どこからが意識や感覚質と呼べるのか
笠井ヨキ
これはエッセイです
理科が好きだった。特に小学生の頃は、何でも面白く、仕組みもだいたい分かった。分からなかったのは、電気の仕組み。乾電池と豆電球を使った実験は、結果こそ出せたものの、まるで理解できなかった。今も理解したとは言いがたい。
銅線に、電気が流れる。すると豆電球が光る。豆電球から銅線を離すと消える。乾電池から離しても消える。現象は分かった。上っ面だけ。コイルだのイオンだのコンデンサだのが授業に出るようになっても、私には電気というものが掴めない。
かつて、電気とは明かりのことなのだと思っていた。今でも「電気つけて」なんて言う。カミナリが光るのもあったのだろう、幼い頃の私は【電気=光】くらいに思っていた。
命も、似たようなものではないかと思う。
人体は仕組みだ。起動が極めて難しく、再起動がほぼ不可能であることを除けば、豆電球の回路と同じ、ただの仕組みである。人間が「生きている」状態は、豆電球が「光っている」状態のようなものだろう。電子ではなく血液が酸素とともに流れる肉体。銅線を離すように血管を脳から離せば、命の光はすぐ消える。
意識は、生きている状態に付随する現象にすぎない。クリスマスに豆電球でイルミネーションを作るようなもの。サンタが動く演出がかわいい。これが意識。電源を切れば消えるし、人の身なら再起動もできない。
これまた小学生の頃、たまごっちが好きだった。学校に持ってきてはいけないというから、母に世話を頼んだ。母は立派にたまごっちを育ててくれて、たまごっちは毎回いい子に成長した。旅立ちのたびに泣き、涙をぬぐって新たな命を迎える。
そう、命。
これが命でなくて何なのか。
たまごっちは生きていると私は信じていた。当然意識もあると信じていた。ごはんを喜ぶ。不衛生だとつらそうにする。放置するとやさぐれる。ほら、生きているじゃないか。
誰だっただろう? それは「そう見えているだけ」だと言ったのは。生きていないと言ったのは。
そう言うその人を、私は疑った。話の内容だけではない。この人は生きていないのではないか、私に「そう見えているだけ」なのではないか。そう疑った。
疑問を持ってしまえば、ひとりに留まるはずがない。もとから人の感情などを読み違えやすい子どもだった。もとから「この人は喜んでいる」と私に「見えているだけ」なんて、よくあることだった。生きているかどうかなんて、その延長でしかない。
動くもの、動かないもの、家族も自分も友達も、生きているように見えるだけ。心が、意識があるように見えるだけなのかもしれない。同じく、意識がなさそうなものだって、私にそう「見えているだけ」なのかもしれない。私は物を捨てなくなった。持ち物を大切にするなどという可愛らしいものではなく、鉛筆の削りかすひとつひとつに意識の可能性を認め、ゴミと断じることなく全て残そうとした。捨てなさいという親の声も、そう聞こえるだけかもしれない。実力行使で捨てられたときは泣いて縋った。親はさぞ困惑したことだろう。すみませんでした。
感覚質も同じこと。
私に読めない行間を、母は読めた。私に読めない空気を友達は読めた。でも私に聞こえた「じでんしゃ」を誰もが「じてんしゃ」と聞き間違えた。改めて聞き直して本当に「じでんしゃ」と発音していたのが明らかになったときは、私を嘲笑ったことを詫びるよりも、紛らわしい発音を責めるほうに熱くなっていたように思う。そう見えるだけ。そう聞こえるだけ。そう思うだけ。
なんやかんやあって、今では「生きてなくてもいいじゃない」と思うようになった。意識があるなら尊重したいけれど、見るからに生きてる人の意識を尊重することすら上手くいかないのだ。どうせ家に強盗が来て「素直に死ね」と言われても私は生きた強盗を尊重しないだろう。そしてもしたまごっちを育て始めたら意識を認めて尊重するのだろう。生きたお客様のご要望も、たまごっちのおねだりレベルにしか叶えていない。サンマの開きに話しかければ情がわく。情はわくがサンマは食べる。
思考を重ねた結果、思考を丸投げして、私は日々を過ごしている。命に振り回されない生活は、気楽で自由だ。
こうして気楽に思索できるのも、肉体を割り切り、意識を信じず、感覚を諦めたおかげなのだから。
どこからが意識や感覚質と呼べるのか 笠井ヨキ @kasaiyoki
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