第5話 残念な子


 フローレン侯爵こうしゃく家の屋敷は広大だ。

 それは屋敷というより城に近く、隣国マスティスと所領が接している事から防衛面での配慮はぬかりない。さらにフローレン家の城を中心に、円形に広がる街並み。均整と区画整理が隅々までき届いているわけではないけども、それなりに整然としている。

 そして、それら平民の家屋をグルリと囲むようにそびえ立つ防壁。


 高く、分厚い、鉄壁の守りを誇る壁。

 有体ありていに言ってしまえば、フローレン家の住まう町は、最大級の城塞都市だった。


 代々フローレン家の者が直接統治する城塞都市は、名を『不落の城フォール・レイ』と呼ばれている。決して落城せず敵を絶望の淵に叩き落とす、という武力の象徴的な意味が込められているらしい。



 そんな町の中、ボクは父と母に連れられて、馬車で移動していた。

 どうやらリルベール貴族というのは、子供が三歳になると魔力の潜在量を計りに行くそうだ。どこで計るかと言えば、『白黒びゃっこくの魔法教会』という、魔法の教えを説く宗教組織だ。

 この宗派は、この世界の人間の間では広く信仰されている組織で、リルベールだけでなくどの国にも『白黒びゃっこくの魔法教会』は存在しているらしい。



「いいかしら、リリア。この世界は魔力が全てではないわ」


「そうだぞ、リリア。魔力が少なくても、お前は立派なフローレン家の娘。私達の愛する娘なのだから」


 ここは不安がるのが一般的な子供なのだろうか?

 妙に、母キャトリンと父リディロアが魔力量を計る前からフォローをしてくる。となると、兄たちもこの日は緊張したに違いない。母はあのように言うけど、間違いなくこの世界は魔力が全てだ。だからきっと、緊張する我が子が落ち着けるように、二人は優しい言葉をかけてくれているのだろう。


「はい、おかあさま、おとうさま」


 そんな返事をすれば、二人の目尻は一層下へ傾き、ボクを愛おしそうに見つめた。


 正直に言うと魔力検査も気にはなったけど、初めて繰り出す町並みにも俄然がぜん興味が湧いていた。本当は車窓から身を乗り出し、外の風景を楽しみたい。けれど淑女として、それはさすがにはしたない。両親の手前、外の観察は断念し、我慢しながら馬車に揺られていくのだった。





「リリア・ノイシュ・フローレン様の魔力はありません」



 厳かな聖堂内で響き渡る神父の宣告。

 その内容が何を意味するものなのか……最初、ボクはわからなかった。


 それは両親も同じだったようで、二人は首を傾げていた。

 


「もう一度、申し上げます。リリア・ノイシュ・フローレン様の魔力は、神聖なる『魔玉』の診断により、その魔力は一切ないと判明いたしました」


 魔力が全てと言われるこの世界で、まさかの魔力なし?

 その衝撃はフローレン家当主である父もビックリ仰天だっただろう。

 しかし、そこは腐っても貴族。


 リディロアは事態を理解すると、即座にその凛々しい顔をよりイケメンになるように引き締めた。そして、ボクを魔力なしと宣言した神父に静かに切り出したのだ。



「神父長殿、どうやら我が娘の魔力量は桁違い・・・のようだな?」



「は?」



 事実とは正反対のことを突拍子もなく言い出したリディロアに対し、神父は無礼にも言葉を返せずにいた。



「もう一度言おう。我が娘の魔力量は凄まじく、暴走する危険性があるようだな?」



 父の言わんとすることはつまり……フローレン家が治めるこの地で、フローレン家の言う事は全て正しい。権力の笠を最大限にきせ、事実を捻じ曲げるように圧力をかけたのだ。


「し、しかしっこれは神聖なるっ」


 言い募る神父に対し、リディロアは納期を何としても間に合わせろと脅しにかかる、会社の部長と同じたぐいの笑みを浮かべる。


「この地の神父長は死んだ、それでいいのだな?」


 驚くほど冷たい声音が聖堂内に走った。

 その途端、神父長はガタガタと身体を震わし、頭を地面にこすりつけるように礼をした。


「め、滅相もございません……リリア・ノイシュ・フローレン様は莫大な魔力の持ち主でございます」


 そんな神父さんが少し、不憫に思えた。

 だけど、ボクも人の事を心配している場合じゃなかった。

 


 魔力がない……ということは魔法が使えない?

