第二十二話 魔王の条件

敗戦軍師の末路は


 魔王が勇者に倒されて数日後……。

 その日、アスガルド東部は広範囲にわたって雪に見舞われた。


 ガーナスコッチの村、ある農家の畑にて──。



 ザッ……ザッ……。


 雪が降り続く中で、地主である老人と若い男が畑に穴を掘っていた。若い男の方は昨日この老人の家に転がり込んできたばかりだ。怪我をしているのか頭部が目の部分以外包帯で縛られている。

 ある程度掘ったところで土を丁寧に手で除けると稲わらが見えてきた。更に稲わらをかき分けると、そこに現れたのは里芋である。若い男は老人に言われ、埋めていた里芋を掘っていたのだ。


「袋半分くらい詰めたらまた戻しておいてくれ。すまんな、もうワシも年じゃで」


「……」


 若い男が言われた通り土を戻し始めると、複数の人影が近づいて来た。


『爺さん、こんな天気に何しているんだ?』


 勝手に土地に入りこみ、不躾ぶしつけな言葉を発してくる男たち。見ると鎧をまとい手には槍、兵士のようだ。


「蓄えとった芋を掘り起こしていたところじゃよ。……どちら様かな?」


「俺たちはセルバから見回りに来た」

「お尋ね者を捜し歩いているんだ。この人相書きに見覚えは無いか?」


(……)


 老人は人相書きを渡され、目を細める。


「……見ない顔じゃな、村の者では無いだろう」


「この男は魔王軍に手を貸した罪で手配されている。……爺さん、そっちの男は?」


 言われ、包帯の若い男は一瞬ビクリとした。


「こいつは昨日ワシが倒れているところを助けたでな。病気のようだが今朝ようやく熱が下がり、この通り野良仕事を手伝って貰っとるんじゃよ。人相書きの者とは関係ない」


「さっき村長を訪ねたが、ここ数日間、村に余所者は入れていないと言っていたぞ」


「この雪じゃで。まだマクガルさんには話していないんじゃよ」


 老人は慌て包帯の男をかばった。


「……確かめさせて貰う。こっちも仕事でな」


 兵士らは強引に嫌がる男を捕まえ、包帯を外し始めた。


「止さんか! 可哀そうじゃろ!」


「あっ!」


 包帯の下から現れた顔を見て、兵士たちはギョッとした。赤くむくんだ男の顔には吹出物ふきでものが出来ており、額から黒い髪が垂れている。とても人相書きの特徴とは似ても似つかない。


「うー、うー……」


 男は悲しそうなうなり声を上げた。


「この通り言葉もろくに喋れんのじゃ。……あぁ怖かったのう、大丈夫じゃぞ」


 老人が再び男の包帯を巻こうとした時、更に兵士が詰め寄った。


「その頭からあごにしている包帯もとって見せて貰おう」


「もうええじゃろ、お役人さん方。こんな雪の中じゃ、お互い病気になっちまうで」


 そう言って手を伸ばした兵士に何か握らせる。銀貨だった。


「……まぁ確かに。じゃあ俺たちはこれで帰るとするか」

「こっちだけでなくセルバの方も見回らんといかんしな」

「爺さんもむやみに余所者を入れないほうがいいぞ」


 兵士たちは冗談を言い合いながら去って行った。

 その姿が見えなくなると、老人は男に包帯を巻いてやる。


「……すみません、おじいさん」


 唐突に男が小声で喋ったではないか。


「気にするな。さ、帰るぞ」


 老人の後に続き、男は袋を背負って歩く。


 この男こそ、変装した元魔王軍軍師、アルムであった。



…………


 さかのぼること更に数日前。魔王を打ち取られ絶望のどん底に突き落とされた魔王軍であったが、それも束の間だった。一度敗戦を知っている古参の魔物たちは、アルムの指示を待たずやるべき事のため動き出す。


 ブルド隊はビッグラット部隊とともに魔王城内の捜索。セレーナは黒魔術師たちに命じ、その補佐へと回る。ハルピュイアたちは付近を警戒すべく飛び去って行った。

 他の者たちは一旦巨人の遺跡へと引き上げることにする。ボヤボヤしていては人間たちがこの城へと押し寄せてくるのは明白なのだ。


(……アルム、今は辛いだろうけど一度遺跡に戻ろう)


 セスはアルムのために黒魔術師たちを連れて来た。


 そして、アルムは……。



…………


 ガシャン!!


「ラムダさん!! どういうつもりなんだ!?」


 巨人の遺跡に着くなり、ラムダ補佐官から魔法の手錠をさせられたアルム。

 更には地下中層にあった檻へと閉じ込められてしまったのだ!


