僕が本当にやりたかった何か


(うっ……っ!)


 家があった場所の前に転移したアルムは、雪風を吹き付けられて顔をおおう。

 例年だと積雪の少ない場所の筈が、今は膝丈ひざたけ上まで積もっていた。


(くっ! ジーク、待っててくれ!)


 始めは強風で中々進めないでいたが、二、三歩進むと突然風が止んだ。


(……? 急にどうした? まるで精霊が味方しているみたいだ)


 今のうちだとばかりに先へ進む。

 石となった魔黒竜の前に、たたずむドラゴンの子の姿があった……。


(……ジーク)


 ジークフリードはその身に雪が積もっても、じっと母を見上げている。

 かける言葉が見つからないまま、アルムはそばに寄った。


「ジーク」


「アルムッ」


 声に反応し、振り向くジークフリード。

 アルムは雪を払ってやると、その場にゆっくりと膝をついた。


「……すまない……ごめんよ、ジーク……僕が……」


「どうしてアルムは謝るの?」


 首をかしげながら、竜の子は大きな目を覗かせた。



「ボク、寂しくないよ。だってアルムがママを助けてくれるんだろ?」



「────っ!」



 この時だった。アルムは奥底から熱いものがこみ上げ、ジークを抱きしめていた。

 そして、一番重要なことにようやく気が付いたのだった。


 切っ掛けは父の屈辱くつじょくを晴らすためだったのかもしれない。

 偶然現れた魔王軍とシャリアに運命を感じたからかもしれない。


 だが世の中の仕組みを変えたかったから手を貸したのではなかった。

 愚かな人間に鉄槌てっついを下したいから魔王軍に協力したのでもなかった。

 

 僕は……、僕が勇者たちに反旗をひるがえしたのは……。


──確かに聞こえたからだ! 助けを求めるシャリィの声が!



 目前で困窮こんきゅうしている者を、放っては置けなかったからではないか!



バタンッ!!


 突然魔王城の扉が倒れる音がし、中からガラの悪い男たちが出て来た。


「おぉ寒い寒い! 魔王城はお宝が眠ってると思いきや、とんだ期待外れだ」

「だがこれだけのサイレス鉱石があれば、暫く遊んで暮らせるぜ」


 ならず者たちである。冒険者の中には人の道を外れ、他の冒険者から手柄を横取りしたり、法に触れることを平気で行う者もいる。魔王城が発見された場所をどこからか聞きつけ、集団で盗掘とうくつに来たのだ。


「何だあのガキ? ありゃ竜の子か?」

「丁度いい、ぶんどってあれも売りさばこうぜ!」

「いや、ちょっと待て!?」


 男は持ち物から紙切れを取り出し、アルムを見た。


「こいつはたまげた!! 金貨1万枚の賞金首だぜ!!」

「なにぃ!? あのガキがか!?」

「あのでかい耳!! 間違いねぇ!! こいつはカモネギだぁ!!」


 男たちはヘラヘラ笑いながら武器を取りだす。


「…………お前らなんかに」


 アルムは身構え、短剣を向ける。


「あぁ? やんのかこら? グヘへへッ!!」


「お前らなんかに、僕はやられてる場合じゃない!!!」


 振られた短剣から炎の弾が撃たれ、男たちに直撃した!

 しかし、魔法の壁に阻まれビクともしない!


めやがって! 俺たちはプロだぜぇ!?」


 ボウガンやネット弾を取り出し、アルムに向けて発射された!


「っ!!」


 ボウガンの矢を避けた先に、捕獲用ネットが覆いかぶさる!



『風よっ!!』


 突然視界が吹雪に包まれ、ネット弾は吹っ飛んで行った。

 アルムが目を開けると、そこに見慣れた小さな姿!


「セスッ!!」


 セスは人質に取られてなどいなかった。

 姿を隠し、ずっとアルムをつけていたのである。


「やっぱりあんたはあたしがいないと駄目だな! 話は後! 逃げるよ!」

「あぁ!! ……ライトニング・レイ!」


『くっ!!』


「精霊の祝福!」


 魔法でならず者たちを牽制けんせいすると、セスが祝福をかける。

 アルムはジークフリードを抱きかかえ、信じられない速さでその場を後にした。


「やろう逃がすか!!」


 だが、ならず者たちも雪山対策は万全であった。浮遊靴へ更に速度上昇魔法を掛けると、仲間を呼ぶべく笛を吹いたのである。


ピィィィィ────!!