 その事実に、落胆の色は隠せない……。



「あぁ、私とした事が肝心な事を言い忘れていた」


 父は帰り際、神父ににっこりと微笑んでこう言った。


「貴殿は我がフローレン家の大事な友人・・だ。くれぐれも、今日起きた事は内密にするほうが賢い選択かと、友として助言しておこう」


 不正をしたのはお前も同じ。

 バラしたらどうなるかわかっているなと、脅しをかけたのだ。

 そして同時に、その見返りで友としての援助は惜しまない、と告げたのだ。


 まさにムチとアメを使いこなす、リディロアは生粋の貴族だった。





 結局、ボクに魔力がないという事実を知らされたのは家族だけだった。

 長兄であるルーカスと次兄のアルトにも、両親が厳重に他言しない事を誓わせ、教えていた。

 


「リリア。いいんだよ、リリアの事は僕達家族が守るから」


 不安が募らないようにと、ルーカスは優しく言ってくれる。


「その、今までごめんな。おまえがそんなにダメな奴だなんて思ってなくて……フローレン家は、俺達が頑張るからな!」


 アルトは傷つけに来たのか、慰めにきたのかわからない発言だったけど、きっと彼なりに妹を安心させようとしたのだろう。



 ボクの魔力がないと知っても、家族の態度が変わる事はなかった。


 貴族にとって、魔力とは権威そのもの。とくに我が家、フローレン侯爵家は成り上がりと揶揄されている。魔力でのし上がった筆頭株で、その一族に魔力なしの子供が出たとなれば、それだけで婚姻を結ぶ際に立場が弱くなる。それどころか、フローレン家全体の血すらも見下される可能性がある。あの家と婚姻すると魔力が失われる。魔力なしが生まれるのではないだろうか、と。敵味方が入り乱れる貴族社会において、婚姻関係を結び同盟を組めないというのは痛手だ。


 ボクを病死という事にして殺し、一家に『魔力なし』が生まれた事実を隠蔽いんぺいする、という手段も取れるはずだったのに。そうしなかった家族には感謝していた。



 本で調べた結果、魔力は鍛錬を積めば、ある程度は成長させる事ができるらしい。もちろん限界値はあるのだけど。そこで問題なのが、無から有を生み出せるか、つまり0から1を、全く魔力のないボクでも鍛錬すれば魔力が身に着くかと言えば……それはありえないそうだ。


 つまり、本当に魔法の使えないダメな子がボクなのである。




 そんな事実が判明して、変わった事といえば二つ。

 まず一つ目は手袋を付ける事。

 それは魔力制御を施すための特注製で、いついかなる時もその手袋を付けることが義務付けられた。というのも、魔法に長けた人物ならある程度、他人の魔力を感じ取れるらしい。父や母も同じようで、実は前からボクの魔力が少ないことに気付いていたそうだ。

 まさか魔力なしだとは思っていなかったらしいけど。


 とにかく、この手袋があれば、万一誰かに見られても『魔力暴走する危険があるので、この手袋で魔力を抑えています』と言い訳がつけるとのこと。



 そして、もう一つ。


 ボク専用の館が建造された。

 庭園の真ん中に。


 おしゃれな茶色のレンガを積み上げ、それはそれは花咲く庭園にお似合いの三階建てだ。

ちいさな薔薇の館リトル・ガーデン』と名付けられたそこで、ボクは生活することを義務付けられた。


 何不自由はしなかった。

 本は頼めば好きなだけ読めるし、身の周りは全てメイドのユナがやってくれる。ご飯も美味しいし、ボクに会うためなのか、わざわざ家族そろってこの建物で会食する事もしばしば。


「勉強、貴族の教養、どれも楽勝だ……」


 中身は25歳なわけで現代知識もあれば、家庭教師から教わるものはレベルが低かった。そんな生活は会社に勤めていた頃と比べ、圧倒的にまったりとゆるやかなモノで、少しだけ暇を弄び気味な毎日を堪能していると、


