9 友達以上、正妻未満
本校舎を出た俺たちは、グラウンドを目指して歩き始めた。
野球部員達が練習している側の、小高いフェンスの間を抜けて、雑木林に足を踏み入れた。長らく手入れがされていないせいか、雑草が生えまくっていた。土色の獣道を15分ほど歩き続けると、小高い丘の上に、打ちっぱなしのコンクリート建造物が見えた。
「アレが旧校舎か……」
遠目で見てもかなり不気味だ。廃屋マニアとかが喜びそうな外観をしている。
しばらく歩くと、おそらく校庭と思しき広場が現れた。
「ちょっと待って」
先を行く網代木さんと風見くんを呼び止める。
「なんだ」
「ボヤ騒ぎの現場ってこの辺なんだっけ?」
「らしいな」
風見くんは周囲を見渡しながら頷いた。
「少し調べていっても良い?」
「なんでだよ……」
辟易した態度を取る風見くんに対して、網代木さんが微笑んだ。
「気になるの?」
「少し」
「わかった。メガネは先に行ってていいよ。ていうか先行け。邪魔だ」
網代木さんがツバを吐き出すジェスチャーをする。女の子なんだからやめなさい。
それを見た風見くんは肩をすくめ、鼻の上にシワを作った。
「へっ、お前らと一緒に行動するのなんてゴメンだね! 俺は先に旧校舎に行くことにした! あばよ!」
すげぇ死亡フラグを立てながら退場していく同級生に対して、俺たちは敬礼した。風見、生きよ。
風見くんが旧校舎へと続く急な上り坂の向こう側へと消えていくのを見届けてから網代木さんは、ニコニコ顔で振り返った。
「それじゃあ茂木、二人でイチャイチャしちゃおっか」
ブレザーのボタンを外し始める網代木さん。
俺はため息をついてそれを止めた。
「ボヤ騒ぎの現場捜査って言ったでしょうが」
「ええ!? ただの方便じゃなかったの!?」
網代木さんが目を広げて驚く。
「本気だよ」
「しょんぼり」
心情を表現した言葉と共に網代木さんが肩を落とした。
そんな彼女の頭を軽く撫でてから、俺は周囲を見渡した。
足元には雑草が生えまくっていて、ボールの一つも転がす事が出来そうにない。
「それにしてもすごい数の木だ」
背後に生える雑木林の木々を見てつぶやいた。
何処にでもありそうな針葉樹林だが、所々に真っ白な木々が混ざっている。
これは一体何の木だろう。その幹を撫でてみた。
すると、そばで見守っていた網代木さんがにっこりと笑った。
「シラカバだね」
俺は彼女の顔をまじまじと見つめた。
「ブナ目カバノキ科カバノキ属シラカンバ。標高の高い所に見られる落葉樹の一種だよ」
まるでバスガイドのお姉さんみたいに饒舌だ。
「物知りだね網代木さん」
「ふふん、なんてったって私は茂木専用のデータベースだから」
「は、はぁ……?」
俺が曖昧に頷くと網代木さんはハッとした顔になって、笑い出した。
「茂木専用ってなんかいやらしい……ぐふふふふふ」
「シラカバは標高の高いところに生えてる落葉樹なんだっけ」
突っ込むと面倒臭いので、あえて彼女の言葉を無視した。
「この辺の地域って山を削って作られた地形だよね」
「うん! 校舎の4階まで登ると水平線が見えるもんね」
「たまに船とか浮いてるよね。遠すぎてアリンコにしか見えないけど……」
そうつぶやくと、網代木さんは両手を組み、目をキラキラと輝かせながら、何処か遠くを見つめ始めた。
「夕日に照らされた海上を船の上から眺めたら……すごい絶景が広がっているんだろうなぁ」
なにこのロマンチス子……。
呆れかえって他の場所に移動しようとしていると網代木さんは、俺の袖口を掴んで、
「ねえ茂木。もしも全ての謎を解き明かしたら、私と一緒に世界一周海上クルーズの旅に出かけない?」
ぶっ飛んだ提案だなと思った。
俺が目を点にしていると、網代木さんは何を勘違いしたのか両手を広げて、
「旅費はもちろん、全額私が持つからさ」
さすがは金持ちだと感心した。でもそれは俺の心情に反する。
「断るぜ」
「えー! なんでなんで!」
駄々をこねる子供みたいに近づいてくる。俺はそれを手で制して、
「女の子に旅費を全部持たせるのはルール違反だ。俺も半分払う」
「茂木……好き」
網代木さんが急に目を閉じて俺の方に顔を向けた。
多分、ゴミが入ってしまったのだろう。俺は彼女の行動を全力で無視して周囲の調査を再開した。
「ボヤがあったのってこの辺りのはずだよね」
「え?」
いつまでも目を閉じたままの網代木さんに声をかけると、彼女は残念そうな顔をして近づいて来た。
俺は雑木林に程近い足元を観察していて、そこだけ地面が掘り返された痕跡があるのを見つけた。
「あ、ボヤがあったのってこの場所だね」
網代木さんが冷静な判断を下した。
「消火した際に上から土を被せたんだと思う。 ……少し掘り返してみる?」
網代木さんが俺の顔を覗き込んできた。それもかなり至近距離で。
彼女の匂いが鼻腔を満たしたせいで、頭がクラクラとした。朦朧とする意識の中で俺は首を縦に振って、彼女のそばから離れた。網代木さんは目をパッと輝かせると姿勢を正し敬礼した。
「あいさぁ!」
彼女は、制服が汚れるのなんてお構い無しに、素手で地面を掘り返し始めた。俺は慌てて彼女を止めた。
「ストップストップ。網代木さん、スカートに泥が付いてるよ」
「ほへ?」
「ほら、ここ」
俺は腰を屈めて彼女のスカートの泥を払った。まったく、世話のかかる女の子だ。
「よし、綺麗になった。 ……ダメだぞー網代木さん。網代木さんは女の子なんだから、もっとおしとやかにしていないと」
俺は立ち上がり、彼女の鼻先を指でつついた。
「あとは俺がやるからさ。そこで見ててよ」
俺は網代木さんを端へと追いやり、手頃な岩をスコップ代わりに、穴を掘り始めた。
しばらく掘り進めていると、黒い燃えかすのような物が現れ始めた。
「なんだこれ」
腰を落としてそれを拾う。表面についた土を払うと、何かの紙切れのように見えた。穴の中には他にも細長い木の枝のような物や、黒焦げの鉛筆なんかも埋められていた。
「燃やされていた物はこれだったのか?」
すると俺の動向を大人しく見守っていた網代木さんが少し顔を赤らめながら近づいて来た。
「見つかった?」
「うん。でも部室に戻ってよく観察しないと、これが何なのか分からないかも」
「そっか。じゃあ後でゆっくり鑑定してみようか」
「そうだね」
「ちなみに私の恋心の鑑定も」
「さてと次行くか」
「放置プレイ! 嫌いじゃないよ!! むしろ好き!」
うるせえクソガキだなぁ。
俺は彼女の尻を蹴り上げたいのをぐっと堪えて歩き始めた。
GOOD NEW YOUTH!/呪いの絵画 え @syotaroyasuura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。GOOD NEW YOUTH!/呪いの絵画の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます