第二十三話 禁断の地、ラーマリア大森林

儚い希望を求めて


 アスガルド大陸、その北東に位置するヴィルハイム騎士団領。魔王軍と手を結んだ疑いが掛けられ、つい最近まで王都バルタニアからの監査が入っていた。しかしその謹慎きんしんも解け、騎士団はようやく活動を再開する筈だった。


 ところがである。騎士団の謹慎中、勇者ノブアキが魔王軍を壊滅させてしまった。こうなると戦士ダムドの後継者であり、神具保持者であったユリウスの立場が一気に苦しくなる。


 そして間の悪いことに数日前、アスガルド国王が崩御してしまった。本来であればユリウスは国葬式に参列するため、王都バルタニアへと向かわなければならない。

 しかし、ノブアキとユリウスが式で顔を合わせることに懸念けねんを抱いた者があったのだろう。なんとユリウスは式に呼ばれず、代理人として弟のヘンリーが、その付き人に老将バッチカーノが向かうという事態となってしまった。


…………


 ヴィルハイム領城下町、昼前のある酒場にて……。


「……マスター、いつもの」


 ヴィルハイムの領主にして騎士団長、ユリウス・エルド・ウル・ヴィルハイムは、カウンターへ腰掛けるなり顔をおおった。


「俺はこの世で一番不幸な男だ! この世で一番守るべき存在を無くし、その死に目にも会えぬとは! いっそ今日にでも後を追いたいくらいだ!」


 酒場のマスターは、ユリウスが国王の葬儀に出席できずになげいているのだと思い、同情を余儀よぎなくされた。騎士であるなら気持ちはわかるが、ここまで思いつめるほど国王をしたっていたとは……。



「うおぉぉぉぉ!! キスカァァァ──!」


(女かよっ!?)


 マスターは呆れ、とても付き合いきれないと放置を決め込む。

 と思いきや、戻って来てユリウスに飲み物を渡した。


「……うげ、なんだこりゃ」


 野菜ジュースだった。


「あちらのお客様からです」


 言われ見ると、カウンターの隅にローブ姿の女性が一人座っていた。顔は良く見えないが中々美人そうだ。ユリウスは立ち上がると女性に近づき、隣に座った。


「お嬢さん、おごってくれるのはありがたいが、せめてミルクにしてくれないか」


「あら、とても健康にいいのよ。少なくとも強いお酒よりはね」


 女性は野菜ジュースを一口飲むと、顔を見せた。


「き、君はセレーナか!?」


「お迎えに上がりましたわ、ユリウス卿」



…………


 セレーナに導かれ、魔王軍新居地に着いたユリウスは一室へと案内される。

 中にはラムダ補佐官、そしてアルムとセスが居た。


「ユリウス! 暫くだったね!」


「アルムッ! 生きていたのかっ!」


 再会を喜び合う二人だったが、時間が惜しいということで魔王軍の現状をユリウスへと話すアルム。


「……そんな、キスカが……」


 婚約者のキスカが異空間に閉じ込められてしまったと聞き、ユリウスは絶句した。


「すまない、今はかける言葉が見つからない……」


「いや、大丈夫だ。キスカは必ず生きている。それよりお前の方が辛いだろう。あのノブアキにシャリアが殺されちまうとは……」


「……あまり深く考えないようにしてる。考えると、前に進めなくなってしまいそうだから……」


「……そうか」


 ラムダがチラリと様子を伺うと、セスは思いつめた様子で視線を落としていた。

 室内の重い空気を払うかのように、咳払いをする。


「さてとユリウス卿、貴殿をお呼びしたのは他でもありませぬ。魔王城で石となっている者たちを復活させるための手助けをして頂きたいのですじゃ。石化解除の方法はいまだ見つかってはおりませぬが、希望が全く無い訳でもありませぬ」