『ひまにゃら、にゃにか〈祝福スキル〉でも取って練習でもするにゃー』


 ある日ゴビニャからそんな助言を受ける。なのでボクは精霊と会話できる〈祝福スキル〉を取得した。修練度とやらは大量にたまっていたので。



 この『精霊語りカタリナ』という〈祝福スキル〉は存外に楽しかった。というのも、精霊は様々なお話を聞かせてくれたからだ。



 窓からよく遊びにくる『風精霊ウィント』達からは、空を飛ぶときの爽快感と解放感、風のささやきを。

 建物に住みつき、小さな埃を食べてくれる『おそうじ精霊リーンキーパー』達からは、掃除のコツなど。

 お日様が強い日にフワフワと浮かんでは現れる綿毛の『幸運の精霊フォーチュン』からは、確率と運命について語り合ったりもした。



 これらはすべて、精霊を見通す『天地の眼てんちむ』あっての可能なコミュニケーションだった。



 ちなみに魔眼に関することが記された書物は、広いフローレン家の蔵書庫でも見当たらなかった。精霊については古い文献でいくつか見たけど、どれも壮大な物語調で、ボクの周りにいる精霊たちとは似て非なるもの。ただでさえ、魔力なしという異常性があるのに、これ以上自分に何か問題があると家族に思われたくなかった。魔眼や精霊が、この世界でどういった立ち位置にあるのか、人間的にそれは受け入れられるものなのか、それとも拒絶される事柄なのか。はっきりとしたスタンスがわかるまで、自分の能力については秘密にした方がよいと思った。





 そうして何年も時が過ぎ――






 ん、待って。


 これってもしかして、監禁かんきんじゃないか?



 と、気付いたのは七歳と二カ月になった今だった。




「…………」


 うん、仕方ないとは思う。

 ボクは魔力なしで、一族の恥だしな。



 でもだからといって、我ながら家族に甘え、呑気すぎた気がしないでもない。

 居心地のいい環境にすっかり楽を覚え、ニート令嬢ライフを満喫していたと責められても仕方ない体たらくさ。いや、しっかりと父が雇っている家庭教師から、礼儀作法や歴史の勉強、算術などを習ってはいるものの、一日の半分以上はぐーたらしている。


 はぁー……ニート最高だな。


「…………」


 とはいえ、このヒキコモリ生活に飽きている自分がいなくもない。

 急に押し黙ったボクを、傍にいる精霊たちが『どしたのー?』と怪訝そうに問いかけてくる。

 

 この四年間でだいぶ、精霊たちと打ち解けられたのだ。

 

 心配してくれる精霊たちに『大丈夫』と笑顔をふりまいておく。

 しかし、ボクの内心にはとある思いつき広がっていた。


 それは、城の敷地内なら少しぐらい出歩いても問題ない、という内容だった。ボクの部屋は二階にあり、その扉の外では今もメイドのユナが立っているはず。そして彼女は多分、ボクを部屋からあまり出すなと厳命されている。


 となれば、取れる選択は一つ。

 瀟洒なデザインが施された、白い縁取りの窓をそっと開ける。


 そして静かに、語りかける。


めくるめくるルルー風のひと紡ぎアルル地へとエルー降り立つエレルーンやわらかなリララ・優しさよリーン♪」


 窓から顔を覗かせた羽の生えた小人、風精霊ウィントたちの視線がボクに注目していく。


お願いリラ


 すると彼らは了承したと言わんばかりに、コクコクと何回も頷く。

 そんな彼らに『ありがとう』とお礼を言う代わりに、笑顔で一礼。


 やった。

 うまくいったぞ。


 歓喜と興奮がないまぜになった内心をなんとか落ち着かせ、ボクはフリフリがたくさんついたスカートの裾をたくしあげる。

 精霊たちと目で合図を取りながら、直感的に『よし行ける!』と思った瞬間に窓からダイブした。



「うひょっ!」


 正直に言うと、かなり不安だった。

 足が地についてない感覚、突然支えを失った浮遊感は飛んでから『しまった!』と後悔するぐらいには怖い。


 しかし、その急速な降下もボクの周りを飛ぶ風精霊ウィントたちのおかげか、ゆるりゆるりと舞い降りる速度まで落ちていく。



「おぉぉ……」


 感動ものだった。

 これが、空を飛ぶって感覚なのか。

 いや、落ちているから飛んではいないけども、この不思議な浮遊感は癖になりそうだな。


 そうして、ゆっくりと足から庭園の地面へと着地する。


「ふぅ……案外、簡単だった」


 と一人、感想をもらす。




「な、なにしてる!?」



 しかし、どうやらこの場にいる人間はボク一人ではなかったようだ。

 

 突然、背後から声がかかったのだ。

 気付いた時には、既に遅かった。

 精霊たちの起こす現象に感激していたあまり、周囲への注意を怠っていたのだ。


 慌てて振り向けば、ボクと同い年ぐらいの少年がいた。

 兄たちでないことにホッとしつつも、どうしようかと悩む。



「人が降ってきた……て、天使?」



 緑宝石エメラルド色の髪の毛意外は、至って地味な、平凡な顔つきの少年が驚きながらこちらを見つめていた。


 はぁ、めんどうだな……。


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