第3話 だからその時、私を偽ったのですよ?
集合場所となった第二演習室は普段は滅多に仕様しない部屋だ。だからひよりは、いくつも並ぶ白いプレートを見上げながら、確認するように歩いた。
中では既に
「ひっ、ひよりちゃんもなのですね、良かったー。二人きりだったらどうしようかと思ってましたよー」
彼女があまり残念そうに見えないのが、ひよりにも見てとれた。中学時代から天田舜に好意を寄せていた汐莉にとって、今回のパトロール部隊への参加は、心が躍るものだっただろう。だとすると、汐莉を誘った人物は一体誰なのかがひよりは気になる。
ひよりが彼女の隣の席につくと、汐莉は言葉をため込んでいたかのように、どんどん話を振ってくれる。会話の話題そのものさえ億劫に感じるひよりにとって、一方的な会話は楽で助かると思った。しかし、緊張も見える。もうすぐ到着する彼へ、気を紛らわせようとしているのだろう。
しばらくすると、舜が入ってきた。彼は二人を一瞥すると、すぐに後ろの席へと腰掛ける。汐莉が慌てたように前髪を整え、彼を振り返っては、またすぐに正面を向く。その度に揺れるポニーテールが、ひよりには可愛らしく見えた。
「あれ、舜君もなんですね……えっと……よろしくです」
猫みたいな真ん丸お目目で、心配そうに眉をハの字にしている。さっきまでのマシンガントークはどこへやらである。舜が思い出せない様子だったので、ひよりは彼の記憶を辿るお手伝いをした。
「彼女は
「ああ、あの阿孫さんか」
小膝を打つように、すっきりとした顔をする舜。それを聞いてか、汐莉がまた身を乗り出すように後ろ振り向いた。
「そ、そ、そうなのです。お久しぶりです、舜君。あなたに会えない間に、私、こんなにも成長したんですよー? だからもう汐莉って呼んで下さいね? ねねっ?」
汐莉はかなり上機嫌な様子で、浮かれたようにひよりに抱きついていた。舜の視線を追うと、汐莉の豊かな胸に釘付けになっていた。やはり大きいのが彼もお好みらしい。ひよりは下を向いては、靴先まで見える自分の体型を思い出し、軽く溜め息をついた。そしてそのまま消沈するように再び、机に顔を伏せる。
「それで、そこで顔を埋めている物知りなあなたは一体誰なんだい?」
――ドクン。
名前を聞かれた。
――大丈夫。
彼はもう昔の天田舜ではない。それなら、ひよりなりに強がって、彼をからかってみようと思った。
「もしかして、新しいナンパの方法か何かでしょうか? 天田舜さん。それに、私に彼氏がいないように見えたってことですよね?」
「いや、ナンパとかそんなんじゃないし。てか、い、いるのか、君には彼氏が。何かごめん……」
舜はばつが悪そうに、軽く頭を下げる。昔の彼なら、「気になるとは、そのものに興味がある証明であると言ったのは、君じゃないか」とか即座に反論してくれただろうに、今の彼にはそれを望むことは出来ないようだ。罪悪感が一気にひよりの胸に押し寄せてきた。
「なーんて」
――ん?
「ふふっ、実は彼氏なんて一人もいないのですよ。だから、天田舜さん、今がチャンスですよ? えへへへっ」
寂しさを紛らわせるように、ひよりは明るく笑みを溢す。不自然な嘘に、どちらかが勘づいたかもしれない。しかし、ひよりのおふざけに乗るように、汐莉が抱きついてきてくれた。
「ちょっとー、ひよりちゃん。抜け駆けは狡いよー。私だって、ずっとフリーなんだからね? ねねっ?」
――助かった。
「えへ、抜け駆けじゃないけど、彼の驚いた顔、可笑しいでしょ? 何か可愛いよね」
――だから。
そのままドラマやアニメに出てくるようなミーハーな女の子を、ひよりは演じたのだ。
「はい、舜君のこういう顔も、私、嫌いじゃないですよー」
そうして、ひよりは自らの感情を隠したのだった。
「男の人って本当可愛いよね、へへっ」
二人して可笑しそうにキャッキャ言うだけで、舜の表情は、気圧されている。
――いいんだこれで。
ひよりの知る天田舜は、もうこの世にはいないのだから。
戸惑いながらも、やがては落ち着きを取り戻したかのように、舜はその長い黒髪をかき上げ、再び疑問を口にする。
「それで、そろそろ君の名前を教えて欲しいな。一応、僕がこのパトロール部隊のリーダーだからさ」
ひよりは今度は迷わず、口許を緩めながら彼の問いに答えた。
「はいです。私は二年生の三島ひよりです。初めまして、天田舜さん」
――違うのに。
「ああ、よろしく」
――初めてなんかじゃないのに。
ひよりは思い出さない彼を恨むことなく、ただ自らの弱い心を叱責するのだった。
――キャアアアアアッッ!!
そして、あの耳をつんざくような女性の悲鳴と共に、ひよりたちは、甘木璃湖が密室で殺害されているのを目撃したのだった。
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