8 通り魔とカリスマ

「というわけで新聞部では旧校舎の呪いを特集して、記事に書き出すことにしました。これが企画書です」


 翌日、網代木さんは至極真面目な企画書を製作してきた。

 でも冷静に考えて、こんな企画が生徒会の審査を通るはずがねーーー!


 なんだよ旧校舎の呪いの特集って。無茶があるだろ。誰が読むんだよ。


「……」

 副会長は冷めた顔をしながら企画書に目を通している。その形相と相まって、生徒会室はいつも以上に静かだ。時計の振り子が行ったり来たりする音だけが鳴り響く。


「オラ、判定はどうなんだよ、根暗オタクメガネ」

「少し黙っていて貰えますか、姑息イキリメガネ」

「あん!?」

 風見くんが副会長に掴みかかろうとする。しかしそれを網代木さんが制した。


「落ち着け、性根ど腐れメガネ野郎」

「ど直球すぎる悪口だな!!」


「読みました」

 副会長はテーブルの上に企画書を広げた。

 メガネのブリッジを押し上げ、ため息をつく。嫌な予感しかしない。


「判定は!」

 風見くんが訊いた。無理に決まってんだろ……。

「……いいんじゃないですか。コレで」

 副会長が企画書のタイトルを指先で叩いた。


「マジで!?」

「仮にも文化祭ですし……少しくらいハッチャケても別に構わないでしょう」

「なっ……」

 俺は、驚きのあまり言葉を失くした。


 だって、おかしくないか……昨日までは真面目に書いて来ないと突き返すと言っていた、あの副会長が、今日になって急に?

 どういう心境の変化なのだろう。

 俺の知る限り、菱潟則雄という男子生徒は掟の番人と比喩されるほどに規則に厳格で、遊び心のない生徒だったはずだ。そのせいで一部の自由主義的な生徒からは反感を買われているほどの真面目人間だったはず。

 その彼が、一体どうして――?


「よーし! それじゃあ早速茂木とイチャイチャ……じゃなくて、旧校舎の呪いを調査しに」

「ああ、その件ですが。現在旧校舎は厳重な施錠管理がされているので、中に入ることは出来ませんよ」

 ちっちっちっ、と舌を鳴らして、副会長の忠告を右に流したのは風見くんだ。

「平気だぜ。ちょいワル生徒達の間で噂になっている裏口を使えば」

「ああ、あの鍵の壊れた扉でしたら付け替えられましたよ」

「なにぃぃぃ!? 何故そんな余計な真似を!!」

「ボヤ騒ぎですよ」

 俺は耳を疑った。


「それって1ヶ月くらい前に起きた例の?」

「はい。あの事件を受けて教職員達が動き出しました。旧校舎全体の鍵を最新の物に付け替えたのです」

 副会長がテーブルの上で両手を組んだ。


「……それおかしくない?」

 不思議そうな顔でつぶやいたのは網代木さんだ。

「どういうことですか?」

 副会長は顔色一つ変えずに尋ね返した。網代木さんは前髪を一束握り締めると、視線を上方に逸らしながら自らの意見を述べ始める。


「だってボヤ騒ぎが起きたのはあくまで旧校舎前の広場だったんでしょ? 旧校舎の中でボヤ騒ぎが起きたとかだったら、鍵を全て取り換えるのにも納得できるけど」

「まあ、現場が現場ですから。再発防止のために旧校舎の鍵を取り替えた、という面もあるのでしょう……」

 どうも歯切れの悪い答えだった。


「他にも何か理由が?」

 ちょっと踏み込んだ質問をすると、副会長の眼鏡の奥で、何かが光った。

「詳しい事情は話せませんが、燃やされた物が旧校舎から持ち出された可能性があると判断しました」

「なるほど……それで」

 発火の原因が、旧校舎から持ち出された物だったとしたら、校舎の鍵を全て取り替えるのにも納得だ。

 俺が一人頷いていると、隣で腕組みをしていた風見くんが僅かに舌打ちをする音が聞こえた。


「どうすんだよ……実際に見ないことには調べられねえだろ」

「いや、実際に見なくても調べられるよね」

 できれば呪われた旧校舎になんか、行きたくないのが俺の本音だ。

「その件でしたら問題はありません。鍵は生徒会室で管理しています」

 そう言うと副会長は、背後に並んだロッカーの一つ。その中から小さなダイヤル付きの金庫を取り出した。右、左、右と副会長がダイヤルを回している最中に特撮ごっこを始める網代木さんのことは放っておこう。

 彼が解錠し終えると、金庫の中には大量の鍵が収められていた。それを見て、俺たち新聞部員は唖然とした。


「規則、ゆるくない?」

 そう呟いたのは網代木さんだ。

「我が校は生徒の自主性を尊重していますので」

 だからと言って、貴重な鍵を一学生風情に預けたりするだろうか?

「あのさ……なんかこの鍵……合鍵くさいんだけど」

 手渡された鍵を見つめて風見くんは訊ねた。すると副会長は顔色をひとつ変えずに、

「くれぐれも校舎の中に入る時は、教職員に見つからないようにしてくださいね」

「やっぱり合鍵じゃねーか!! なに無断でコピー品作ってんだよ!!」

「職権乱用! 職権乱用!」

 風見くんと網代木さんが鬼の首でも獲ったかのように猛抗議を始めた。

 すると副会長は面倒臭そうに、二人を諫めようと立ち上がった。


「言っておきますけど、私が作ったのではありませんから」

「じゃあ誰が?」

「それはまだ知らない方が良いでしょう」

 どういうこと?

