第2話 舞台の裏で
三島ひよりが最初にあの事件に関わることになったのは、ラビエル学園二年の学年主任である
その頃、県内では女子生徒による連続集団自殺が問題になっており、その影響からか、ついには当学園でも自殺者が出たとのこと。それにより学園の運営側としても、何の対策もしないわけにはいかなくなり、緊急で対策に乗り出したそうだ。
弓那は相変わらず真っ白なスーツスカートに身を包み、黒髪を小奇麗に後ろで束ねている。赤いパンプスがその強い個性を自己主張しているかのようで、白づくめの服装と相まって、彼女自身を際立たせていた。
「それに関してなのですが、私は適任ではありません。ご存知だと思いますが、私は人付き合いが苦手なのですよ、北野先生」
謙遜しているわけではない。実際、幼い頃より化け物と虐げられてきたひよりには、人と話すことも、ましてや人の心に踏み入ることも決して得意とは言えなかったのだ。残念そうな顔を見せるかと思いきや、弓那が見せたのは、意外にも嬉しそうな表情だった。
「あら、そうかしら? 今回のことに関しては、あなた以上の適任者はいないと思うのだけれど」
理由に心当たりがない。それはつまり弓那が持っている情報が、ひよりにはないということである。
「私は、私が最適と思われる人間関係を知りません。ですから他の方をあたられたほうがよろしいと思いますよ、北野先生」
「ふふふ、でも私は知っているわ」
――人間関係……。
まさか、それだけはないはずだ。だって、彼はひよりのことを、とうに忘れてしまっているのだから。
「リーダーには、天田舜君を指名するように、生徒会長の山代さんに言ってあるわ」
血がざわめく。冷えきっていた感情が、身体の隅々の血液が、たぎるように熱くなっていく。
「ねえ、三島さん。あなたの事情は、私が一番理解しているつもりよ。私はね、あなたに自殺者を止めるために、パトロールをお願いするんじゃないの。あの天田君を守るために、パトロール部隊に入って欲しいのよ?」
――卑怯。
弓那は、ひよりが彼をどう思っているかを知っているのだ。そして彼に一体何を望んでいるのかも。
――でも。
「あなたにとっても、私にとっても、それは価値があり、利益があることだわ」
それでも、彼の言葉を、側で聞くことが出来るのならば、それはひよりにとっての、唯一の生きる希望であった。
「わかりました。ですが、北野先生。その時が来るまでは、絶対に彼に全てを話さないで下さいね。今の彼は、もう化け物ではなく、ただの人なのですから」
ひよりの言葉におかしそうに口元に手をあてる弓那。
「彼が彼を思い出すのが辛い? それともあなたは彼に自分を思い出されるのが辛いのかしらね、ふふふ」
北野弓那は、ひよりの全てを知っている。それと同じように天田舜のことも知っている。だからこそ、彼女は二人を同じ学校に通わせるように仕組んだのだ。
――私たちのため?
いや、彼女はそんな人間ではない。彼女は目的のためには、手段を選ばない人間だ。彼女の本当の目的のために、我が子の命を奪った本当の犯人が誰なのかを知るために、身体どころか、悪魔に魂さえ売るだろう。北野弓那とはそういう人間だった。
――でも、信用出来る。
だから、ひよりは彼女の誘いに乗ったのだ。思えば、そう……。この時から、ひよりは何か胸騒ぎがしていた。第二演習室に向けて、廊下を歩く靴音が、妙に耳触りで、ひよりの胸は徐々に苦しくなっていった。
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