下された沙汰
場所は変わり、とある民家の鶏小屋での出来事。年老いた男が鶏を一羽潰そうとしていた。後日娘が嫁入りと言うことで、ささやかながらお祝いをしようと考えていたのだ。
ココココ……
「はぁてと……」
早朝白い息が出る中で、大量にいる中の一羽を捕まえる。持っていた
「ありゃりゃ」
中途半端に首を切られ、そのまま鶏は走り出す。
『ぎゃぁぁぁぁぁ!?』
「な、なんだぁ!?」
小屋内から第三者の悲鳴!
見ると背の低い光る眼を持つ何者かが居た!
周囲に居た鶏たちも大騒ぎを始め、大混乱となってしまった!
『ば、ばけもんだぁー!!!』
…………
再び場所は魔王軍の新居地。
『みんな大変だー! 人間が入りこんで来たぜぇー!!』
突然、誰かの叫び声!
(人間!? この建物の構造はどうなっているんだ!?)
詳しく聞けなかったにしろ、ここは人間が入り込めない場所だとばかり考えていたアルム。急いで声の方向へと走る。
(何事!?)
見ると、一人の鉈を持った男がコボルトたちに囲まれていた。
『た、たすけてくんろー!』
「こいつ武器持ってるぜ!?」
「どうすんだ? ブルド隊長寝ちまったぞ?」
流石にガーナスコッチと交流があったためか、魔物たちはすぐ人間に手を出したりはしないようだ。コボルトの集団に近づきつつ注意深く観察すると、離れた場所からゴブリンが隠れて様子を伺っていた。
(……なるほどね)
アルムは男に近づき大丈夫だと説得する。一体何があったか事情を聞いていると、ラムダ補佐官もやってきた。
「どうやらゴブリンたちがいたずらで外への出口を開けてしまったようですな。この人間は元に帰しておきます
「……何故僕に振るんだ? 僕は魔王軍じゃないんだろ?」
「ゴブリンたちと話のできる切っ掛けができたのではないかと」
ムッとするアルムに、ラムダ補佐官はニヤニヤしながら男に催眠術を掛け、連れて行ってしまった。コボルトたちも「後は任せた」とばかりに散って行く。
(なんだよそれ……)
モヤモヤした気持ちのまま、アルムはまだ隠れていたゴブリンへと近づいた。
…………
「こんな状況で、君たちは何をやっているんだ!!」
アルムはゴブリンたちをプレイルームへと集め、説教を始める。当然アルムはもう魔王軍の軍師ではない。しかし先ほど他の部隊が必死になっているのを目の当たりにしたばかり。片や遊び惚けたあげぐに騒ぎまで起こしたゴブリンたちに対し、怒りがこみ上げてそのままぶつけていた。
「何って? 俺たち仕事はしっかりやってるぜぇ?」
「昨日だって魔王城から色んなもん運んできたばかりだったよなぁ?」
彼らは仕事の合間にゲームを行い、負けた者が罰として人間から物を盗んでくるという遊びをしていたらしい。とんでもない話である。
「今外で騒ぎを起こしたらとんでもないことになるのはわかっているだろ? 僕なら即刻君らを解雇するだろうな」
この言葉に、ゴブリンたちは騒ぎ出した。
「解雇? いいぜぇ? やってみろよぉ?」
「こんなつまんねぇところに詰め込まれて、こっちから願い下げだぜ!」
「魔王の居ない魔王軍なんて、ちゃんちゃらおかしいや!」
周囲に同調するように、ゴブリンたちの中からゴブリンリーダーが出て来た。
「おめぇもう軍師じゃないんだってなぁ? それに例え俺たちを解雇できたとして、本当にそれでいいのかぁ? 今はとにかく手が必要なんじゃねぇのかぁ? やい人間、こんな言葉を知っているか? 『フの無いショウギは負けショウギ』ってな!」
(な……)
『そうだ! そうだ! フの無いショウギ! 負けショウギ!』
歩の無い将棋は負け将棋。彼らが異世界のことわざを知っていた驚きよりも、余りにも恥知らずなこの態度……。思わずアルムは脱力してしまった。
「……リーダー、私からも軍師殿に一つ、宜しいですかな?」
「おうおう! 何でも言っちゃれ!」
と、後方で目を閉じ神妙な顔つきで黙っていたゴブリンが出てきた。
アルムの前に立つと、カッと目を見開く。
「な、なんだよ?」
そして突然、背を向けると……。
プゥゥゥゥ~~~~~~~~!
『ギャハハハハハハハハッ!!!』
ゴブリンたちは一斉に笑い転げた。
「もういいっ!!! 勝手にしろよっ!!!」
話どころではない。アルムは顔を真っ赤にしてプレイルームを出て行く。後ろから悲鳴が聞こえたが、
床がほんのりと光を放つ回廊。その効果かどうかはわからないが、腹を立てながら歩いているうち、次第にアルムの心は落ち着いて行った。
(やはり、僕では魔王軍を
周囲の協力があったにせよ、よくシャリアはあんな連中を飼いならしていたものだとつくづく思う。性格も素行も最低、戦いも決して強くない。だが皆の嫌がるような仕事もこなしていたことは素直に評価できる。それでも……。
(統率が乱れる原因……。……統率だって? 魔物の群れに、統率?)
