駆け引きと賭け
増設されたエレベーターに乗り、最下層を目指すラムダ補佐官。
「ご協力感謝しますぞ、セス殿」
到着するなりシャボン玉は割られ、中から緑色に輝く
「やい爺さん! あたしらを一体どうするつもりだ!?」
「セス殿が人質になったとなれば、アルム殿とて早まった真似はしますまい」
「はぁ?」
「地獄耳なのは貴殿だけで無いということです」
「へ?」
「ほっほっほ」
笑いながらラムダは自分の大きな耳を指さした。シャリアが体の弱いことをセスが盗み聞きしたように、ラムダもまたセスとシャリアの会話を知っていたのである。
失意のどん底に
「そんな回りくどいことして……。爺さん、あんた何か
「まぁまぁ。道中向かいながら話しましょうぞ」
(ん? なんだぁ?)
暗い最下層フロアを歩き出すラムダ補佐官。セスはいぶかし気に思いながら、また閉じ込められたら敵わんと警戒してついていく。
暫く歩くと二体の巨大な影。サイクロップスたちが立っていた。
(むむむ?)
まるで打ち合わせていたかのように、黙って巨人たちは前を歩き、ラムダ補佐官もその後に続く。この不気味な沈黙に耐えきれなくなったセスが口を開いた。
「……で、爺さんはアルムをどうするんだ? 煮て焼いて食うのか?」
「アルム殿にはもうどこにも安住の地など無いでしょう。そして、我々魔王軍もそれまた
「アルムやあたしもそこに住むのか?」
「それはアルム殿やセス殿次第ですな」
ラムダがアルムを処刑したり売ったりするつもりは無いようだ。
それがわかり、セスはひとまず安心する。
しかしおかしな話だ。以前セスもアルムから聞いたが、巨人の王は地上への干渉を拒むというではないか。そんな相手が
「この先、我々は危ない橋とて渡らねばならぬ日が続くでしょう。生き延びるため、そしてシャリア様を奪還するためにも手札を惜しまず切り続けるしかないのです」
「奪還!? シャリィが生きてるってこと!?」
「恐らくは。そのためならばこの命をも賭ける所存です」
「そのためならアルムも利用するってか?」
セスはラムダ補佐官の前に回り込み、正面から
「そんなこと、あたしがさせない……そう言いたいけど、シャリィが生きてることをアルムが知ったら、今のあんたと同じこと言うだろうね」
「そう思われますかな?」
「
「ふむ……。確かに
セスを気の毒に思ったのか、一考する補佐官。
「ではアルム殿にはシャリア様が生存していることを伝えず、その上で身の振り方を自分で決めさせるというのは如何ですかな?」
「……それでアルムが決めたことならあたしも反対はできない」
「ただし、セス殿にも少々協力して頂きますぞ」
「それは内容次第だね」
「うむ、結構」
双方納得がいく結論に達したようだ。
やがて一行は巨大な壁に突き当たると歩みを止めた。この壁の向こうに巨人たちが住まう世界があるらしい。
サイクロップスたちは両手を壁につき、押し始めた。
すると壁が奇怪な
「残念ですがセス殿は……」
「行かないよ」
感受性の高いセス、決して踏み入れてはいけない場所だとすぐ察する。
するとサイクロップスたちはセスの前に膝をつき、目線を合わせて来た。
「セズ。オレだち、ここでお別れ。ずっど魔王軍居だがったけど、出来なくなっだ。オレだち、王さまに謝っで盗んだもの返す。それでみんなの居場所、譲って貰う」
「オラだち全員、みんなで一晩考えだ。オラだちの中だげで決めだごど」
「え? どういう……?」
全員? 二人しか居ないように見えるが……?
