role(役割)
数日後、ベスとその祖父に助けられたアルムはすっかり体力を取り戻していた。
今は屋敷の屋根裏部屋を借り、仮住まいをさせて貰っている。その礼代わりに
「気を遣わんでええんじゃよ。お前さんの家だと思えばいい」
老人はそう言ってくれたが素直に甘えているわけにもいかない。迷惑がかかる前に一日でも早く村から出て行きたかった。
今朝は雪が止んでいたが、午後になるとまた降り始める。雪解けは一体いつになるのだろうと、与えられたラジオを聞きながら屋根裏で縄をなう。
放送内容は政治関連の対談番組だった。
『──では先のグライアスタワー崩壊『事故』で落命されたルークセイン卿ですが、
『グライアス領の権力者は血縁者同士で固まっており、
『
と、ここで誰かが階段を
「おう、メシだとよ」
身構えるがなんてことは無い。ベスの兄のピートだ。
続いてベスも食事を手に持ちながら上がって来る。
「ほら、いいから座って座って」
小さなテーブルにサラダやパン、チーズが並べられる。
「今日はカボチャのスープを作ってきたの。おかわりもあるからたくさん食べて」
「これは凄いや! ベスは何でも作れるんだね!」
アルムに褒められ、顔をほんのり赤く染めながら得意になるベス。それをピートは口元を抑えながらニヤニヤ笑うのだった。
何故こんなことになっているか? それは外部に知られぬよう、自分だけ屋根裏で食事をとるとアルムが言い出したのが切っ掛けだ。断固としてここでいいと言い張るので「じゃあ俺たちもここで食う」となってしまったのである。おかげで家主の老人は下の階で一人寂しく食事をとっている。
「アルム聞いたか? ついに国王様が死んだとよ」
「さっきラジオで聞いたよ」
「あのねぇ兄さん、そんなのご飯時に話す話題じゃないでしょ。だいたい王様なんてこの先生きてても私たちじゃ顔見る機会すらなかっただろうし。死のうが生きようが気にするのはお役人くらいだわ」
ベスの言葉にピートは肩をすくめ、アルムは苦笑い。
『──天にいましアスガルドの神々よ、今日という日の恵みに感謝いたします……』
テーブルに
「そういや俺も街で暮らし始めたばかりの頃、店で食材を買うのに抵抗があったぜ。こんなもん家に帰ればいくらでもあるのに、金出して買うのが馬鹿らしいってな」
「確かに。ここで暮らしてれば大概の食材は手に入ってしまうだろうからね」
「田舎で手に入らない物の方が多いと思うけどなぁ私は。アルム、おかわりは?」
「うん、いただくよ」
そしてテーブルを囲み誰かと食事をすることの温かみを覚える。今は無きあの家で最後に母と食事をしたのはいつの日のことだろうか……。
「あら……」
スープをよそろうとしたベスが固まり、持ってきた鍋を見せる。
中身が
「またかよ!」
そう、またなのだ。ここで食事をすると、どういうわけか
「なぁ、本当は魔王軍で魔術か何かを教わったんじゃないのか? 後で俺にもやり方を教えてくれよ」
「そ、そんなわけないだろ! だいたい僕の仕業じゃない!」
「アルムがこんな意地汚いことするわけ無いでしょ! ……アルムも兄さんに変なこと教えないでよね。どうせ
(おいおい……)
…………
謎のトラブルはあったが、無事に三人は食事を終える。
「ふー、食った食った」
「とてもおいしかったよ、ありがとうベス」
「よかった。もし欲しいものがあったら遠慮なく言ってね」
ベスは照れながら後片付けし、部屋から出て行った。
「ちょっと付き合えよ」
ベスが階段から降りたのを見計らい、ピートはアルムを連れ出した。
屋敷は屋根裏から小さなテラスへと出れるようになっていた。村のはずれにあったため、雪景色の田畑や家屋が一望できる。しかし外からバレてしまったら元も子もなく、二人は腰をかがめた。
「どうだ? 屋根裏暮らしに慣れたか?」
煙草に火をつけながら、ピートが呟く。
「おかげさまで元気になれたよ」
「そっか? 俺には今一つそんな風には見えねぇけどな」
「……そう?」
「ああ」
吐き出された
一呼吸置いて、ピートは言葉を続けた。
「元気にはなったが何か浮かない。今のお前はそんな顔してるぜ。……口止めされているんだろうけどよ、魔王軍で何があったのか話してみろよ」
「それは話せない」
「話せる範囲でいいんだよ。お前が俺に話したところで今更どうってことは無ぇさ。百歩譲って俺がバラしたところで、村にお前を売ろうなんて考える奴はいねぇよ」
「……」
それでもセスが人質に取られている以上、安易には話せないが……。
「ま、どうしてもって言うならいいけどよ。抱え込んでても、何も変わらねぇぜ?」
言われ、アルムは魔王が勇者に倒された途端、魔物たちから見切りをつけられたことだけを話した。自分なりに最善を尽くしたが、思った以上に勇者の神の加護が強力であり、最悪の結末を生んでしまったとも付け加える。
「……なるほどな。で、今後はどうするつもりなんだ?」