「どういうつもり、とは? アルム殿はご自覚が無いのですかな?」


「自覚だって!?」


 突然ラムダは目を見開き、檻の中のアルムをにらんだ。


「いかな理由あれど貴殿は魔王軍を敗北に導いた、いわば大罪人ですぞ!? 魔王軍が敗北すればこうなることは、貴殿も重々じゅうじゅうに承知しておったはず!」


「それは……!」


 戦犯、というやつなのだろう。

 確かに敗北の責は全指揮をっていた軍師にある。


「おい! アルムをこっから出せ!」


「よ、止せ!?」


 ラムダは指でシャボン玉のような物を作り出すと、飛びかかってきたセスを素早く閉じ込めてしまった。


「止めてくれ! セスは関係ない!」


「いいえ。貴殿のその慌てよう、セス殿には十分人質の価値があるかと」


「人質!? そんなことしなくても僕は逃げたりしない! だからセスを!!」


「果たして本当にそう言い切れますかな? ともかく貴殿は暫くここで大人しくしておられるように。妙な真似をされればセス殿の身柄を人間に引き渡し、明日の我々のかてとなっていただく」


「そんなことできるわけない。……冗談、だよね?」


「お忘れですか? 我々は魔王軍ですぞ? では後ほど」


 シャボン玉の中で暴れるセスを掴み、ラムダはどこかへ行ってしまった。

 恐ろしく広い中層フロアにて、小さな檻に入れられたアルムは一人となる。


(……大罪人、……咎人とがびと、か…………)



 昔話の中の咎人は、姫を助けるために魔人となった。


 しかし今の自分はどうだろう? 神の加護を受けた勇者に盾突き、魔王は打ち取られ、守るべき姫を失ってしまった。魔物から罪人とみなされ、人間からはお尋ね者になっている。


 こんな自分を、一体どこの誰が救ってくれるというのか……?


(くそっ……くそっ!!)


 涙と悔しさがこみ上げ、手の中で爪が刺さった。



『アルムッ』


 うなだれ座り込んでいたアルムは突然誰かに呼ばれた。暗いフロアの中を見渡すと小さな影が目に入る。ファーヴニラの子、ジークフリードだった。


「ここで何してるの?」

「……これも僕の仕事なんだ」

「ふーん?」


 力なく笑いかけると、ジークは檻の隙間すきまから中に入ってくる。


「ところでアルム、ママ知らない?」

「え?」

「探したけど、どこにもいないの」


 アルムは血の気が引き、返答にきゅうする。魔黒竜ファーヴニラは勇者の手によって石にされた。この無慈悲な事実を生後一年にも満たない赤子に伝えることは、とてもじゃないができなかった……。


「ママもお仕事なんだ。そのうち帰って来るよ」

「そっかぁ……。あ、マードルだ」


「え?」


 言われ、耳を澄ますと確かに複数の足音がする。

 暫くするとカンテラをたずえたマードルとルスターク将軍が現れた。


「アルム坊ちゃん……」

「マードル、ルスターク将軍……」


 互いになんと声を掛けて良いかわからないでいると、ルスタークが口を開く。


「アルム殿、本日で我らリザードの民は魔王軍を撤収致します」


「え!?」


 寝耳に水である。


「残念ですが魔王様が居なくなった以上、我々の居る理由が無くなりました。それにこの寒波では我らの力が発揮できません。今は食料の調達も難しく、口減らしも必要でしょう。……どうかお許し願いたい」


「で、でもどうやって里に?」


 ここからリザードマンの里は恐ろしく遠い。何より彼らは長であるルスタークの兄に見切りをつけ、故郷を飛び出してきた身だ。例え帰れたとしても受け入れられるのだろうか?


「セレーナ殿たちに送って戴けることになりました。兄は私が説得すれば何とかなるでしょう。心配はご無用です」


「……そっか。今までありがとう将軍。皆にもよろしく伝えて欲しい」


 正直ここまでこれたのはリザードマンたちの活躍あってのことだ。それだけに余りにも惜しいが、今のアルムにはどうすることもできなかった。


「坊ちゃん、あっしは残らせて貰えることになりやした。帰れない他の仲間やファーヴニラ様のこともあるので……」


「マードル、ママどこ?」

「ジークフリード様!?」


 アルムは檻越しからジークを引き渡した。


「ではアルム殿、お達者で」

「坊ちゃん、暫くご辛抱を。あっしからも補佐官殿にはよく頼んでおきやす」


 二人はジークを連れて行ってしまった。


「マードル、アルムはお仕事なんだって。ママもお仕事?」

「そうでやすね。お戻りになられるまで、いい子で待って居やしょうね」


 そして、辺りは再び静まり返る。

 静寂に耐えきれなくなり檻を掴むも、力ではビクともしなかった。


(僕は余りにも無力だ……。僕にも力があれば……)


 どんな代償を支払ってでもいい。

 ここを抜け出し、勇者を倒すほどの力があれば……。


(シャリィ……、今なら命だって差し出しても構わない……だから……)


 何度も心の中で魔王の名を呟くも、その祈りは誰にも届くことはなかった。

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