言っている意味がよく理解できなかったセスだが、これだけはわかった。
彼らは自分たちの身柄と引き換えに魔王軍を助けるつもりなのだ。
「前にオラだち、ここで軍師に励まされだ。とでも嬉しがった」
「セズから軍師に『ありがとう』って伝えでぐれ。それど『負けるな』って」
「……そうなんだ。うん、わかったよ」
「彼らのことは
さぁ参ろうと三人は回廊を歩き出す。
開かれた扉は閉じ、元の壁へと戻った。
暗いフロアにポツンと取り残された緑色の光は、暫くその場に
(二つ分かったことがある。あのラムダとかいう爺さんからとてつもなく嫌な予感がする……。そしてあたしもアルムも、今はあの爺さんの言うとおりにするしかない)
考えたくないが、シャリアが勇者に捕まったのもラムダの筋書きなのではないか?
あくまで妄想に過ぎないが、余りに手際が良く、確信に近く思えてくる。
(あたしがアルムを守らないと! あたしが絶対に守り切るんだ!)
…………
アルムは辺りが明るくなったことに気付き、
(……寝てしまっていたか)
仮眠続きで十分な睡眠がとれていなかったせいだろう。しかしあんなことがあったばかりだというのに案外眠れるものなのだなと、自分のことながらに苦笑する。
体を起こし見回すと、ここは巨人の遺跡のフロア内では無いようだ。
目が痛くなるほどに白く、何もない空間──。
一体いつの間に、自分はどこに連れてこられたのか……?
『目が覚めましたかな』
声に反応するとラムダ補佐官がこちらへ歩いて来るところだった。
「ここはどこなんだ?」
「人の手が及ばない場所、とだけ申しておきましょう。それ以上のことを今の貴殿に伝える義理はありませんな」
突き放すような言葉に、アルムは眉間へと
「さて、アルム殿。頭も冴えたところで確認しておくべきことがありまする。それはこの状況下、今後貴殿が何をしたくて、どうするつもりでいるのかということです」
「そんなの決まっているだろ! 勇者を倒してシャリィの
「ほう、それは如何にして? 残った魔物を
「力無き者がおこがましいことを! 以前に申した通り、魔の王は絶対的な力と支配ありきの存在! その存在あっての魔王軍! どんなに戦果を挙げ活躍してこようと、貴殿はシャリア様の助力者に過ぎぬ! 身の程をわきまえるが宜しい!」
「他の誰かの助力者という立場で十分だ! 異界の機械でも何でもいい、ラムダさんはあいつを倒せる手段を何か知ってるんだろ!? 僕に勇者を倒させてくれ!!」
「そのために己の命を投げ出す覚悟は?」
「勿論あるさ!!」
「ならば賭けをしましょうぞ。今から貴殿は各隊の長に会って話し、一人でも貴殿についていくという者があったなら、再び魔王軍をまかせる立場を与えましょう」
「その言葉、本当だね?」
返事代わりに補佐官はアルムを檻から出し、手錠を外した。
そして一枚の紙を渡す。
「現在残された魔物たちは新居地に居りまする。この紙に地図が書いてあるので訪ねてみるのがよろしい」
躊躇いなく紙を受け取ると、作り出された別空間への入口に入っていくアルム。
(……やはり、今のアルム殿には無理のようですな)
立ち去る後姿を見送りながら、ラムダは目を閉じるのだった。
…………
天井だけでなく、壁や床が薄ぼんやりと光る奇妙な回廊。魔王城とはまるで違う、やや圧迫感を受ける空間の中を、アルムは地図を頼りに歩いて行く。
(誰から当たろうか……)
一番話の分かってくれて味方になってくれそうな人物、そうなるとブルド隊長辺りだろうか。考えながら歩いていると騒ぎ声が聞こえて来た。回廊を曲がった先の部屋からだ。
(ここは一体何の部屋だ?)