 訳も分からずに、俺は首をかしげた。

「あ、それは古い方の鍵でした。こちらと交換してください」

 古い方の鍵も持っているのか……。

 俺達はいよいよ持って、生徒会という組織の闇を見せられたような気がした。


「とにかく……この件についてはあなた方に任せましたよ」

「は?」

 何処か懇願するような目つきの副会長は珍しい。というかこの人が下手に出て誰かにお願い事をしたりすることがあるのだろうか。

 そもそも何をお願いするというのだろう?

「では、そろそろ次の役員会議があるので」

 話はこれきり、といった感じで副会長は椅子に座り直した。

「あ、すみません。すぐに出ます」

 とりあえず、企画書を受理させるという当初の目的を達成することができたためか、網代木さんと風見くんは、大人しく生徒会室を後にした。

 それに続き、俺も部屋を後にしようとして、背後を振り返った。

「……」

 副会長が、何処か怪しげな表情で俺たちのことを睨みつけていた。

 背筋が凍った。



 南校舎4階の廊下を、階段の方角へ向けて歩いていく。

 網代木さんは落ち着きのない子供のように、ピョンピョンと飛び跳ねながら俺の隣を引っ付き回っている。何だか小動物みたいで可愛いのだが、どうにも俺は落ち着かない。

 やはり生徒会室でのことが胸につかえているのだろう。


「なんか、トントン拍子で進んでるんだけどさ……」

「俺の日頃の行いが良いからだな」

 どこがだよ。

 俺は風見くんに対して、心の中でツッコまずにはいられなかった。

 階段の手前に差し掛かり、そのまま角を曲がろうとしていると、絹のように滑らかで美しい黒髪を腰元まで伸ばした――お嬢様然とした女子生徒に声を掛けられた。


「貴方達」

 育ちの良さが滲み出た落ち着いた口調。喋り方までお嬢様そのものだ。

「生徒会長……」

 俺は思わず彼女の肩書きを口にしていた。


 白鳥院柚子。我が校の生徒会長にして絶世の美女。

 ファッションモデル顔負けのルックスと、抜群のプロポーションを誇る、我が街が生み出した、奇跡の子供。

 菱形則雄副会長に負けず劣らずのハイスペックぶりと、彼にはないアイドル性を兼ね備えた――化け物。

 単純戦闘力だけでも網代木さん50人分くらいの実力を持つ天の彼方の御人だ。


「今、生徒会室から出てきたわね。ウチに何かご用かしら?」

「ああ、いえ、その」

 あまりの美人っぷりに俺は言葉を詰まらせる。すると網代木さんは敵意たっぷりの眼差しで俺たちの間に割って入って来た。

「今から旧校舎を調べに行きます」

「おいっ!?」

 その発言はあまりにもど直球すぎる。

 俺は彼女を止めようとしたが、時すでに遅し。

「旧校舎?」

 白鳥院会長が首を傾げた。丸々として愛らしく――そして理知的な瞳に見つめられて正直、網代木さんのことが羨ましかった。

「新聞部の存続が掛かっているんです」

 網代木さんは敵意丸出しの声色で淡々と告げる。

 一体何を警戒しているのだろう。

「……あら貴女」

 生徒会長が何かに気づいたように声をあげた。そして俺の方を振り返る。

「それに貴方」

「お、俺ですか?」

 俺と網代木さんの顔を交互に見比べていたかと思うと、にっこりと微笑んだ。

「良いわね!」

 ……なにが?

 訳が分からなかったが、網代木さんの方はもっと訳が分からなかったのか、すっかり毒気の抜けた顔で俺の方を振り返った。

 生徒会長はそんな俺たちが面白かったのか、口元に手を添えて微笑した。

「あんまり、オイタをしちゃダメよ?」

 片目を瞑り、何処か官能的な声色でそう告げる。

「気をつけてね」

 俺たちの脇を通りすぎ、振り返ることもなくヒラヒラと片手を振りながら、生徒会室の方へ歩いていく白鳥院生徒会長。

 さすがは生徒会組織を束ねる人間だけあって、圧倒的リア充オーラを放ちながら呼吸をしていた。

「それにしても、エロい体をした人だ……」

 俺が鼻の下を伸ばしながらそう呟くと、白鳥院会長の後ろ姿を眺めていた網代木さんがぽつりと、

「茂木、アレ殺してもいい?」

「ダメに決まってんだろ」

 俺は即答して、スカートのポケットからカッターナイフを取り出そうとしていた網代木さんを抑えつけた。

 そんな茶番を見ていた風見くんは大きなため息をついた。

「とにかく行こうぜ。時間がなくなっちまう」

 それもそうだな。

 俺は頷き、網代木さんの手を握りながら、南校舎の廊下を歩き出した。



 しかしこの時の俺は、まさかあんな事件に巻き込まれることになろうとは、思いもしなかったのだ――。

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