動くことの叶わぬ艦

七条ミル

動くことの叶わぬ艦

「井原艦長ッ!もう持ちません!そこの惑星に降りましょう!」

航海班長である宮元英俊が艦内中に響きそうな声で叫んだ。

「やむをえまい、降ろせ。」

井原は静かにそう宣言した。

 艦はゆっくりと降下し、まだどの国の色にも染まっていない惑星の海に降り立った。


 井原が乗っている艦は、軽巡洋艦「仁淀によど」、かつて地球で四国と呼ばれていた場所にある川の名前からとられたものである。

 尤も、今の地球にかつての面影は一切なく、日本と呼ばれた国も今は存在していない。そもそも、今の時代、惑星単位での国家である。単に地球として扱われることが多い。

 昔地球のアニメでよく聞いた「宇宙戦艦」というものも既に実在しており、大和も既に運用についている。しかし、大日本帝国海軍の戦艦大和とは違い、特攻のための戦艦ではない。

 仁淀は三連装砲を三つ、前二つに後一つ積んでおり、副砲として二連装砲を備えた、軽巡洋艦としては中々大きな艦である。

 戦闘班長は小池信吾、航海班長は宮元英俊が務めている。


「艦長、なんとか修理が終了しました。今からワープを多用すれば前線に戻ることも可能ですが。」

宮元は艦長にそう告げた。しかし、井原はそれを一蹴し、

「その前にこの惑星についてすこし気になる点がある。」

「気になる点、ですか。」

井原は少し考えてから、こういった。

「誰か、この惑星の名前を分かるものはいるか?」

 長い沈黙のあと、ようやく小池が口を開いた。

「情報はありません。政府からも、この惑星についての情報は一切もたらされていませんでした。しかし、にあるのですから、おそらく昔から発見されていただろうと思われます。」

「だが小池、それだったらなんで俺らに情報がわたってこねぇんだ?」

宮元が挑発するような口調で問うと、井原がそれに答えた。

「おそらく、政府に不都合なことがこの惑星にはある。政府につく人間としてはすぐに発艦すべきだろうが、ちょっと興味がある。」

井原はにやりと笑うとマイクを持ち上げ、

「総員持ち場につけ、発艦する。」

そう艦内放送で呼びかけた。

「艦長、飛びますか、それとも、海を移動しますか。」

「しばらくは燃料を抑えたほうがよかろう、海を移動する。」

「はっ。」


 暫く海を進んでいると、雨が降り始めた。

「雨、か。地上に住んでいると降らないでほしいものだが、こうやってたまの地上でみる天候の変化というのはいいものじゃないか。」

井原がそう言ったのを皮切りに、他の乗組員たちもそれぞれそういった話題で話を膨らませていった。

たちばな、この星の待機と雨の質を報告しろ。」

 橘は仁淀の通信班長である。女性ながら男性をまさる働きをみせ、かつ井原が男女における無駄な区別を好まないため、働きによって班長を決めるたちであるため、通信班長に抜擢されたのである。

「大気は地球とほぼ変わりません。雨は、弱酸性です。この程度なら外に出ても問題ないでしょうね。」

井原の意図を汲み取った橘は少し余計な情報を加えたが、井原は黙ってうなずいた。

「とりあえず一番近い大陸に着ける、橘、調べて宮元に送れ。」

「はっ。」


「艦長、あと約10分で大陸に到着する予定です。」

宮元はそう言って自動航行装置を切り、手動操舵に切り替えた。

「大陸に敵艦の反応はありません。ですが、かすかに地球艦の反応があります。そうとう昔のものですね……。」

橘の報告によれば、大陸には大昔、それこそ全盛期の宇宙戦艦が放置されているという。反応があるということはコンピューターは生きており、まだ人間の生きている可能性も否めない。