「考えたけど、僕のとれる選択肢は二つ。人の手の入らない場所でひっそりと暮らすか、勇者を倒せる力を得るため宛てのない旅に出るか、そのどちらかになると思う」
「……聞いといて悪いが、どっちも現実的じゃねぇな」
「だよね。でも今の僕にはそれしかないんだよ、それしか……」
ピートは煙の混じった白い息を吐き、空を仰いだ。
「……お前がこの村に来なかった頃、俺がまだガキンチョで兄貴たちもまだ村に居た頃だった。俺たち三兄弟はガーナスコッチ中でも札付きの悪ガキでよ……。そうだ、あの時もこんな風に雪が降り続いてたっけな……」
そして、昔あった出来事を話し始めた。
20年近く前のその年、ガーナスコッチでは壊滅的な不作の上、寒冷期には大雪が降ったらしい。どの家も明日食べる物が乏しい中で、三兄弟は大人たちに黙って山に入り、鹿でも狩って来て皆を驚かそうと
しかし、食べ物が無いのは山の動物も一緒であった。たまたま空腹で目を覚ましたクマに遭遇してしまったのである。
「……連れて来た猟犬が馬鹿犬でよ、俺たちを置いて真っ先に逃げやがった。流石に俺もビビッちまって、何とか立ってるのがやっとだった。そんな俺に兄貴たちは前に出て、『俺たちがおとりになるからお前だけでも逃げろ』って言ってきたんだ」
「それで、どうなったの?」
結局三人は偶然近くにいた猟師によって助けられた。村に戻った後でこっぴどく叱られる三兄弟だったが、ピートに限っては更に兄たちから
何故すぐ逃げなかったのか、と。
「兄貴たちを置いて逃げるほど、俺は薄情モンじゃねぇと言ったんだ。そしたら俺はぶん殴られた。この時の俺は、どうして殴られたのか
それから数年後、兄たち同様にピートは村を出て大きな街に出る。
職を転々としながら様々なことを学び、世間や社会というものを知った。
自分の立場や能力に相応の『役割』があることに気付けた。上辺だけの綺麗ごとを並べても、少しくらい何かができても、半端な人間はただの邪魔者に過ぎない。そうなりたくなければ少しでも己を磨くしかないのだと悟る。
「……なるほどね」
「お前がそうだとは言ってねぇ。むしろお前は俺の恩人で、ド偉い奴だ。自分の役割だって見えていてそれを果たしていたんだろ。満足な結果に至らなかったと思ってるみてぇだが、一人の人間としては十分すぎるほどのことをやったと思うぜ?」
「……」
「納得してねぇって
そう言って、動かないほうの足をピシャリと叩いて見せた。
「お前の選択肢なら他にもあるぜ。ベスと夫婦になってずっとここで隠れ住むんだ。ザップの野郎には悪いが、俺はそれでも全然……いや、むしろ最良の選択肢だとさえ思ってる。年の離れたクソ兄貴たちと暮らしてきたせいで気が強い女に育っちまったけど、器量はなかなかなもんだと思うぜ? お前の方はどうだ?」
「え……あ、いやその……」
老人だけでなく、その孫からも同じことを聞かれるとは……。
顔を赤らめ困惑したが、やはりアルムの返答は変わらない。
「カーッ! 俺がこんなにも言ってるのに聞かねぇとか、お前も相当な頑固モンだな! まぁその気持ちもわかるぜ。男なら一度決めたことを変えたくは無ぇよな」
ピートは頭をくしゃくしゃにかき、立ち上がると部屋に戻ろうとした。
「うぉ!? なんだてめぇはっ!?」
屋根裏部屋に戻るなり、ピートは腰を抜かす。部屋の真ん中に空間の裂け目から上半身だけ出した魔物がいるではないか!
「あ、どうもお邪魔しやす……って、そうじゃなくて! 坊ちゃん、大変でやす!」
「マードル!? ……大丈夫、彼は僕の仲間だ。どうしたんだマードル? 君がここに来てはいけないんじゃないのか?」
「それが大変でやして! ここにジークフリード様は来やせんでしたか!? あっしがちょいと目を離した隙にいなくなってしまいやして……。こっちをくまなく探したんですが見つからないんでやすよ!」
これを聞き、アルムには心当たりがあった。
(ジーク、まさかファーヴニラのところに!?)
「マードル、帰郷の羽は持ってる?」
「え、あ、一枚だけ。今持って来やす」
こうしてはいられない。アルムは変装もそこそこに外に出る支度を始める。
ピートの方は事態がわからずに混乱している。
「お、おい。何がどうなってやがる?」
「……僕たちの仲間が行方不明になった! まだ幼い赤子なんだ!」
「マジか!? やべぇじゃねぇか!」
「坊ちゃん坊ちゃん! 持って来やしたぜ!」
マードルは帰郷の羽が高騰しているのを知り、後で売り払おうと一枚だけ隠し持っていたのだ。アルムは羽を見るなりひったくると、そのまま消えてしまった。
取り残され、ポカンとする二人……。
「な、なあ、あんた。アルムはどこへいったんだ?」
「へ? 多分、山の方じゃないかと……」
(山の方だと? 数日前に大勢の余所者が入り込んだばかりじゃねぇか!)
ピートは動かない足を引きずりながら、急いで屋敷を後にするのだった。
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