シークレット・ブロッサム(裏)

lablabo

第1話 化け物と化け物


 その小さな背中で、今日も彼女が浴びる言葉はそれだった。質問が出れば、それに答える。答えが出れば、別の解も提示する。その繰り返しが、いつしか三島みしまひよりを化け物に仕立てあげたのだろう。彼らや彼女らが、まだ幼いひよりの一体何に畏怖を覚えたのかはわからない。ただ小学生だった彼らも、教諭だった彼女らも、そう言わなければ、自らを守ることも、現実を受け入れることも出来なかったのだとひよりは思う。


 ひよりにとって、彼らの声や視線は、まるで真冬のコンクリートの上を裸足で歩くように冷たいもので、まだ小二のひよりがそれに対抗しかつ抵抗する手段は、ただ無感情になり、無抵抗になることだった。それがひよりが覚えた自己防衛の方法。奇しくもフロイトの定義した抑圧の枠内に彼女も定義されてしまったのだ。


 ――人間か化け物か。


 ひよりは化け物なのだろうか。それともまだ人の心を持っているのだろうか。


 ――わからない。


 だから、ひよりは同じように化け物と呼ばれた人間に会いに来たのかもしれない。


「あなたに会えば、私が何者であるのかわかると思ったのですよ、天田あまださん」


 大学の研究室で、天田と呼ばれた彼は、幼いながらも白衣を着て、いくつも並ぶディスプレイに忙しそうに目を動かしていた。小学生の男子にしては長く潤いに満ちた黒髪。切れ長の目にかかった前髪から見える瞳は、ひよりを今確かに捉えていた。


「君が何者なのかは僕にはわからない。だけれど、君が化け物なんかではなく、パッツン前髪にサイドテールが良く似合う可愛らしい女の子だということはわかる。多少寄り目ではあるけれど、それも含めて君は稀有な存在だと僕は思うよ」


 ――可愛らしい?


 天田舜あまだしゅんの言葉に、思わず頬を紅潮させてしまうひより。化け物と言われることはあっても、その容姿を褒められたことなど、今までなかったから。


「証明……出来ますか?」


 何も持たないひよりには、他人に認められることこそが、唯一の答えだった。


「僕が君を可愛らしいと言うことは容易で、君にとっての証明にはならないだろう。だから、こういうのはどうかな?」


 椅子を回転させ、その場に立ち上がる舜。その目はゆっくりと細められ、ひよりの目の奥底まで覗きこんでいた。


「もし、僕が大人になれたのなら、君を迎えに行こう。そして君は僕の隣で僕の奇行を可笑しそうに笑うんだ」


 ――殺される?


 疑問が浮かぶが、ひよりはすぐにその意味を理解する。そしてその上で彼は、ひよりを迎えにいくと言ってのけたのだ。


「変態さんですね。そんな言葉、小学生は使いませんよ?」


「ははっ、気づいてしまったか」


「気づくということは、そのものに興味があるという証明ですよ、天田さん」


 ひよりの言葉に目を輝かせる舜。知らないことが彼にもあるということにひよりは嬉々となり、堪らない気持ちになった。


「誰の証明だ?」


Hiyoriヒヨリ Mishimaミシマ


 舜は唖然としながらも、やがては可笑しそうに破顔してくれる。一つ一つのやりとりが、二人の距離を一気に縮めてくれる。


「何だそれは。君の方こそ変態じゃないか」


「エヘヘ、気づいちゃいました?」


 しかし、ひよりは、その約束が果たされないことを知っていた。彼ほどの才能だ。彼を嫉妬する何者か、あるいは彼を敵視する社会に抹殺されてしまうだろう。歴史は才あるものには、決して優しくないのだから。


 ――難しいことこそ、叶えたくなる。


「ねえ、天田さん」


「何だい?」


「会いに行きますからね?」


「ん? どういうことだ?」


 戸惑う舜の様子を、ひよりはニヤニヤしながら眺めている。この時間が永遠に続くことをひよりは切に願った。


「あなたが迎えに来なかったら、私のほうから会いに行くということですよ、天田さん」


 ――


「ああ……」


 ――


「その時は頼む」


 ――


 今度こそ、彼を守ろうと、三島ひよりはあのラビエル学園に入学したのだった。



       To be continued in our secret blossom.

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