『来たぁぁ!! リーチ一発
『はぁぁ!? イカサマだろ!?』
『積み込みだ!!』
『エンカクだ!!(?)』
覗いてみると、どうやらここはプレイルームのようだ。暇を持て余したゴブリンたちが、ボードゲームやカードゲームに
(まぁ下手なことされて騒ぎになるよりはいいけど……)
いずれにせよ彼らでは話にならないと、その場を後にするのだった。
次に訪れたのは多目的ホールのような場所だった。覗くと床に武器や防具が散乱しており、それをコボルトやビッグラットたちが手入れしている。魔王城から運び出して来たものなのだろう。
部屋の奥を見ると、隊長のブルドとグローが腰掛け話をしているようだった。
丁度いい。あの二人ならきっとわかって貰えるだろうとアルムが近づく。
(あれ? あいつ……)
(
部屋の奥へと向かう際、魔物たちから奇特の視線を浴びる。なるべく気にしないようにしながら部屋の奥へ進むと、まずはブルド隊長に気付かれた。
「ん? おぉ、おめぇか」
「二人に話があるんだけど今大丈夫かな」
「オイラたちにかい?」
二人は作業していた物を持ちながら、部屋の更に奥の方へと移動し始めた。部下たちに会話を聞かれないようにするための配慮なのだろう、ありがたいことだ。
そこでアルムは、ブルドとグローに今までのことを話し伝えた。
「……成程な。おめぇも難しい立場になっちまったってことか」
「勇者を倒すため、二人には協力して貰いたいんだ」
だが二人は首を縦に振らず、腕を組んで難しい顔をし始めた。
「でもさ軍……じゃなくてアルムさん。勇者より魔王城に取り残された
「なんだって!?」
「余計なこと喋るな! こいつはもう魔王軍じゃねぇんだ!」
「あ、いけねっ」
ブルドに怒鳴られ、慌ててグローは口を塞いだ。
「……悪いがおめぇに協力するって話、うちの隊は保留にさせてもらうぜ。魔王様、つまり新しい軍の最高指導者がまだ決まってねぇんだ。それが決まらねぇうちは協力もできねぇよ」
なんということだ。しかも、一緒に勇者を倒そうと誓い合ったブルドから遠回しに断られてしまったではないか……。だがこれは無理もない話だった。
「次の最高指導者って、ラムダさんが一時的にやるんじゃないの?」
アルムの言葉に二人は顔を見合わせ、今度は大笑いを始めた。
「あの爺さんが魔王をやるって!? ハハハッ!まっぴらごめんだね!」
「ヴァロマドゥー様の時は『玉座の間の置物』とか『喋る石像』とか言われてたんだぜ!? そのくらい何もしなかった爺さんが魔王!? 冗談きついぜ!」
二人は涙を浮かべながら一通り笑い、ようやく落ち着きを取り戻した。
「まぁ冗談はさて置き、順当でセレーナさんが次の指導者になるんじゃないかな?」
「なんつったって、あの『魔族四大魔将』の一人だからな」
さらりとブルドは驚愕の言葉を発した!
セレーナが、先代魔王から重要視されていた魔族四大魔将の一人!?
「おぉそうだ。俺たちよりセレーナの嬢ちゃんから話を聞いてみたらどうだ?」
「セレーナさんがアルムさんに協力するなら、オイラたちもそうするよ」
「わかった、そうしてみる」
しかし驚いた。亜人でネクロマンサーのセレーナが、まさか魔族四大魔将の一人だったとは。人は見かけに寄らぬと言うが、全く思ってもみなかったことだ。
(でもあのセレーナか……。説得できるだろうか?)
アルムは礼を言い、不安を抱えながらホールを立ち去った。
その後で、二人は再び道具の手入れを続ける。
「正直な話、もし魔王様が決まらなかったらブルドさんはどうするつもり?」
「ルスターク将軍みてぇに、うちのやつら連れて同族のいる隠れ里を訪ねるつもりだったがな。……やっぱり止めだ」
剣を磨き、ブルドは息を吹きかけた。
「俺たちじゃ勇者は倒せねぇ。だったら奴の指一本だけでももぎ取って、地獄に居るシャリア嬢への土産にする。それが俺の生きる道ってやつよ」
剣に
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