第4話 彼女が密室を見つけたら

 ――a locked room.


 生徒会役員であり三年生である先輩の甘木璃湖が亡くなっていたのは、ミステリーでいうところの所謂密室だった。出入り口となる廊下側の引き戸は、その隙間をセメントで固められ、他に考えられる出口となる窓も、きちんと施錠されていた。それにも関わらず、璃湖は、不自然に用意された長机の上に仰向けに置かれ、包丁で胸を刺されていたのだ。


 もちろん、窓に関しては、外から中に入って締めれば良い。ただ肝心の部屋が校舎四階にあるため、壁でもよじ登れるような腕力を持たない限り、または屋上から何かロープのようなものでも吊るさない限りは、外から進入することは出来なかっただろう。仮にそれが出来たとしても、今度は廊下側の扉をセメントで固めた後、再び窓を施錠して外に出ることが不可能なのである――というのが、だ。


 


 それ自体には、ひよりは興味がわかなかったし、動機も正直どうでも良かった。ただ唯一の気がかりだったのは、今回の事件によって、舜が悪い方向に影響を受けたり、うっかり昔の事件を思い出してしまうことだ。


 ――守らなければ。


 そう、彼を守ることが出来るのは、ひよりしかいない。そう自分に言い聞かせると、ひよりは敵が誰なのかを見定めようと思った。


 警察官による事情聴取が終わり、校門で関係者数人が集まっている。その中にはもちろん舜もいる。彼に視線を移すと、少し長い髪を垂らし、沈んだように俯いていた。過去のトラウマ故だろう。璃湖を助けられなかったことに、妙に責任を感じていたようだった。別に彼のせいではないのだけれど。


 汐莉と白石ゆゆの迎えの車が来た後、舜は生徒会長の山代美里亜と共に、事件の考察を始めていた。答えを出すために確認することはと限られているのに、二人して何を妄想をしているのだろう。ひよりは呆気にとられていた。


 警察官が去った後に、を記憶すること。そして、外部からの進入経路の可能性がある屋上での、ロープやワイヤーなどの繊維や傷の確認。逆にこれらを実行しなければ、真実には辿りつけないだろうとひよりは思う。


「ねえ、何を考えてるの? 急に黙り込んで」


 難しい顔をしている舜に、美里亜がたまらず声をかけようとする。


「もし、甘木先輩が自殺でなかったら、それこそ大変だなって」


 ――自殺?


 それはないとひよりは思う。刺さっていた包丁の角度を見れば明らかだ。


「警察は自殺にしたがってたよね。何だか他殺だと都合が悪いみたい」


 これだけの事件が起こった野に、未だ報道陣の一人さえ来ていないのは、確かに変だなとひよりは感じた。


「僕には入り口のドアをセメントで固める意味がわからない。普通に鍵をかけただけじゃ駄目な理由がわかりません」


「そうね。自殺にしても、他殺にしても、そこまで手間をかける必要性が感じられない。どちらにしても、事を済ませたら早く終わらせるのが最善のはずなのよ」


 このままでは、二人の思考は堂々巡りだろう。そして事件に隠された根っこを探し出さなければ、舜さえ巻き込まれ、危険な目に遭う可能性もある。


 ――それだけ防がなければ。


 ひよりが思いついたのは、彼を怖がらせる方法だった。そのためには自分がピエロになることもひよりは厭わない。だから、二人を見ながら、少し大袈裟とも言えるほどに、可笑しそうに笑ったのだった。


「そんなの決まってるじゃないですか。遺体の発見を遅らせるためか、もしくは――」


 そう、もしくは。


、ですよ?」


 狂気を顔にまとい、笑みを絶やさずに二人を見る。案の定、舜も美里亜も表情を曇らせていた。


「見せる? 一体何のために? 誰に見せる必要がある? そんなことをする意味が一体誰にあるっていうんだ?」


 舜は怒っているようだった。でも、これは仕方のないこと。彼が少しでも現実を認識してくれるのなら、ひよりはそれで良かった。


 ――そう。


 今起こっているのは、現実の殺人事件なのだから。


「えへっ、それを考えるのがリーダーの役割じゃないですか、天田さん」


「ちげえよ!」


 反発する彼の顔に浮かんでいたのは、軽蔑の視線だった。


 ――嫌だなあ。


 舜に嫌われることになることが。彼にもしかしたらとして見られることが。


 ――でも。


 舜を事件から遠ざけられるために、これは必要なことなのだと、ひよりは自分に言い聞かせた。


 やがて、舜のクラスの担任である藤堂先生と、あの学年主任の北野弓那がやってきた。警察の取り調べで疲れたみんなを労うように、優しく声をかけている。弓那と一瞬目が合うが、ひよりは知らぬふりをする。彼女が言いたいことは、想像がついた。


 去り際に弓那が、舜の耳元で何かを囁く。そして彼女の視線はひよりをじっと捉え、その潤った口元を緩め、不気味に笑ったのだった。


 ひよりは不思議と鞄を持つ手が震える。彼女の胸は焼けるように痛み始め、息が止まりそうになる。そしてそれは毒が徐々に身体を回るように、ゆっくりとひよりの心を蝕んでいった。

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シークレット・ブロッサム(裏) lablabo @lablabo

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