7 眼帯の謎
「伊坂伊坂伊坂伊坂!!」
「こっ、この珍妙な笑い方はまさか!?」
振り返ると筋骨隆々の男子高生が立ち塞がっていた。
その姿を見た瞬間に血の気が引いた。全身にドライアイスが流し込まれたかのような感覚。
筋骨隆々の男子生徒はゆっくりとした足取りで近づいてくる。まるで漫画かアニメの中ボスのような佇まいだ。アレは、物語中盤で仲間になるタイプの動きだ。
いや、動きとかそれ以前に、外観からして色々とおかしい。右目に眼帯、左腕に包帯を巻きつけている。典型的な中二病だ。ここまで来ると中二病を通り越して伝統工芸のような様式美すら感じてしまう。
「見てしまったぞォ! 茂木マコトォ!」
「伊坂リョーマァ!! キサマァ!!」
俺は絶望に打ち拉がれた。よりにもよって、このタイミングで奴に見つかってしまうとは。
「まさか網代木優子と手を繋ぎながら乳繰り合っているとはなぁ……しかも通学路のど真ん中でェェァぁアアァ!!」
住宅街に響き渡る叫び声。もはやヘヴィメタのシャウトだ。
「うるせぇぇぇぇ!!! 誤解だヤメろ!」
狼狽える俺を見て伊坂遼馬は笑いだす。奴はいつもこうだ。
俺と網代木さんと、3人でクラスメートだった時から、伊坂は俺をからかっては面白がった。バスケ部に所属する人間みたいな男なのだ。
快活で人望に長ける。どちらかと言えば
何の因果か網代木さんと離れ離れになった後も、コイツと俺は同じクラスになってしまった。正直言って鬱陶しい。休み時間が始まる度に絡まれるのだ。俺の一番の心労の素だ。
俺がため息をつくのを見て、伊坂は豪快に笑い始めた。
「照れるこたぁねえだろ! 良いじゃねえか、若い男女が仲睦まじくゥ!!」
「違うっつってんだろ!! 俺たちはマジで……家族みたいな関係なんだよ!」
「お前らその歳で籍入れたのかよ!!! とんだお笑い草ダナァぁぁぁぁあえええ!!!」
伊坂が腹を抑えて笑い転げる。俺はもう、全身の体温が4度くらい上昇した。
「そうじゃねえよ!! 分かるだろ! 俺の言いたいこと何となく!! ニュアンス的にさぁ!!」
コイツは1年前の事件の当事者なのだ。それくらい知っていても当然のはずだ。しかし伊坂は立ち上がり、人差し指で涙を拭うと、
「“俺なんかの手でよければ、いつでも繋いであげるからさ”」
「やめろォ! ひとの声真似で恥ずかしい台詞を口にするのはヤメろぉぉ!!」
このまま車道に飛び出して世間とオサラバするか、本気で悩んだ。
「こんなところで何してるんだ……眼帯くん」
落ち着きを取り戻すため、虚勢を張って伊坂に尋ねた。
「いや、帰り道でお前たちが互いの横顔をチラチラと覗き見しながら歩いているトコを目撃してな」
「してねぇ!!」
「面白そうだから着けてきたんだよ伊坂伊坂伊坂伊坂!!」
この男は相変わらずのストーカー気質だ。俺相手には別にそれでも構わないのだが、他の人にどう接しているのか。少し心配だ。
「網代木さんとは誤解だ」
俺が訂正すると伊坂は鼻で笑って、
「お前がそのつもりでも向こうは本気だぜぇぇぁああ!?」
「なわけねーだろ」
「気付かなかったのかァ!? お前の隣を歩いていた網代木が、常に前髪のハネを気にしながら歩いていたのを!!」
どこまで細かいところを観察していやがる。本当にストーカーか何かなんじゃないか。
「寝癖が気になっただけだろ……」
「違うなァ!! あいつは癖毛やぞ!! 色気のない網代木が癖毛を気にするのなんて、よほど気に入られたい相手の前でだけだぁぁぁぁ!!!」
「んなバカな……」
「可愛いもんじゃねえかよ!! 好きな男の為に、なれない美容院に通うなんてなァあぁぁぁ!!」
「なんでそんなことまで知ってんだよ! マジでストーカーか!?」
なんかこれ以上コイツと話していると、俺の脳までストーカー的思想に毒されてしまいそうで、少し怯んだ。
「ていうか普通の音量で喋ってくれませんか? 近所迷惑ですよ」
