番外編『ギルダークの疑念』


 ルスタークは大勢の戦士たちに囲まれ宴会の席に呼ばれるも、納得がいかない様子であった。


「……」



 リザードマンの戦士たちは黒魔術師に送られ、無事に故郷の土を踏んだ。


 だが長である兄の意思に逆らい義勇軍として飛び出した身。場合によっては己だけでなく、共に戦った部下たちまでも殺されかねない。長のギルダークとはそういう男であることを、弟のルスタークは嫌と言うほど理解していた。


 地下にある集落手前の洞窟で隊を待たせ、志願者を凱旋がいせんの使者として向かわせる。


 使者が死者となって戻って来るのかと思いきや、里では宴の準備が行われるのだという。ルスタークを始めとするリザード部隊一行は、皆から帰還した勇猛ゆうもうな戦士として迎えられた……。



『ははははっ!』


 宴の席で酒を酌み交わし笑い合うリザードマンの重鎮じゅうちんたち。その中央奥にデンと座っているのがルスタークの兄、ギルダークだった。

 大人のリザードマンの三倍はあろうかと思われる巨体。トカゲというより巨大なわにを思わせるその容姿。戦士10人がかりでも敵う者がいないほどの戦闘力を持っていたが、何より肝が据わっており頭が切れた。


 自分が一生かかってもこの男の足元にも及ばないだろう。

 将軍ルスタークをそう思わせしめるほどの偉大な存在だったのである。


(……何故だ? 何故この私は生かされ、ここにいる?)


 そう思い正面を見上げると、丁度ギルダークの妻であるソニアと目が合う。彼女は美しいなめらかな肌の持ち主で、里の女の中でも絶世の美女であった。ルスタークに向けて目を細め、夫に寄り添い言葉を告げる。


「貴方、そろそろ勇士ゆうしから英雄譚えいゆうたんを語っていただきませんこと? 皆も待ち望んでいるでしょうし、これ以上ルスタークを放っておいてもかわいそうですわ」


 ソニアの言葉に、周囲から拍手や賛同の声が上がる。


「そうだな。ルス、話してやれ」


「はっ!」


 ルスタークは自分たちが何を見て、何をして来たかを語り出した。


 大勢の配下たちと共に魔王軍に加わり、魔王の息女や人間の軍師に出会い、魔黒竜ファーヴニラまでもと共にくつわを並べたこと。


 人間の大部隊を自ら先陣を切って迎え撃ち、壊滅的被害を与えたこと。


 軍師の巧妙な策を元にセルバを攻め落としたことを語ると、男たちからはうなり声や感嘆かんたんの声が上がる。この間、兄のギルダークは何も言わず、黙って腕を組み目を閉じていた。


 常勝を続け、砂漠で人間たちと対峙し、幾人いくにんかの勇敢な戦士を失ったことも語る。

 最後には魔王を打ち取られ、自分たちの戦いが終わったところで話を閉めた。


パンッ! パンッ! パンッ!


 話が終わり静寂に包まれてすぐ、兄から豪快ごうかいな拍手の音が響く。語りへ感情移入し余韻よいんひたっていた者たちからも、拍手や歓声が巻き起こるのだった。

 周囲の者たちから賞賛の浴び、次々と酌を受けるルスターク。伝統の舞も始まり、ようやくここで自分の行いが間違ってはいなかったと実感するのだった。


「ガハハハッ! ……おう、先にお前は休んでろ」


 上機嫌に見えたギルダークは、唐突に妻へそう告げる。


「皆も今日はこれでお開きにしようや! まだ飲みてぇ奴は外でやってくれ!」


 言われ、一同は広間を後にする。


「あら、もうおしまいですの?」


「かわいい弟を寝かしつけなきゃならねぇからな、ガハハハッ!」


 不満そうなソニアだったが、しぶしぶ部屋へと戻って行った。

 広間にはギルダークとルスタークのみになる。


「さて弟よ、長旅ご苦労だったな。もっと近くに来い」


 言われるがまま、ルスタークは兄の正面へと座った。こうして近くに寄ると、それだけで押し潰されそうな恐れにかられる。


「てっきり私は処罰されるのかとばかり考えておりました」


 兄から言葉が出るより先制し、ルスタークは口を開く。


「俺に逆らって里を飛び出したからか? たった一人生き残った弟に、そんな真似をするほど俺が残忍な男に見えるか? クックック……」


 そう言って自ら大皿に手酌てじゃくすると、一気にそれを飲み干したのだ。


「いい語りだったぞ、ルス。……さて、誰もいなくなったところでもういいだろう。俺だけに本当のことを話しちゃくれねぇか?」


「本当のこと?」


「お前らは魔王軍になんて参加しなかった、そうだろう?」


 兄の言葉にルスタークは驚き、激昂げきこうした。


「兄者はこの俺をホラ吹き呼ばわりするおつもりかっ!!」


 魔王軍の使者を切り捨て、弟に尻拭いをさせた。兄はそのことを反省していたからこそ、自分の話を聞いていてくれたのだとばかり思っていた。


 だが実際はルスタークの話を本気にしていなかったのだ。


「なにもお前の話を全部嘘だとは言っちゃいねぇ。セルバを落としたのも本当なんだろう。実際そういう話もこの里まで届いていたからな」


「では何故!?」


「俺がどうして骸骨兵どもを切り捨てたと思う? 奴らが非常識だったというより、腹の内を見せなかったからと言うのが本音だ。不死者は表情が読めねぇからな。俺はピンと来たんだ。こいつらは魔王軍なんかじゃねぇ、何か腹に隠してやがる、とな」


「それはご息女シャリア様の経験不足でございましょう! それに魔王軍は一兵たりとも失えない状況でございました! 踏まえればむしろ不死者を送って来たのは英断とも言えます! 直接確かめるためにも我々が向かったのでございましょうや!」


「そのご息女様というのが問題なんじゃねぇか」


 ギルダークは身を乗り出し、顔を近づけて来た。


「お前がよちよち歩きだった頃だ。俺は親父に連れられてアプサラス島の魔王城まで行ったことがある。魔王ヴァロマドゥーに謁見した俺だが、取って食われちまうんじゃねぇかと恐怖したもんだ。その魔王に娘がいただと? クックック……」


「……」


「まさかお前もお伽噺とぎばなしを信じてるクチか? クックックッ!考えてもみろ、あの頃はまだ魔王軍も常勝を誇っていた時期だ。魔王に娘ができたなんてことになりゃ、盛大に祝う筈じゃねぇか。だがそんな話を誰からも聞いたことがねぇ」


「ですが……魔王軍の中には大戦を生き抜いた魔物も生き残っておりました。彼らはシャリア様を先代様の正式な後継者と認め、魔王とあがめていたのです。私が見る限り彼らが嘘を言っているようには見えませんでした」


「まだわかんねぇのか! だから余計おかしな話になってるんじゃねぇか!」


  声を上げる兄に、一瞬ルスタークはビクリとした。


「……だまされちまったんだよ、その妙な連中に。お前も、魔黒竜様もな。……いいかルス。お前は俺が倒れた時、里の皆を引っ張ってかなきゃならねぇ立場だ。正直言うとお前が出て行った日、次会った時は首をねなきゃならねぇと思ったさ」


「……」


「だがそれをしなかったのは同族で殺し合ってる場合じゃねぇからだ。大陸の神々は俺たちよりも人間を選び、今も勇者の力がはびこってる。いずれにしても、俺たちの一族はジリジリと滅びの一途いっと辿たどるしかねぇのさ。だからお前を生かしたんだ」


「兄者とあろうものが何を弱気な!」


「弱気なんじゃねぇ、現実を見て言ってるんだ。お前もよく現実を見ろ。そしてもう一度聞くぞ? お前は今までどこで何をし、何を見て来た?」


「…………」


「一晩休んでじっくり考えな」


 ギルダークは立ち上がり、出て行ってしまった。


(幻じゃない! 確かに魔王軍に参加し戦った! 確かな現実の筈だ!)


 得物を手に取り、戦場で血の匂いを嗅ぎ、掴んだ勝利の栄光。

 それが絶対的な存在から否定され、風に吹かれる砂のごとく崩されそうになる。


 まだ手に残る戦いの感触を確かめるかのように、ルスタークは暫く動かなかった。



番外編「ギルダークの疑念」 完

 

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