「どうすればいい?」


「アルム殿と共に、ラーマリア大森林へと向かって頂きたい」


 ラーマリア大森林。魔王ヴァロマドゥーですら手を出さず、勇者ノブアキですら奥地まで辿り着けない場所。入り込めば二度と帰ってこれないという、アスガルドの法でも立ち入りが禁止されている禁断の地であった。


「その奥地にエルフの集落があると噂されております。行けば何か手がかりがつかめるのではないかと言うわけですじゃ。アルム殿たちだけ行かせるのはあまりにも危険。そこで神具保持者の貴殿に護衛を、という訳でございます」


「おいおい、本当に確証もあても何もない希望だな……」


 エルフに神具。

 魔王軍ならば本来は敵対するような相手。

 それでもすがらなくてはならない現状……。


「頼むユリウス。エルフの里があるのは間違いないんだ。僕の両親はそこから来た」


「そうかお前は……そうだったな。よしわかった、キスカを助けるためだ。行かせて貰うぜ!」


「その前に一つ御確認を。今回の件は休戦協定などではなく、ヴィルハイムの領主である貴殿が我々魔王軍に手を貸す形となりまする。その意味を重々に御承知を……」


「知るかっ! てめえの女の命が助かるかどうかって時に、指くわえて眺めてられるわけねぇだろうが! 行くとなったら俺は行くぜ!」


 補佐官の言葉をさえぎるように、ユリウスはいきどおるのだった。




 アルムたちは準備を済ませ、セレーナによって送って貰うこととなった。転移先は以前にゴブリンやトロールたちがポイントを記した、アスガルド南部森林であった。


「またポイントを記していただければお迎えに上がりますので」


 セレーナは消えてしまった。

 残されたアルム、セス、ユリウスらは周囲を見回す。

 視界に入るのは木や草だらけ、道すら見当たらない。


「ここらは雪が積もってないんだな。しかしどうやって向かうか……」


『ボクに任せてよ!』


「うおっ!?」


 ユリウスは、アルムが抱いていた生き物が急に喋ったことに驚く。


「ユリウスは初めてだったかな? ジークフリードだよ。ファーヴニラの子だ」


「あのドラゴン姉ちゃんの子だと!? もうこんなにでかいのかよ!」


 ジークはアルムから飛び降りると、離れた場所で精神統一を始める。


「よーく見ててね」


 暫くすると、ジークの体が巨大化を始める!

 流石にファーヴニラほどではないが、小さめの立派なドラゴンが現れた!


「こいつはスゲェ!」

「早速乗ろう!」


 二人が背中に乗り込むと、ジークは羽ばたき始める。


 ところが……。


──うぅ、二人はちょっと重いよ……。


 ……どうやら飛ぶのは無理そうである。


『──森に集いし大樹の精霊たちよ、この者に力の祝福を与え給え……』


 セスがジークへ祝福を掛ける。

 何とか宙へと飛び始めた!


「どんなもんよ!」

「おぉ、やるじゃねぇか!」

「流石セス!」


 森林よりも高い場所へと出た一行は、太陽を左手にどこまでも飛ぶ。

 右手には砂漠が広がり、遠方にはオアシスの基地が望めた。


「このまま真っすぐ飛べば、いずれ着ける筈だ。ジーク、大丈夫そう?」


──まだ少し重いけど、がんばるよ! ママを助けるんだ!


「くぅ! 泣かせるじゃねぇか! そうだな、男は根性だ!」


──『オトコハコンジョウ』ってなぁに?


「ん? ……そういやアルム、ジークはおすだったか?」


「あー……。前に本で読んだことがあるんだけど、ドラゴンはもっと大きくならないと性別がわからないらしいんだ。ジークはまだ孵化ふかして一年も経っていないし」


「人間でいえば乳飲み子じゃねぇか! ……すっげぇなおい」


──へへん! どうだぁ!


 得意になるジークはうっかり高度が落ちそうになる。

 慌ててなんとか体勢を持ち直した、油断大敵だ。


「……しっかし、厚着してきたのに寒ぃな」

「ああ。寒冷期真っ盛りだしね」

「……」


「……」

「……」

「……」


 次第に二人の口数が減っていく中、ジークのつのの裏ろに掴まっていたセスは、決心したように後ろを向く。


「アルム」

「……? どうかしたの?」


「もしかすると、シャリィは生きてるかもしれないんだ!」


「え……!?」

「な、なに!?」


 唐突な告白に、二人が驚くもセスは続ける。


「ラムダの爺さんがそう言ってたんだ! それに勇者だって言ってたよね、シャリィは自分の意思で石になったって。だからあの石さえ取り返せば、シャリィを助けられるかもしれない」


「……」


「……黙っててごめん」


「ありがとう、セス」


 うつむくセスに、アルムは笑顔で答える。


「そうと判れば、益々ますますやりげないと!」


「うん! シャリィを必ず助けよう!」


 二人の間に入って行けず、ユリウスはポカンと眺めていた。


(……恋は戦争って言うが、本当にそうだよな)


 アルムとセスとシャリアの関係を何となく察していたユリウスは、しみじみとそう思うのだった。



 やがて森前方、高く葉の色の濃い木々が見え始めた。


(そろそろか……?)


「セス、何か感じないか?」


「……森全体が侵入者を拒んでるような、あまり良くない感じがする……」


「地図を見る限りだと、森林はとても広い。もう少し飛んでみよう」


 ところが少しすると、生えている木が再び低くなったのだ。


「おい、抜けちまったんじゃねぇのか?」


「ジーク、旋回できる?」


──ゆっくりだけど、やってみる!


 空中で大回りし、再び元来た方向を向く。

 そして現れるラーマリアの高い木々。


(方位計がくるってる? やはりここが……)


 しかし、またすぐに木は低くなってしまった。


「嫌な気配が消えたよ!」

「おいおい、大森林と言うからにはもっとでかいんじゃねぇのか?」


──ボク、もう疲れたよ……。


「仕方ない。もう一度見えたらそのそばで下に降りよう」



…………


 こうして一行はラーマリア大森林付近に降り立った。まだ昼間だというのに森の中は薄暗く、奇妙な生物の鳴き声がする。アルムが転移ポイントのレリーフを記すと、すぐセレーナは現れた。


「ジーク、ご苦労様。セレーナと一緒に戻って欲しい」


「え、そんな! ボクも行くよ!」


 元の大きさに戻り、悲しそうな声を上げるジークをアルムはでた。


「君は十分な仕事をしてくれた。次の仕事は僕らの無事を待つことさ」

「確かに、待つのも仕事だな。重要な仕事だぞ」

「あたしがついてれば大丈夫だって!」


「うん……。きっと帰ってきてね!」


「宜しいのですね? ではご武運を」


 セレーナはジークを抱きかかえ、新たなレリーフを教えると再び姿を消す。


「生まれたばかりの赤ん坊をこき使ったと知られたら、俺たちは魔黒竜の姉ちゃんに殺されるだろうな」


 ユリウスの冗談に、アルムとセスは大笑いするのだった。


 

 三人はラーマリア大森林付近と思われる森の中を歩き出す。歩くと言っても道は無く、巨大な木の根をくぐったり、茂みをかき分けての進行だ。


「未知の領域だ。何が起こるかわからねぇからな、慎重に行こう」


「うん。セス、方向はこっちでいいんだね」


「……向こうからとてつもなく嫌な気配がする。それと誰かに見られてるような」


「森全体が生き物です、ってか?」


「違う。もっと別な、それこそ人間みたいな……」


「人間だと?」


 ユリウスも何か気配を感じ、足を止めた。

 三人は完全に足を止め、付近を警戒する。


 そして、それは前方の大木の上に現れたのだ。


『やあやあ、君たちもこんな場所で散歩かい?』


「て、てめぇは!!」



 勇者ノブアキであった。

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そして平和が訪れて、勇者でない僕に出来ること。 木林藤二 @karyou

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