的に身分の高い家は乳母などの存在がある。しかしフローレン家うちは、キャトリンの方針で母親自ら子供たちの面倒をみるという、貴族にしては珍しい家庭事情だそうだ。



「よろしくね。愛しのリリアちゃん、いい子にしてるのよ?」

 


 さてさて、キャトリンも出て行ったことだし。

 ここからが自由時間だ。


 二十代半ばにもなって、すぐ横で中学生女子メイドが直立不動で待機するなか、何をするかといえば。



 それは『加護ストラ』の検証だ。



 赤ちゃんになって三カ月が経つ今、ボクは何もしてこなかったわけではない。

 やはり日本男児として、『魔法』というワードに惹かれないわけがない。どうにか魔法が使えたりしないか、色々と試していた。


 しかし、そんな方法はわかるはずもなく、日々『おんぎゅぁぁああ……』とうなるだけで終わっていた。


 よくよく考えたら、1歳にもならない赤子が魔法を行使できたら仰天ものだ。


 だから、周囲の目もあるし、本を眺めても怪しまれない程度に成長した時期を見計らって魔法は学べば良い、という思考に切り替えた。


 そんな折り、今から2週間程前になるだろうか。

 突然、脳内で間延びする声が響いたのだ。



あか・・は力が欲しいのかにゃ?』


 当時はあまりにも鮮明に聞こえたもので、しばらく辺りをキョロキョロしてしまったものだ。しかし、周りにはメイドのユナしかいなかった。



『違うにゃ。あかキミの頭に直接、はなしかけてるにゃ』


 思わずおしゃぶりを口から垂らしてしまったのは記憶に新しい。

 男性とも女性とも捉えることができる中性的な声音が、頭の中で語りかけてきたのだ。おどろかないほうがおかしい。。


 そして『あか』といのは赤ちゃん、つまりボクのこと?

 これは何の幻聴?

 そして誰?

 と、疑問は次々と膨れ上がっていったけど、勝手に俺の脳内に侵入した語尾が『にゃあ』の奴は、至極マイペースな口ぶりで続けてきた。


『まぁ、あかキミが何を望むかはどうでもいいにゃー』


 話しかけてると言ったものの、独り言みたいじゃないかと呆れたな。


『それにゃあ加護ストラをあげるにゃ』


 こちらの意見を一切聞くことなく、正体不明の語尾にゃあがそんな事をのたまったのだから、当初はけっこうな猜疑心を覚えた。


『今の吾輩わがはいに干渉できるのはここまでにゃ。あとはてきとーに、がんばるにゃ』



 それからというもの、ボクの退屈を紛らわす話し相手になったのは語尾にゃあ君だった。

 しかし、この語尾にゃあ君は母であるキャトリンがいるときは何度呼びかけても返事をしてくれない。

 なので、決まってキャトリンがいないときに、この不思議な存在と会話を交わすのだけど。



『ゴビニャ、いる?』


 さっそく頭の中で呼びかけてみる。

 ちなみに勝手に、ゴビニャと適当な名前を付けた


『呼んだかにゃ』


 てきとー過ぎるけど、今のところ本人? 本ネコは気にしてないようだ。


『今からキミにもらった加護ストラとやらを試そうと思うんだけど』


『いいんじゃないかにゃ?』


 というわけでさっそく、加護を発動してみせる。

 ボクがこの怪しい存在、ゴビニャにもらった〈加護ストラ〉とやらは、『天地の眼てんちむ』というモノだ。


 ゴビニャが言うには魔眼の一種らしく、加護を行使している時はボクの目は極彩色の光を帯びるらしい。自分では確認できていない。


 とにかく、この『天地の眼てんちむ』という加護は物事のありとあらゆるものを見通す力が付与されるらしいけど……どうもその効果範囲が広すぎて、加護を持つボク自身、抽象的にしか理解できてない部分がある。