 こうして命をかけた下山鬼ごっこは始まった。積もった雪の中、わき目も振らずに山を走り下りるアルム。時折高く飛んでは枝に掴まり、かかる雪も気にせずとにかくふもとを目指す。


「あぶないっ!」


 後ろから飛んでくる矢や魔法を、セスが風を操りらす。

 顔のすぐ横を鋭い風が何度も過ぎ去った。


『しゃぁぁ!!』


 待ち構えていた男が木の上から飛び降り、アルムに圧し掛かろうとしてきた!


「あっ!」


『ぎゃぁぁ!!』


 次の瞬間、男は火だるまとなり、その場にのたうち回る。

 抱きかかえていたジークフリードが火を噴いたのだ。


「ボクも戦えるよ!」

「ダメ! 首を引っ込めていて!」


 急な斜面を飛び降り、滑り降りる。

 しかしならず者たちは諦めることを知らず、徐々にその数は増していった。

 一体何人この山に入っているのか!?


(はぁ……はぁ……! もう少しだ!)


 ふもとまで後わずか。セスから何度も祝福を受けるも、アルムの体力は限界に来ていた。そればかりか積雪も増し、腰の高さまで深くなっていたのである。


「アルム! 前!」

「っ!!」


 更には追い打ちを掛けるがごとく、前方からは大勢の人間たちが、待ち構えていたとばかりに姿を現したのだ!


 集団は一斉に矢をつがえる! 万事休す!


『ぐおっ!?』

『あ、あぶねぇ!?』


「……あれ?」


 しかし放たれた矢はアルムに向けてでなく、追って来たならず者たちへ射られた。

 よく見ると集団は見知った面々、麓の里の村人たちである!


「いつかの借りを返しに来たぜ! 早く逃げろ!」

「ここはあっしらにまかせるでやんすよ!」


(ザップ、みんな……! ありがとう……!)


 どうやらピートが機転を利かせ、村人たちを呼んできたようだった。


「やめろ! そいつは賞金首だ! 邪魔したらただじゃおかねぇぞ田舎者ども!」


「聞こえねぇなぁ!! 山神様の聖域を犯した盗賊どもがよぉ!!」


『坊ちゃん! こっちでやす!!』


 双方から罵声ばせいと矢の応酬おうしゅうがされる中、ローブ姿のマードルの声。

 アルムたちはマードルとともに、その場を後にした。


 

 その後セルバから来た兵士らによって、ならず者たちは残らず逮捕された。彼らの証言で村人たちがお尋ね者をかばった疑いが掛けられたが、誰もが知らぬ存ぜぬの一点張りであったという。


 村長のマクガルは進んで「じゃあ村中を探せばいい」と申し出た。その際見つからなかった場合、一家屋ひとかおくにつき金貨十枚払えと言ったのだとか。

 当然セルバの兵士たちにアルムは見つけられず、かくまった痕跡こんせきすら発見できなかった。金貨を得ることはできなかったが、ならず者の中にお尋ね者が居たようで、後日村にはその報酬金が支払われたという……。



…………


(ふむ、戻られたか……)


 魔王軍の新居地にてラムダは人を待っていた。そして現れたのはセス、マードル、ジークを抱きかかえボロボロとなったアルムの姿だった。


 なぜここに戻ってきたとも言わず、ラムダ補佐官は相手の言葉を待つ。

 やがてアルムは口を開いた。


「ラムダさん、勇者を倒す方法を教えて欲しい。もう一度僕に機会チャンスを与えてくれ」


「……」


「ようやく気付いたんだ、僕が魔王軍として戦う理由を。今度は迷ったりしない」


(……どうやら以前のアルム殿ではないようだな)


 ラムダはアルムを正面に見据え、見上げた。


「ならば何故なにゆえ貴殿は戦われるつもりか?」

「僕は守るべき者のために戦う! この先もずっとだ!」


「その命を差し出す覚悟はおありか!?」

「覚悟はあるが投げ出したりはしない! 仲間のためにどこまでもあがく!」


「雲をつかむより望みの無い話ですぞ!? やり遂げる自信はおありか!?」

「可能性がゼロじゃない限り必ずやってのけるさ!!」


 するとラムダ補佐官は杖を突きつけニヤリとした。


「よろしい! ならばその手で雲を突き破り、見事星を掴んでみなされ!!」



第二十二話  魔王の条件  完

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