第2話 報酬

 今日の給食は愛美ちゃんが楽しみにしていた牛丼だ。

「私、卵、持ってくるの止めたのよ、コレステロールに悪いって言うじゃない」

「コレステロール、気にするの早くない?」

ごもっともな事を瑠璃ちゃんが言う。愛美ちゃん、目を真ん丸にして聞いてる。

「っていうか、その情報古いよ。コレステロールに卵を食べる量は関係ないってテレビで言ってた気がする」

凌馬くんが大きな口をあけ牛丼を食べながら言う。

「えっそうなの! やられたわ、青木に騙されたわ」

「青木って誰?」

「家の若頭よ」

「なるほど」


「ここのテーブル、一緒に牛丼食べていいですか?」

担任の宮井先生である。年齢30代後半、男性で穏やかな印象の先生である。


「どうぞ。あっ先生、生卵ありませんかしら?」

「生卵?いや、ないけど?」


「牛丼に生卵入れたいんだって」

凌馬くんが説明する。

「池田さんって、そういう個性なんだね。面白いね」

池田というのは愛美ちゃんの苗字だ。

「誉め言葉と受け止めていいのかしら?」

「はい。」

「了解ですわ。生卵なくても美味しいわ」

愛美ちゃん、生卵は持ってこなかったけど、紅しょうが持参してうっとりした顔で牛丼を食べている。先生との会話より牛丼に集中している感じ。


「あのね、実はちょっと相談があるんだ。藤本君って知ってますか?」


「誰ですか~?」

凌馬君は知らないみたい。

私は少しだけ知ってる。入学式、髪が虹色だった人。

それから彼の事をつい好奇心から眺めていた。

髪の色は1週間位で普通の茶色になった。

彼が、誰かと話したりしてるのを見かけた事がない。

その頃私自身、友達できるかドキドキしてたから、彼のいつも一人の存在は、少しの安心を与えてくれていた。

そのうち、凌馬君や瑠璃ちゃん愛美ちゃんと仲良くなって、彼の存在は忘れかけていたけど、時々「どうしたんだろう?」少しだけ気になったりしていた。


「私、知ってます。小学生、中学生と同じ学校でした。中学で話したことは一度もないけど、噂で中1の頃不登校になったと聞いたことあります、小学生の頃はすごく明るくて勉強もスポーツも優秀だったから、何で?と思った事があります」

瑠璃ちゃんは、藤本君と同じ学校だったらしい。


「うん、そうだったんだね、先生も中学の頃から不登校気味なのは知ってるけど、小学の時の事は知らなかったよ」


「で?先生、何の相談?…。俺は、その藤本君に何かしてあげるとか、そういうの何かすきじゃないな、藤本君の友達になってくれとかそういうことでしょ?」


「うん、そんなような事になる、のかな」

そう言いながら先生は何か考えている。そして一気に語りだした。


「先生もどうしたらいいかわからないんだ、ただね、藤本君は定時制高校に来たんだよ、だから、本当はここで頑張ろうと思ったんだよ、その気持ちを大切にしてほしいんだよ、僕はね、学歴が全てとは思わない。だけど学歴がないと自分の思う生き方ができなかったり、選択の幅がせばまる、悔しさとか惨めさとか感じるかもしれない。若い頃はわかってるけど本当の意味でわかってない。もったいないでしょ、権利があるのに使わないのは。だから、藤本君に学校来てほしいんだよね。で、どうしたらいいと思う?」


「えっ??それ、先生の仕事でしょ」

びっくりした。熱く自分の思いを語った後に、先生は私達に問題を丸投げした。

要するに藤本君は学校にこなくなって2週間位たつらしい。

先生もどうにかしたいが、どうしたらいいかわからないらしい。

ちょっと先生としていかがなものかとは思うし、どうにかすることなんてできるのだろうか?先生のどうにかしたい気持ちはわかる、方法はやっぱりわからない。

まとまらない考えが、ぐるぐるしている。


「わかったわ、藤本君とやらを学校に連れてきたらいいのね、頼んでみるわ」

「誰に?」

「青木よ、卵のコレステロールは騙されたけど、青木なら連れてくると思うわ、どんなもめ事も納められなかったことはないのよ」

愛美ちゃん、それはどうかと思うよと心の中で思った。多分、凌馬君も瑠璃ちゃんも同じ事を思っている。

若頭に頼むのはまずい。

何も知らない先生が、

「青木さんって誰ですか?」

みんな声を揃えて、

「若頭。」

若頭? 先生がきょとんとしてるから、凌馬君が愛美ちゃんの家の事を説明した。

先生、少し刺激強かったのかちょっと逃げ腰。多分、とんでもないところに相談してしまったと後悔始まってることだろう。

凌馬君、ちょっと意地悪そうな顔で、先生を見ている。先生の多分後悔しているであろう心の声、先生の表情で伝わってくるのだ。

「先生、ちょっといいかな?愛美の家の職業で、そういう態度止めてくれる?いろいろな生き方があって問題ないでしょ、先生、変な先入観で今愛美の事、俺達の事見たでしょ。何か気分よくない、謝って」

凌馬君、いつもわりとだいたい優しいのに、地雷を先生が踏んだらしい。でも私も凌馬君に賛成だ。

そんな中愛美ちゃんが、

「ちょと待って! 私の家の事ですわ。そんなに凌馬が熱くならなくってよろしいわ、私を怒らせることができるのは私の思想だけなの、先生は私の家柄が怖いのでしょ、結構なことよ、嬉しいぐらいですのよ、誰かに怖がられるなんて、私の家では最高に喜ばしい事よ」

何か、愛美ちゃんの言ってること、筋が通ってる。話の内容に合ってるし言い分も筋が通ってる、そんな事は珍しくて、ちょっとびっくりした。


「ごめん、先生が悪かった」


「よろしくってよ、先生、私、藤本君の事、引き受けるわ」

先生は、喜ぶでもなく、断るでもなく呆然と私達を見ている。

「俺も協力する、愛美、だけど青木さんに頼むのはなしだよ」

「そう、いいわ、自力でやりますわ。…。先生、うまくいったら、アスバーガーの照り焼きチキン目玉焼きのせスペシャルセット、皆さんにご馳走してくれるかしら?私、ただ働きは嫌なのよ」

愛美ちゃんは、ニヤッと笑いながらそう言った。

私達は、藤本君を学校に連れて来ること、先生と契約のようなものをした。

私と瑠璃ちゃんは何も意見は言ってないが流れで藤本君を学校に連れてくるミッションに参加することになった。

先生は複雑そうな顔をしている。

愛美ちゃんは、このミッションが気に入ったらしく、ご機嫌な様子だ。

そして私達の藤本君を学校に連れてくる方法を考えた。名付けて藤本君ミッションらしい。名付けたのは愛美ちゃんである。愛美ちゃんらしいネーミングである。

瑠璃ちゃんの意見で、夕方学校行くとき藤本君の家にいくという案を出した。凌馬くんがちょっとありきたりすぎない?と言ったが、他に方法が思いつかない。シンプルが一番よ。と愛美ちゃんも言う。

「ナナはどう思う?」

急に凌馬くんに意見を求められ、焦る。思わずこんな事を言っていた。

「自分が学校来るので精一杯、誰かを助けるなんて、荷が重すぎる」

私、本当の気持ちを思わず言っていた。いつも周りに合わせてばかりで生きてきた。凌馬くんや愛美ちゃんや瑠璃ちゃんと一緒にいる間に、本音が言えるようになっていた。いや、たまたまかもしれない。


「うん、そっか、じゃあしょうがない」

凌馬くんがそう言う。

「凌馬、何がしょうがないの?ナナも一緒にミッションするのよ」

「うん、そうだよ、もちろんナナも一緒にミッションするよ、じゃあ、学校に誘う係りは、愛美とナナになるね、俺も瑠璃も仕事あるから、学校始まる時間ぎりギリギリなんだよね、そういうことでいい?」

確かに凌馬くんや瑠璃ちゃんは仕事あるからわかるんだけど…。と思っていたら愛美ちゃんが、

「え~、ではこのミッションは私とナナでするようなものじゃないの! 何かスッキリしないわ! そうね、いいわ。そのかわりアスバーガーの照り焼きチキン目玉焼きのせのスペシャルセットは、私とナナで2セット分づつ、頂くわ。スペシャルセット二人分頂けるのならスッキリするわ、いいかしら?」


「スペシャルセット、量あるよ、大丈夫?」

「大丈夫よ、若い衆と食べ放題行っても誰よりも食べてるもの、余裕だわ」

「私、藤本君のミッション参加したいし、スペシャルセットまだ食べた事ない」

「瑠璃、あなたずるいわよ、スペシャルセットが目的ね」

「違う! スペシャルセット食べたいけど、ミッションも参加する、スペシャルセットは前から食べたかったの」

「やっぱりスペシャルセットね」


「あ~あ、ナナ授業始まるから行こっか?」

「…うん」


愛美ちゃんと瑠璃ちゃんの話題のスペシャルセット、実はこの前買ってきて食べたのだ。私も気になってて、持ち帰りで家で食べた。照り焼きチキンに目玉焼きがのってることで、黄身のまろやかさとチキンのたれの甘さでとても美味しかった。

そんなこと言ったら、余計ややこしくなりそうだったから言わないでおいた。

それよりも、愛美ちゃんと二人で藤本君ミッション、ちょっと心配。愛美ちゃんは、真っ直ぐで面白いけど、よく脱線する。その時、私しか軌道修正する人がいない。かなり自信がない。

藤岡君ミッションも自信ないけどもう1つ自信の無いものが増えた。ハードル上がった。困ったなあなんて思っていた。


結局私達は、藤本君ミッションはみんなですることにした。

凌馬くんも瑠璃ちゃんも仕事の後、家によらず学校に直行すれば多少の時間の余裕があるとの事で、待ち合わせも藤本君の家の前にした。

藤本君の家は、学校から10分程で近かった。

学校の授業が始まるのが5時30分、藤本君の家の前に5時の集合、本当にギリギリだけど何とか学校も間に合うだろうとミッションが始まり出した。


ミッションというと何かカッコいいが、ただ藤本君の家に行き、声をかけ、学校に誘う位しか今のところミッションの内容はそんなところだ。そんなたいしたことないミッションにみんな何か少し盛り上がっていた。何かをみんなでするということは、いいものかもしれないと思い始めていた。

こんな事藤本君には悪いが、1つのイベント、お祭りみたいで、最初私達は、このミッションを楽しんでいた。不謹慎かもしれない、でも、楽しいって止まれないんだ。そんな事をふと思ったりしてもいた。