「人間の生存反応は確認できるか?」

「今のところ、反応はありません。」


 仁淀を丁度よいところにあったご都合主義な港に着け、井原、小池、宮元、橘の四人で武装をして外にでる。

「わあ、本当に地球みたい。」

橘が感嘆するなか、井原は静かに腰を下ろし、足元にあった植物を見つめていた。

「艦長、どうされたんですか?」

「いや、この植物、どこかでみたことあるなと思ったんだが。」

橘は植物を覗き込むと驚いた表情を見せ、

「これ、じゃないですか?」

「ああ、こら確かにユリだな。でもどうしてこんなところに。」

「誰かが植えたんじゃないでしょうか。この種のユリは自然には発生しないはずですが。」

橘はそう言った。

「ということは、少なくとも一人以上、人間がいたってことだな。」

「そういうことになりますね。」

 小池は森を抜けた先にあるであろう砂漠の方向を見ている。

「どうした小池、何か見つけたか?」

「いえ、艦長、確か反応は大陸の少しいったところでしたよね。ということは、そこの砂漠がそれに該当するのではないでしょうか。」

「可能性は高い。距離も距離だ、仁淀で行く。」

そう言って井原は仁淀に戻っていった。

 残された三人はユリを眺めていた。

 今の時代、酸素の供給も機械によるものに変わっている。植物という植物はおおかた根絶やしにされ、本物の植物を見ることなど、とうてい叶わないのである。

 しばらく眺めたあと、三人は名残惜しそうにその場を立ち去り、仁淀を発艦させたのであった。


 念のために、と戦闘配備で発艦し、砂漠の上空を飛ぶのであった。

「艦長、前方2キロの位置に例の艦と思しき反応が、強くなりました。」

「小池、いつでも撃てるようにしておけ。」

「了解。」

「橘、その艦をモニターに写せるか?」

「可能です。今、出ます。」

 モニターに映し出された艦は、錆び、真ん中で折れていた。かろうじて見える艦の装甲は水色で、かつての地球艦であることをうかがわせる。

 今の地球艦隊は大昔の、それこそ第二次世界大戦や太平洋戦争の頃のデザインを模したものになっているが、一昔前は昭和、平成で言うところの近未来チックなデザインであった。その頃のデザインで、大きさ的に言えば戦艦に部類されるものであろう。

「よし、さっきの三人、あの艦を調査しにいくぞ。副班長たちは交代しろ。」

 そして四人は仁淀を後にし、その戦艦の近くまでやってきた。

「誰だ貴様ら!」

戦艦から拡声器と思われる音声が聞こえてくる。

「お前ら、銃はいつでも撃てる状態にしておけ。」

井原は小声でそう指示すると、

「地球軍軽巡洋艦仁淀艦長、井原だ。こちらが名乗ったのだから、そちらにも名乗ってもらおう。」

そう叫んだ。

「私か。私は、古舘だ。、日本人の末裔だろう。いや、そこに居るのはみんな日本人の末裔なのだろう。まあ、中にはいりたまえ。」

古舘がそう言うと同時に、錆びの回っていない艦の下部のハッチが開いた。

「艦長、どうしますか。」

「乗るしか、あるまい。行くぞ。」

 そんなやり取りし、一抹の不安を覚えながらも四人は艦に乗り込んでいった。


 暗い艦の廊下を進むと、艦橋に通ずるエレベーターが稼動しており、その扉が開いていた。

「エレベーターに乗ってくれたまえ。」

 エレベーターに乗ると扉は自動で閉まり、勝手に登っていく。艦橋に到着すると、扉が勝手に開いた。

「ようこそ、我がへ。」

艦長席に座った一人の老人が声をあげた。メインシステムは生きているらしく、計器類もところどころ動いている。

「まず一つ、質問をさせてくれ。この惑星は、なんなんだ?」

井原が口を開いた。

「ここか。ここは、。」

「ば、バカいうんじゃねぇ!だって、俺らは地球から仁淀に乗ってきたんだぞ!?」

宮元がそう叫ぶと、静かに老人、つまり古舘が腰を上げ、メインパネルに惑星の図を映し出した。

「これがお前らが地球と呼び、住んでいた惑星だ。で、こっちがこの惑星だ。」

二つの惑星は瓜二つだった。ただ、大陸の形が多少異なっていた。

「この大陸は、お前らが『ユーラシア』と呼んでいる大陸だ。あの大陸は、この大陸をもとに未来はこんな感じになるだろうと勝手に連想してできたものよ。」

仁淀に乗る三人は絶句していた。

 今まで地球だと、故郷だと信じていたものをあっさり故郷でない、コピーだといわれたのだ。

「じゃあ、あの惑星はコピーだってのか?」

小池がそう聞いた。これに答えたのは井原だった。

「この際だからお前らには伝えておこうと思う。この惑星が地球であることは事実だ。私もここにくるまで確証は得られなかったがな。私たちが地球と呼んでいるあの惑星は、人間が完全にコピ-し、上手いこと偽装したものだ。」

「艦長、で、でもなんでそんなこと…。」

橘の質問に答えたのは古舘だった。

「人間はこの惑星にゴミを捨てすぎた。この艦は、ゴミとして扱われたのさ。」

長い沈黙の末、井原はこう言った。

「私はこの地球に時々降りることにしようと思う。お前ら、それでいいか。」

「「構いません。」」

「そうか、お前らは、この老いぼれの話を信じてくれるか。はっ、他の艦の奴らとは出来が違う。ヴァーユも、昔はそういう、が乗っていたのだがな……。」

井原は帰ることを伝え、エレベーターに乗る間際、こう言った。

「我々の仁淀は、そのの艦を目指そうじゃないか。仁淀の通信コードは、××××-×××××だ。この艦のコードを教えてもらえるか?」

「××-×××、だったはずだ。」

「そうか。それでは、敬礼。」

井原はそういって敬礼をしてエレベーターに乗り込んだ。

「いつか、このヴァーユ、そして古舘のようになりたいものだな。」

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