 この目で何を見通せるのか、今のところ確実にわかっている点は三つ。



 まず、人間を見る。

 そう、例えばすぐそばにいるメイドのユナだ。

 チラリと見れば、彼女の身体の周りには薄く青色のもやのようなモノがただよっている。オーラと言ってもいい。


『ユナはまた魔力が上がってるのにゃー』


 ゴビニャいわく、あれが魔力だそうだ。

 つまり、他人の魔力の流れが見れるのが一点。


 次に、さらに彼女に意識を集中し凝視してみる。

 すると、脳裏に彼女の情報がわずかに流れ込んでくるのだ。



・人間種

・ユナ

・♀

・14歳。

・水魔属性



 こんな感じで、相手のフルネームまではいかなくとも、年齢などが見ただけでぼんやりとわかる。それによくわからない属性も。これがニ点目。

 ちなみにユナのフルネームは知らない。



 そして、驚くべきは三点目だ。


 人間みんなには見えない生物が視認できる、だ。


 初めて目にしたのは、開け放たれた小窓から流れるように侵入してきた数匹の羽が生えた小人だ。ビックリして危機を呼び掛けるべく泣き叫んでみても、メイドのユナにはその小人たちの姿が見えていない様子で、必死にボクをリンリンと鳴るオモチャであやし続けていた。


 ちなみにその小人たちは無害だった。

 なんだかご機嫌そうに飛び回って、また窓から出て行った。


 そして、今もやはり視える。

天地の眼てんちむ』を通し、部屋には何匹かの不可視な生物が穏やかな雰囲気でいこっているのだ。

 なんだかフワフワと宙を浮いている白い毛玉のような生物。

 くりくりとした目が二つあり、とても可愛らしい。その柔らかそうな見た目に、触れてみたいという衝動に駆られるも残念ながら手が届かない。


 部屋のすみでは緑の頭巾を目深にかぶり、長いワシバナを覗かせるずんぐりとした小人が数匹、ぺたんと座りながら何かコソコソと話し合っている様子。


『精霊たちは今日もご機嫌だにゃぁ』


 ゴビニャの説明を信じるならば、この目は精霊を認識できるらしい。

 この世界での精霊がどんな扱いを受けているかはわからないけど、加護ってけっこうすごいモノだとわかる。


『本来はそれぞれの神に認められて、その力の一端を譲り受けるのが〈加護ストラ〉にゃあ』


 じゃあ、ゴビニャは神様なのか? と尋ねれば、『ちがうにゃ』と素っ気ない答えが返ってくる。


『あとはにゃー、この世界に満ちてる神気の影響を受けて、自力で力に目覚めるモノもあるにゃ。そんにゃ感じで会得した能力を〈祝福スキル〉と呼ぶにゃあ』


 ふーん?

 祝福スキルとは興味深い。


 祝福スキルってどうやって獲得できるの?


『努力だにゃー。毎日がんばるにゃぁ』


 がんばるって、何を?


『うーん? たとえばにゃあ、剣をがんばるにゃあ。すると魂に〈剣神レーヴァテイン〉の気が刻まれていくにゃあ。修練度とも言えばいいのかにゃ? それを使って剣の〈祝福スキル〉を習得して、いろんにゃ剣技を覚えていくのにゃ』



 なるほど……上達したい分野でたゆまぬ努力を重ね、ポイントを貯める。そのポイントを消費して、技を習得できる〈祝福スキル〉を獲得するってわけだ。


『みゃーあかキミは、なぜか生まれたばっかりなのにたくさんの修練度がたまってるにゃぁ。しかもなんでかにゃあ……すきな〈祝福スキル〉が選択可能なんだにゃぁ。寝ているだけにゃのに……』


 なんだって!?


『みゃーこればっかりは吾輩わがはいもわかんにゃいにゃ。ずーっとどこかで頑張ってきたのかにゃ?』


 思い当たるとすれば……前世での社畜時代だ。

 大学を卒業して、たった三年間とはいえかなり疲労がたまる毎日だったとは思う。

 仕事はそれなりにやり甲斐があると思える時はあったけど、時間と自由がなかったのも確かだった。


『もしかして、その修練度とやらを消費して魔法関係の祝福スキルを獲得すれば、ボクは今すぐにでも魔法が使えるのか!』

 

 かなり喜ばしい事実に、少しだけ興奮してしまう。



『残念だけどあかきみじゃ無理だにゃ。あかきみは魔力がないにゃ』


 そ、そうか。

 まだ赤ちゃんだし、魔力がないのは当たり前だよなぁ。




 しばらく『天地の眼てんちむ』で部屋の中にいる精霊たちを観察していると、いつの間にかゴビニャの気配はなくなっていた。

 これはもしかするとキャトリンがもうすぐ帰ってくる?