最初、愛美ちゃんとの二人のミッションになるかもしれないと不安もあったが、みんなで藤本君の家に行くことになり最初の不安も忘れていた。


「ピンポーン」

藤本君の家にみんなで行った。

やっぱり誰も出てこない。そんなにうまくいくわけないか…。

次の日も

「ピンポーン」

やっぱり出てこない。

「私、手紙を書いてきたわ」

愛美ちゃんがそう言って手紙をみんなに見せた。

愛美ちゃんの手紙、「藤本君、みんなで一緒に学校いきましょう。学校の給食なかなか美味しいわよ、今月の献立も入れておくわ」

愛美ちゃん、給食の献立、自分の好きなメニューに大きな丸がつけてあって、オススメと書いてある。何となく想像できた、愛美ちゃんらしい手紙だった。

玄関のドアに挟んで学校に行った。


「給食のメニュー?変な人達…。これで学校誘われても、行きづらいわ、行く気ないけど」


次の日もその次の日も私達は、藤本君の家に行ったが、反応はない。

私達は、収穫はないが行き続けた。

誰も藤本君の話はしないのに、誰も、もう止めようとか言わなかった。

私達は、藤本君の家に寄るのが日課になった。

季節もじめじめした梅雨に入った。

この季節は、本当に嫌いだ。毎年そう思いながら夏がく来るんだなあと思った。夏はすごく暑いけど、梅雨に比べたら、夏の方が断然いい。


その日も蒸し暑く雨も少し降っていた。

「俺、今日は、手紙を書いてきたんだ」

凌馬くんがそう言うと

「あっ、私も」

と瑠璃ちゃんが言った。

「見たいわ」

と愛美ちゃんが目をきらきらさせながら言う。

「駄目! 」

凌馬くん、瑠璃ちゃん声を揃えて言う。

「私の時は見せたではないの、ずるいわ」

「俺のは中身が濃いの」

「私も給食のメニューの手紙とは違うわ」

「二人ともひどいわ、私だって、給食のメニューしか書くことがない手紙を見せるの、恥ずかしかったのよ!」

「そっか、ごめん、でもこれは見せない」

きっぱり凌馬くんは、そう言って手紙を藤本君の郵便受けに放り込んだ。

瑠璃ちゃんも凌馬くんに続き郵便受けに放り込んだ。

「私の時は、ドアに挟んでおけばいいよって言ってドアに挟んで自分達は郵便受けに入れて、何か、嫌だわ」

結構絵細かいところまで

愛美ちゃんは見ていて、ふくれている。

私も本当は手紙の内容見たかったけど、愛美ちゃんみたいに素直に「見せて」はちょっとハードル高い。

こんなに一緒にいるけど時々、自分だけ仲間になりきれてないような気がしてしまう。やっぱり私は、まだまだ人との距離感が下手だと再確認する。


「今日の給食は、カレードリアにフルーツあえに牛乳よ」

愛美ちゃん、カレードリアが楽しみらしい。


「ここの席いいですか?」

担任の宮井先生である。藤本君の事を私達に丸投げした先生だ。

「どうぞ」

「藤本君、どうですか?」

「うん、毎日家に行ってるけど、進展なし」

「そうですか…。」


「今日のオススメは、カレードリアですよね?」

「そうよ、カレードリアよ」

「ええっ~! 」


愛美ちゃんの後ろに、不登校の藤本君が立ち「カレードリアですよね」なんて言っている。


「藤本君、おはよう」

「おはようございます」

シンプルな宮井先生と藤本君の会話。

「やっぱり、私の手紙の献立作戦が効いたのね」

愛美ちゃんが自信ありげにそう言うと、

「違います」

落ち着いた声ではっきり藤本君は答える。

私が想像していた藤本君と目の前の藤本君は、イメージが違ったみたいだ。私は勝手に不登校で引きこもりのイメージで、自分の考えとかはっきり言えるタイプではないんだと勝手に決めつけていた。

そしてそこにはほんの少し、不器用であろう藤本君に中間意識すらもっていた。

だから、少し置いてかれたみたいで、少し淋しい気持ちだ。

いや、少しの優越感すら持っていたと思う。目の前の藤本君を見てそんな気持ちに気づいた。結構私、心のちっちゃい嫌なやつだ。

藤本君は、私達とカレードリアを食べた。

藤本君は、普通に給食を食べ、愛美ちゃんは、どんなに今日のカレードリアが美味しいかを先生に説明している。

凌馬くんと瑠璃ちゃんは仕事の話を二人でしている。私は、そんなみんなを見ていた。そういう時、私は、みんなでいるのに、何か少し寂しくなる。


次の日から、私達の仲間に藤本君が加わった。給食もいつも一緒に食べている。

藤本君は、たくさんの話はしないが、賢い人なんだなあと感じていた。時々話す言葉は、いつも的を得ている。だから、少し知りたくなる。どうして不登校になったのか?どちらかと言えば、学級委員とかできそうなタイプに見える。だけど、そんなこと聞けない。


「どうしてあなた、藤本君は引きこもりをやっていたのかしら?」

やっぱり、愛美ちゃんは、我が道を行くタイプだ。私にとっての壁は愛美ちゃんには壁ではない。いつもそうだ。軽々飛び越える。最初びっくりするけど、彼女の心の中は私よりよっぽど綺麗だ。

「不登校ではあったけど、引きこもってはないよ、学校に行かなかったのは、うまく言えないけど、努力と報酬のバランスが悪くなったから、かな」


「あっ!!報酬、大変だわ、忘れてたわ、宮井先生踏み倒す気ね、アスバーガーの照り焼きチキン目玉焼きのせスペシャルセット食べてないわ!!!」

愛美ちゃんは宮井先生との契約を思い出した。私は本当は覚えていたけど、何か言ったら食い意地張ってるみたいで、言わなかった。

愛美ちゃん、宮井先生のところに、早速言いに行っている。

藤本君にした質問の答えより、愛美ちゃんの頭の中は照り焼きチキン目玉焼きスペシャルセットのハンバーガーの事で頭が一杯だ。

取り残された藤本君は、意味がわからずポカーンとしている。


「ねぇ、ナナさん、照り焼きチキンがどうしたの?宮井先生と何か関係してるの?」

「えっ!?あのね、実は…ご褒美なの」

私は、何か後ろめたくて、でも、嘘もつけなくて、凌馬くんや瑠璃ちゃん、知らん顔して、ちょっとずるい。

そこへ愛美ちゃんが戻ってきた。

「そうよ、藤本君が学校に来たら、アスバーガーの照り焼きチキン目玉焼きのせスペシャルセットを宮井先生にご馳走になるのよ、契約なの」

「はぁ~契約」

「そうよ、私、ただ働きは好きでないわ、頼んだ人は楽をして、頼まれた人はエネルギー使って、お礼だけ言われても、嬉しくないのよ、逆にやられた気分になるわ。私、そんなに甘くなくってよ」

「ふ~ん」

「何か言いたいことあるかしら?」

「ある」

「何?」

「エネルギーを使った人が報酬をもらうんだよね。だったら僕もその照り焼きチキン目玉焼きのせ食べる権利あるね、だって、学校に来るのに僕だってエネルギーを使っている」

「なるほどね、でも、宮井先生には自分で交渉してくださる?その交渉に私のメリットはないわ、それから、あなたの理屈のこねかた気に入ったわ。うちの組に入らない?向いてるわ、今の時代は、頭がよくないといけないのよ、あなたは頭がいいわ」

「組?」

藤本君は、愛美ちゃんのお父さんが組長で、この辺りで池田組、愛美ちゃんの家の事は、はかなり有名であるということを凌馬くんから説明を受けていた。

藤本君、真剣に話を聞いている。

「おもしろい」

藤本君の目がキラキラ輝いている。藤本君を知ってからまだ日は浅いが、こんなに楽しそうに目をキラキラさせている藤本君ははじめてみる。

「ちょっと、人の家の事情をおもしろがらないで頂きたいわ」

愛美ちゃんが珍しく冷静な雰囲気を出している。

「おもしろいよ、僕、勉強とかスポーツ、飽きてるの、愛美さんの家はおもしろいよ、知らない世界だ」

「ふ~ん、あんまり、私はおもしろくなくってよ」

「うん、組に入る。」


「えっ~」

藤本君が組に入ると言ったのを聞いて、みんな一斉に声が出てしまった。愛美ちゃんまで一緒に言っている。


「ちょっと待ちなさいよ、さっき、組に入らないか?と言ったけど、あれは冗談なのよ、組に入るなんて、簡単に言うものではなくってよ。大体の人は、この世界は敬遠するの、あなたもそうするべきよ」

愛美ちゃんが藤本君の発言におろおろしている。いつもみんなを振り回してる愛美ちゃんが、今は、押されている。


「僕は大体の人と一緒になりたくない、僕の人生は僕が決める権利がある。それに、僕は賢い。賢い人が必要なんでしょ?」


「あ~、めんどうだわ~、知らないわよ、好きにすればいいわ」

「はい、好きにします、組に入ります」


今日は藤本君の発言で愛美ちゃんが振り回されている。

何だかんだの話の後、藤本君が愛美ちゃんのお父さんと話をする展開になっていた。

組に入るのなら、「一度父に会って頂くわ」と愛美ちゃんが言ったのである。

そしてどういうわけか、私達も一緒に愛美ちゃんの家に行くことになっていた。

あさっての日曜日にみんなで愛美ちゃんのお父さんに会うらしい。



「ちょっと愛美~、俺、やっぱり、嫌だよ」

愛美ちゃんの家の前で凌馬くんが帰りたいと言っている。

私だって、こういう世界は、映画ぐらいでしか知らない。

よくわからない緊張をしている。

瑠璃ちゃんを見たら、わりと普通。

藤本君は目をキラキラさせてる。

愛美ちゃんは、前に映画で見たことのある、組長の女のえらく腹の据わった女優さんのような雰囲気を出している。私には、その姿が誇らしげにすら見えた。


「さあさあ、中へどうぞ。」

愛美ちゃんの家の若い衆?らしき人に促された。

長い廊下を歩いて一番奥の部屋に通された。

そこに愛美ちゃんのお父さんともう一人男性がいた。お母さんらしき人はいない。どちらが愛美ちゃんのお父さんか想像してみる。

一人は、もちろん年輩ではあるが、少年のような目をしている。

もう一人は、こちらも年輩ではあるが、いかにもそちらの世界の人という感じで怖そうだ。普通に考えれば、こちらが組長だろう。

でも、物事は、よくその逆がありがちだ。私はあの少年のような目をした人が、組長だと思った。

凌馬くんの方を見てみた。あんなに体に力が入った凌馬くんは初めてみた。相当な緊張をしているのが伝わってくる。いつも自分に自信のない私だが、凌馬くんのその姿を見て、何故か口元に笑みが出そうになってしまった。


「何がおかしいかな?」

ドキッとした。笑みがばれたかと思って、つい変な言い訳を。

「くしゃみが出そうになって…。ごめんなさい。」

「くしゃみぐらいしなさい。笑ったのはあなたではない。」

少年のような目をした怖い人が、静かな声であるが、言葉に意志を感じる話し方で言った。こういう人にはかなわないという感じを匂わせる話し方だ。

「ごめんなさい、ワクワクが押さえきれないんです」

藤本君が笑ったらしい。そして今、聞いてるこちらが頭が痛くなるような発言をしている。


「ほお~、わくわくが押さえきれないとは、変わった子だ、まあ、今の御時世、この世界に興味があるのも相当な変わり者だ、なあ、青木」

この人が組長だ。やっぱり、少年の目をしたような人の方だ。

青木というのは、愛美ちゃんの話に時々出てくる若頭だ。


「はい、いえ、とんでもございませんと言うか、なんて言うか」

青木さんは、組長さんの言葉にどう言っていいのか困ってるみたいだ。

確かに、「そうですね」とは、言いづらいと思う。


「組員には、女性は入れないんだよ。だから、2人が、採用ということにしよう。いやね、今は人手が足りないんだ、愛美から友達で組員になりたい人がいると聞いて、すぐ採用にしたかったが、愛美の女の子の友達にも会ってみたかったんだ。その辺りは私も父親だからね」

組長さんの話だと、藤本君と凌馬くんまで組員になることになっている。大変な事になっている。

それで、凌馬くんだけ顔面蒼白。他の人は、至って普通。

愛美ちゃんなんか、ちょっとうす笑いすら浮かべている。


「ちょっと…待って下さい」

「なんだね?」

「あのう、僕は、その、組員も素晴らしく、いや、でも、あの、僕は今、大工の見習いをやっていて、その、将来は立派な大工になりたいんです」

凌馬くんは、かなり焦って緊張もしてる。普段僕なんて使わないし、大工にそんなに力をいれてるとも聞いた事がない。

でも、焦って当然。

このままでは、組員になって、ここでの暮らしが始まる。

組員に入る最初の修行として、住み込みで炊事、洗濯、掃除当番から始まるらしい。

家政婦さん?お手伝いさん?みたいな事から始まる。

それに加えて、このなんとも言えない緊張の中で生活するなんて、ご飯も喉を通らなくなるだろう。

とはいえ、この緊張の中で、発言をした凌馬くんには称賛を送りたいくらいだ。


「あ~、そうだったのかい、愛美、2人ここに住むって聞いてたが、お前の勘違いなんだね?」

愛美のお父さん、組員さんの話し方はとても優しい。

普通のお父さんより一見優しそうに感じる。でも、そこには、なんとも言えない空気圧を感じる。

絶対に1ミリも動けないような、蛇ににらまれたカエルとは、こういうことを言うのだろうと思った。

愛美ちゃんは、この中で生活してきて、娘で、なんか、愛美ちゃんの真っ直ぐで、自分が強いのもこういうことなのかもしれないと思った。彼女にもかなわない。何かを争っている訳ではないが、そんな事を考えたりした。


「あのね、お父様、違うのよ、組員は1人だけで、もう一人一緒に住むのは女の子よ。私、お母様が家出してから少し時間を持て余してるの。だから、いいでしょ、お父様」


































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一人も好きでみんなも好き。 絹 さや子 @hana888

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