3.ある彫刻家のアトリエにて
マルユスとは画塾に通っていた頃からの付き合いだ。奴は一言で云えば秀才さ。自分で自分を痛めつけているように見えるほどの努力をしていた。思う通りに実を結ばない時もあることは、奴が誰より分かっていただろう。それでも奴は手を緩めることを知らなかった。いや、知ることができなかった。そういう真面目な奴だったのさ。
奴はまた、俺の知り合いのなかでも指折りの温和な男だった。自分のせいで波風が立つことを嫌った。そして、臆病に見えるほどに、どんな小さなことであれ、他人との争いを好まなかった。
そのマルユスが、躍起になって熱意をつぎ込んでも、ついに勝てなかった男がいた。それがベネロだ。少し前、肺を悪くして死んだがな。奴とは美術学校からの付き合いだった。マルユスと三人、同じ学校さ……まあそれはいい。奴には何か得体の知れないところがあった。口数が少なく、何を考えているか分からない。それに、人の輪の中にいるのを嫌っているようにも見えた。奴の持つあれこそ、天賦の才と呼ばれるべきものだった。どんなモチーフをどんな技法で描いても、奴の右に出るものはいなかった。俺を含め、ほとんどの奴らは対抗することを最初から諦めていた。もちろん負けず嫌いもいたさ。だが、どれだけ追いつこうとしても無理だと分かって、皆次々と勝負を放り出していった。マルユスを除いてな。
何よりベネロの絵には、具体的にどうとは云えない恐ろしさがただよっていた。昼間の明るい風景でも美しい娘の肖像でも、奴が描くと、キャンバスに魔力のような黒い影が落ちているように感じるのさ。それもあってか、「奴は悪魔に魂を売って画才を手に入れた」と噂する連中もいた。
だからさ。俺はその悪魔という奴がマルユスを殺したと思っている。いや、確信している! そうだ。全ては悪魔の思惑どおりだったのさ。ベネロに恐ろしい画才を与え、マルユスに闘争心を起こさせた。しかしベネロが死んだから、標的をマルユスひとりに定めた。そして奴に嫉妬と焦燥を植えつけて掻き乱した挙げ句、最後はナイフで一突きさ……ちょうど、赤ん坊が遊び飽きた玩具を投げ捨てるように!
どうだ、いかにも悪魔の好む筋書きだと思わないか? 暗闇のどこかで、まだ飽き足らぬ悪魔が、次の獲物を探して目をぎらぎらさせていると思わないか――ははっ、あっはははははっ――!!
終
La Mort 藤枝志野 @shino_fjed
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