 そもそも、アイツはなんで母がいるときは出てこないのだろうか。

 

 ゴビニャに関しては謎が多く、信用しきれない点がいくつもあった。しかし、だからと言ってせっかくもらったモノを活用しないという選択を取れる程、退屈に耐えられるボクではなかったのだ。


 でも、無償でこんな便利? な技能をボクに与えるなんて……タダほど怖いものはない。どうして加護ストラなんかくれたのかと問いかけても『にゃんとなく』と、のらりとかわされてしまうのだ。


 ますます怪しい。

 この世界には神々がいるらしいから、もしかしてゴビニャは邪神の類とか? でも、あの呑気さを考慮すると邪悪な存在には思えない……いや、そう思わせるためのトラップとして演技をしているだけかもしれない。


 とにかく掴みどころがないのがゴビニャだった。


 そんなゴビニャに思いを巡らせていると、室内に人が入る気配がした。

 すぐさまメイドのユナが立ち上がり、応対をしてくれている。


 誰が来たのだろうかと警戒しつつも、『天地の眼てんちむ』をやめる。赤ちゃんであるボクの目が極彩色に輝いてたら大騒ぎになってしまう。



「うわぁーほんとに目も髪も真っ黒じゃん、悪魔みたい」


 母キャトリンと同じ髪色、燃え立つような赤毛の男児が俺を覗きこみ、悪口じみた感想をぶつけてきた。

 どうやらお客人は、この子供らしい。



「おぎゃっ!」


 黒髪黒目が悪魔とか、そんな事を言ったら日本人全員が悪魔になっちゃうぞ。と、初対面の赤ちゃんボクを貶める男の子にちいさな抗議を上げておく。

 だけど彼は見た感じ、三歳か四歳の幼子だ。そんな悪口も可愛らしいと思える程には、その男の子は非常に愛苦しい顔をしていた。


「こらアルト、我らがにそんな言葉をあびせるんじゃない」


 そんな赤毛少年の発言をたしなめたのは、彼より頭一つ高い銀髪の少年だ。歳の頃は五歳かそこらだけど、妙に大人びた雰囲気で涼しい笑みをボクに向けている。これまた天界を無邪気に舞っては遊ぶ、天使を彷彿させるような顔の持ち主だった。


「でも、ルーカス兄さま……おれたちと髪も目も、色がちがうし、父さまや母さまともちがう」


 赤髪がアルト、銀髪がルーカスというのか。


「そうは言っても、良く見てみろ。瞳の形は父上に、顔の全体的な造形は母上にそっくりじゃないか」


「えー、そんなのぜんぜんわからない」


 兄の指摘に、ぶーたれるアルト。


「あはは、ボクもだ。赤子なんてみんな、こんなものさ」


「なんだよ。兄さま、てきとーなことを言ったな」


 ぷぅと頬を膨らますアルトの頭を、ルーカスが優しい手つきでなでる。


「あははッ、でもリリアもボク達と同じフローレン家の血を引く兄妹だぞ?」

「うぅ」


「からかったのは許せ」

「兄さまがそう言うなら」

 

 アルトは頭のなでなでが相当に嬉しかったのか、ご満悦な表情でルーカスを見上げていた。

 兄と弟で大変仲がよろしいようだ。



 生まれて三カ月目にして、ボクは自分の兄たちと初めて会った。

 その感想は……この兄弟、まず間違いなく将来は美青年だ。


 今はまだ美少年。

 電車でボクを突き落とした大学生たちと、重なる点なんて微塵もない。


「ばぁぶ……」


 だけどイケメン、主に父親であるリディロアの顔を見る度に吐き気を催すボクにとって、この二人の存在は憂鬱ゆううつものだった。

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