姿形はおろか、種族も考え方も、何もかもが違う者たちを統率する。
そんなの普通に考えて無理ではないか。
(でも今まで可能にしていた。それはやはり……)
『あんたがそこまで分からず屋だとは思わなかった!』
曲がり角に差し掛かり、言い合いをする女性の声が聞こえて来た。
見つからないようそっと覗くと、ハルピュイアたち三人だった。
リーダー格のファラへ、サディとメサが食って掛かっている。
「今まで一緒にやってきた仲間なのに、見捨てるっていう訳?」
「ここに居てもいずれ死ぬだけだわ。なら人間たちの元へ帰すべきよ」
「その人間たちの村ですら生きていけないって言ってるんですけどー」
「だからあたしらがここで守ればいいじゃん」
どうやら、アルムの処遇について口論しているようだ。
そして次のファラの言葉に、アルムは
「私だって軍師殿を助けたいと思っているわ。でも補佐官がそう言うんだからどうしようもないじゃない!」
(……っ!!)
賭けなど始めから無かった。
ラムダはアルムの言葉に耳を貸さないよう、事前に触れ回っていたのである。
「あぁそう。ファラ、あんた見損なったよ」
「あーりゃりゃ残念! 仲良し美人三姉妹も今日限りで解散だね!」
気付けばアルムは飛び出していた。
「やめろ! やめてくれ!!」
「アルム君!?」
「軍師殿!?」
「……もういいんだ。皆が仲間割れするくらいなら、僕は必要ない」
「アルム君! 待って!」
わき目も振らず、アルムは走り去った。
走って、どこまでも細い回廊を走り、自分に与えられた仮部屋へと
扉を開けて入るなり、暗い部屋が徐々に明るくなる。
その中央にあるテーブルで、茶を
「随分と遅かったですな。待たせて貰っておりましたぞ」
(こいつ……!)
ラムダ補佐官だった。
「いかがでしたかな? 協力を申し出る者はおりましたか?」
「……ふざけるな。始めから茶番だっただろう! どういうつもりなんだ!?」
工作がバレても、ラムダは動じない様子だった。
「確かに手前は少々皆に
「……」
「如何に今までが奇跡的なことだったのか、ご理解いただけましたかな?」
「……」
「うむ。では改めて貴殿に対する処遇を決めさせて頂きますぞ」
ラムダ補佐官は立ち上がり、杖を取り出すと──。
外では雪が降り続き、既に積もっていた。一面銀世界、白一色の世界を、アルムはただ歩いて行く。黒く染めた髪、小さな短剣に
ザッ……ザッ……
『貴殿には外界への追放処分を言い渡す。ここに居ても人間の村に居ても安全でないならば、いっそ出て行かれた方が宜しい。生憎こちらも人間を養う余裕は持ち合わせておりませぬのでな』
──ノブアキはああ言ったが、俺は貴様なぞに何もしてはやらんからな?
『愚かな真似を起こせぬよう、常に監視の目があることをお忘れなく。セス殿は引き続き預からせて頂きますぞ。監視の必要ないと手前が判断したその時、初めてそちらに引き渡しましょう』
──いらぬことを
眠気と空腹と寒さからか、つい先ほどラムダから言われた言葉と、かつてラフェルから言われた言葉が幻聴となって聞こえてくる。
(……へへ。そういえば、昨日から何も食べてないや……)
次第に視界が暗くなっていく中、おぼろげながらに村の建物が見え始めた。
当然、この天気では村人など見当たらない……。
そして、遂に力尽き倒れてしまった。
(……僕、ここまでなのかな。……母さん)
雪に埋もれた冷たさよりも、動かなくなった楽さが勝る。
(セス……ごめんよ…………シャリィ……)
やがて、意識が薄れていった……。
……………
丁度その頃、村の農家の娘「ベス」は、朝早くから子牛に乳を飲ませていた。
(あんたらはいいね。何も考えず大きくなって乳を出せばいいんだから……)
ベスは昨日から
彼女にとっては大陸の平和がどうこうより、魔王軍に同行しているアルムのことが気掛かりで仕方なかった。あの働き者で真面目なアルムがお尋ね者だと報じる今朝の朝刊が憎くて
自分がもし男に生まれていたら、村を飛び出して魔王軍に参加し、勇者の仲間に殺された兄たちの
とにかくアルムには生き延びて欲しい、そう祈るのが今の彼女には精一杯だった。
「ほら、掃除するからあんたは隅っこの方に居な」
柵の中に入り
「きゃっ!?」
幼いとて体は大きくかなりの体重がある。子牛はベスを突き飛ばすと、開いた柵を抜けて外へと飛び出して行ってしまった。
「何興奮してるのよ!? 待ちなさいっ!」
ベスはすぐ立ち上がると、子牛を追うべく雪の降る外へと駆け出して行った。
「どこへ行く気よ!? このおバカッ!」
子牛は間もなく歩みを止める。だがそのすぐ傍で誰かが倒れているのに気が付き、ギョッとした。人にぶつかってしまったのだろうか?
「大変! 大丈夫ですか!?」
雪の足跡を見ると、倒れていた人間は村の外からやってきたようだ。揺さぶっても反応が無い。恐る恐る仰向けになっているところをひっくり返してみた。
「……え? ア、アル……?」
ベスは心臓が飛び出るほど驚くも、慌てて周囲を見回す。幸い誰もいない。
(……まだ息はあるわね?)
素早く羽織っていた毛皮を被せ、背負うと祖父のいる屋敷へと歩き出したのだ。
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