「だってさ……テンション上げないと、俺のキャラって薄いでしょ」
「右目に眼帯つけてるような奴がキャラ薄くなるわけねーだろ!!」
俺は地団駄を踏んだ。
「で? わざわざ姿を表したってことは、何か用があるんだろ」
「ほう……鋭いな」
「なんの用?」
伊坂は真面目な顔になって俺を見た。あまりの真剣さに俺は思わず息を呑み込んだ。全身を硬直させて、衝撃の告白に備える。こいつがこんな顔をすることは滅多にない。つまりそれだけ重要な話があるということなのだ。
「……網代木とは何処までいった?」
くだらない話だった。
「どこまでもいっちゃいない!!」
「またまた。嘘をついちゃって」
嘘じゃないのにな……。
「一緒にお風呂には入ったよな?」
「入って……」
ないとも言い切れない出来事があったので、俺は言い淀んだ。
まずい。このことを伊坂に悟られてしまっては身の破滅だ。
「……なんのようだ」
語気を強めて話題を逸らす。すると伊坂は快活に笑って、
「今日はメカクレの子、来たか?」
理解するのに十数秒を要する質問だった。
メカクレの子? 誰だそれ、となってある一人の人物に思い当たった。
烏丸さんだ。あの子は常に片目を隠して生活している。ついさっき屋上で彼女の姿を目撃したが、それが一体どうしたと言うのだろう。
「来たけど……それがどうかした?」
「たまに新聞部に顔を出す女の子だと思ってな」
俺は首を傾げた。どうにも要領を得ない質問だ。
「以前、網代木と女性物の下着コーナーに居た件についてだが」
突然話題を変えられた衝撃と、プライベートを暴露された衝撃。二つの衝撃が俺を襲った。
「ち、違う!! アレは荷物持ちに付き合わされただけだ!!」
「もしも“どの下着が茂木の好み?”とか聞かれたのなら、覚悟しておいた方がいい」
「何を!?」
「まあ、俺の要件はこんなところだ。今日はイジれて楽しかったぜ」
「今日“も”の間違いだろ!」
俺の反論を無視して伊坂はケラケラと笑い続ける。自分のペースに巻き込むのが好きなタイプの人間なのだろう。俺はため息をついた。
見上げる空は薄紫色に染まりきっていた。何処かでジェット機のエンジンが通り過ぎていく音がする。しかし飛行機雲までは見えなかった。
「眼帯くん。一つ質問だ」
「はぁん?」
「眼帯くんの目から見て、網代木優子をどう思う?」
伊坂はキョトンとした顔をしていたが、不意に微笑んだ。
「良い女じゃねえか」
「1年前の彼女と比べて……どう思う?」
続けざまの質問に、さすがの伊坂も顔をしかめた。俺の質問の意図に気がついたのかもしれない。
「……随分と雰囲気が変わったな。以前のアイツは正直言って不気味だった」
「……そうだな」
俺は意味もなく自転車のグリップを握り弄んだ。ブレーキレバーを引き、
そして離す。止まった自転車にしたところで意味のない行動だ。
「アイツが明るくなったのは、お前のおかげだと思うぞ」
伊坂が俺の肩に手を乗せた。
「……果たしてそうかな」
「Uh-huh?」
唐突な外国人にも怯まず俺は続ける。
「時々、違和感を感じるんだ……1年前の事件で、俺は何か大切なものを見落としてしまったんじゃないか。あの時の事件はまだ終わっていない……そんな気がするんだよ」
「気にしすぎじゃないのか? 今の網代木は心の底から幸せそうに見えるぞ」
伊坂は快活に笑って、俺の肩に力を入れた。
「そうかな……」
「大切にしてやれよ」
「……分かった」
伊坂は肩から手を離して坂道を登って行った。その姿を黙って見届ける。
伊坂はあんな風に言っているけど、やっぱり俺には納得できないんだ。何かが引っかかる。何かを見落としている。
いずれ俺は……あの時の事件と再び向き合わなければ行けなくなるのかもしれない。そんな予感を覚えながら自転車を走らせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます