自身の目的と最後の居場所


 地図を頼りに魔王軍の新居地を歩くアルム。黒魔術区画に近づくに連れて、次第に黒いローブを羽織った亜人たちとすれ違うことが多くなった。


 皆、新しい住居に新鮮さを感じているようだ。

 しかし、アルムを見るなり誰もがよそよそしくすれ違う。


(役職を失った僕は、厄介者でしかないんだな……)



 一人に声を掛け、セレーナの居場所を尋ねた。


「研究室にいらっしゃると思いますが、大分忙しいご様子でした。お急ぎなら私からお伝えしましょうか?」


「直接僕が行くよ」


「それはお断りします」


 強い口調でもなかったが、即答されて心にとげが刺さる。


「……なら仕事が終わるまで待たせて貰うね」


 自分のことは気にしないでいいと告げ、部屋の外の椅子へと腰掛けた。



 ……しかし、待てど暮らせど一向にセレーナが出てくる気配が無い。


(こんなことなら先に他を回るべきだったか?)


 心当たりがある部隊、ハルピュイアの哨戒部隊かゴブリン隊くらいだろうか。

 後は魔王城に取り残され、石となっている面々だ。


(そうか、黒魔術師たちは石化を解くための方法を探していて忙しいのか……)


 先ほどのグローの話では、厚意で魔王軍に参加してくれていたドワーフたちも石にされてしまったらしい。もしかすると魔王城に残っていたメンバーは全員……。


(くそぉ! ノブアキめっ!!)


 悔しさをめ、誰か研究室から出てくる度に顔を上げる。その時、きっと凄い顔をしていたのだろう。皆、アルムを見るなりギョッとして立ち去っていく。


(……っ! 寝てる場合なのか僕はっ!)


 今度は舟をこぎ始める自分へ平手打ちし、目を覚まさせる。

 そういえば今は、昼だろうか? 夜だろうか?

 外が見れないため見当もつかない。


 と、その時また研究室の扉が開いた。


『では中止でよろしいのですね?』

『潔く諦めましょう。片づけ次第こっちに来るよう皆にも伝えて』


 声とともにセレーナが出て来た。


「セレーナ!」

「あら、ごきげんよう」


 こちらを向くも、足早に立ち去られそうになる。


「待ってくれ! 忙しいのは承知の上で聞いて欲しいことがあるんだ! 少しでいい! 時間を割いてくれないか!?」


 慌てて追いかけ声を上げるアルムに、遂にセレーナは立ち止った。


「……すぐ済む話、というわけではなさそうね。一緒に来て貰えます?」


「ありがとう!」


 二人は足早に歩いて行き、突き当りにあった部屋に入る。


 広いフロアの中心には巨大な機械。その周囲に沢山の演算えんざん機が置かれ、黒魔術師たちが一心不乱いっしんふらんにボタンを叩いていた。


「セレーナさん! これを!」


 一人に呼び止められ、セレーナは演算機を覗きながら素早くボタンを叩く。


「惜しいけどハズレ」

「ああん……」


 他にも数人から呼ばれるも、いずれも首を振りながら奥へと歩く。

 やがて自分に割り当てられたスペースまで来ると、演算機の前で腰を下ろした。


「御覧の通り、一秒でも時間が惜しい状況でして。作業をしながらで失礼しますね」


「魔王城で石にされた者の救助のため?」


「それは先ほどあきらめました」


 驚くアルムに、セレーナは言葉を続ける。


「恐ろしく強い魔力による石化。その解除にはそれこそ神に匹敵する魔力の持ち主でないと不可能でしょう。今は異空間に取り残された者の救出に全力を注いでいます」


 そう言って一枚の紙を渡して来た。紙には魔王城に残っていた者の名前が記されており、石化して発見された者の名は横線で消されている。つまり、残っている名前は拡張された異空間内に取り残されていると思わしき者たちなのだ。


「空間の入り口が閉ざされてしまった、そういうこと?」


「ええ。魔王城祈祷きとうの間の魔力制御装置、及び大結晶が破壊されていました。修理のできるノッカーたちも石にされてしまい復旧は困難でしょう。現在我々にできるのは消されてしまった入り口の捜索。発見できる確率は0が9つ並びます」


 0が9つ。つまり0.000000001%……限りなく不可能に近い。


「そして、発見できたとしてもこちら側の空間に繋げることができるのか、中に居る者たちが生存しているのか、そういった問題もあります」


「早期に発見できても?」


「一度切り離された空間内の時間がどのように流れるのか、見当もつきませんから」


 演算機を動かしながら淡々と話し、置かれていた器に口をつけるセレーナ。

 煮出し茶が冷めてしまっていたのか渋い顔をした。


「代わりを入れるよ」

「あら」


 器を持って立ち上がるも、湯沸かしの場所がわからない。結局近くに居た亜人から聞く羽目となり、仕事の邪魔になってしまった。

 湯を沸かしながらアルムはフロア全体を見渡した。ここにいる亜人たちのしていることは、気が遠くなるほど絶望的な作業だ。


 それでも作業を続ける理由、それは仲間の命を助けるためなのか?


「はい」

「お気遣い感謝しますわ」

「魔王軍でもない僕に色々教えてくれたお礼」


 そう言って煮出し茶を入れた器を渡すと、少しだけセレーナが笑った。

 普段はポーカーフェイスな彼女が笑ったのだ。


「この程度のこと、軍師をしていた貴方に教えても大したことでもないでしょうに。それよりも、私に話があったのでは?」


「僕を魔王軍に迎え入れてくれる部隊長を探しているんだ」


「できるだけ詳しく、順を追って説明して頂けます?」


 アルムは遺跡に戻った後、ラムダに拘束されセスを人質に取られたことを話す。

 すると突然驚いたように作業を止め、眼鏡を正すとこちらを向いた。


「人質に、とられた?」


「あぁ。まさかラムダさんがそんな真似をするとは思わなかった……」


「いえ……、あ、ごめんなさい。続けて下さいな」


 慌てたようにセレーナは演算機へと体を向ける。


 少し違和感を感じたアルムだったが、続けてラムダと賭けを始めたこと。ブルドやグローと会話した内容について話した。


「ブルドさんがそんなことを?」

「全然知らなかったよ。まさかセレーナが魔族四大魔将の一人だったなんて」


 ところが、セレーナは首を横に振った。


端折はしょり過ぎです。確かに私の父はそうでしたが」

「どういうこと?」


「父が勇者に倒され、穴埋めとして私が代役候補にあがったまでのことです」


 セレーナの父は四大魔将にして、召喚術に長けた召喚術士サモナーだった。セレーナは裕福な環境で育てられ、幼い頃から興味を持ったことは何でもさせて貰えたらしい。おかげで幼少期から高位魔法もいくつか唱えることができ、物心ついた時には自分なりの黒魔術理論を構築こうちくし、研究までしていたという。


 亜人と言えば貧しい孤児みなしごのイメージが強い。

 生まれる環境ひとつでこうも運命が変わってしまうものなのか……。


「返事を保留にしているうちに終戦してしまいました。私は誰かにあれこれ指図する立場より、自分で何か研究をする方が性に合っています」


「父さんの仇を取ろうとは?」


「さほど執着はしませんでした。戦争とは命の奪い合い、そういうものでしょう?」


 この言葉から、アルムはセレーナが周囲から一目置かれている理由を悟った。


「おかげでよく冷血な女だと言われますけど。……さて、そろそろ交代の時間です。あぁ、今日は徹夜をしてしまった……」


 もう朝だというのか!?


 豊満な肢体を惜しげなく伸ばすセレーナに、アルムは肝心の答えを聞いていなかったことにようやく気付いた。


「……それで、セレーナの答えは?」


「残念ですが、ご協力できません」


 ……まぁわかっていたことだ、仕方がない。


「やはり僕が頼りないからか?」


「もっと決定的なことがありました」


 決定的なこと、とは?


「ラムダ補佐官とのやり取りです。今後何をしたくてどうするつもりかという問い、アルム様は受け答えを間違えましたね。アルム様は魔王様の仇討ちをするために勇者を倒すのですか? 以前は人間の社会を変えるためだと伺いましたが?」


「それは……いや、以前と今の状況が違うだけで結局は同じことだよ。勇者を倒すことが彼女の仇を取ることになり、その後で人間社会の体制も変えるつもりだ」


 これにセレーナの目つきが少しきつくなる。


「私はまったく別のことだと思います。差し出がましいようですがアルム様、決めた指標がブレる者に人を導く資格は無いと思いますわ。少なくとも私ならついて行こうとは思いません」

 

「……」


「お力に成れず、申し訳ありません」


「……いや、仕事中だったのにありがとう」


 鋭い一言に、何も言い返せなかった。

 いや、むしろ言ってくれたことにありがたみを感じ、清々しさすら覚えた。



「最後に一つだけ、君が魔王軍に尽力する理由を教えてくれないか」


「ここがこの世で一番自由で、唯一生きていける居場所、だからでしょうか。恐らく他の者たちもそう思っているのでは?」


 アルムはもう一度礼を言うと、フロアを後にした。


 回廊へ出ると天井や壁の光が弱くなり、床だけがボーッと白く浮かび上がって見えている。幻想的で薄暗くなった空間を歩きながら、セレーナに言われたことと今までの自分とを比べ合わせた。


 魔王軍としての目的、それは勇者を倒すことに他ならなかった筈だ。

 しかし自分自身の最終的な目的、それは……。


(世の中の体制を変えるだと? 僕の目的は本当にそれなのか? それだったのか?)


 考えれば考えるほど、自分という者がわからなくなっていった。


(くそっ……!!)


 己に憤りを感じ、思わず壁を叩きつける。

 こぶしが擦りけ、血がにじんだ。

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