六
村のあちこちで、変異体たちの残骸が、差し込む日の光を浴び始めている。
村を覆うように、閉ざすように、重く立ち込めていた雲が晴れたのだ。
フィロルは、ぼんやりと、切れ切れな青い空を眺めていた。
しかし、その瞳に映る空は赤い。
紅の眼の周りに浮いた血管を、フィロルは、そっとなぞった。
少し離れた場所で、シスカが、通信機器に向かって話している。そして、その傍らには、髪飾りのついた、真っ白な輪がある。
ユリ、と呼びかけると、鈴はりんと鳴る。
抗体と共鳴したフィロルは、発症源が抹消されても、状態が戻らないでいた。いつの間にか変色していた目が、紅のまま固定されてしまったのだ。
シスカは驚き、何とかしてフィロルを正常な状態に戻そうと試み始めた。
フィロルは、シスカに、抹消者になりたい、と告げた。フィロルの中では、村を出て、抗体となったユリと共に、〈ドーム〉へ行こうという決心が固まっていた。
しかし、シスカは、それはできないと言った。なぜ、と問うと、辛そうな顔をして、口をつぐんだ。答えられないことなのかというと、顔を伏せて、
「執行員は――― Sign と、抗体と、悲劇と、その全てと、常に共に在らねばならないのです。一度その道を選んだならば、二度と戻ることはできません。それは、少なくとも、フィロル、あなたが歩むべき道ではありません」
そう言った。
その答えに納得ができず、なぜ自分は駄目なのか、と強く問うと、こちらをじっと見つめて、シスカは黙った。
その顔を見て、フィロルは、初めてシスカが力を使って見せた時に言った言葉を思い出した。
――普通の執行員は、このような姿ではありません。武器としてのツールを持っています。シスカが、特殊なだけです。
兵器そのものとして変化する体。変異体のような外見。『特殊』という言葉に秘められた何かを、フィロルは、聞かされてはいなくても、わかってしまったような気がした。
そして、それを背負うシスカが、フィロルのことを思って、思い止まらせようとしているのだということもなんとなくわかった。
それでも、フィロルは、譲らなかった。
もう二度と、ユリと離れたくない――もし抹消者にならなければ、抗体であるユリと自分との繋がりは切れてしまう。そうしたら今度こそ、本当の一人ぼっちだ―――そう思った。
抹消者となって、ユリと共に、 Sign という病を知っていきたかった。誰のためでもなく、自分のために。
村長の最後の姿は、フィロルの心の中に、消えない映像となって焼き付けられていた。
自分もまた、父と同じように、 Sign に囚われてしまったのかもしれない、と、思った。
「――〈ドーム〉へ――」
フィロルは呟いて、それから、もう一度、ユリ、と呼んだ。
りん。
どこか哀しげな、透明な音が響いて、やがて、空へと吸い込まれていった。
第一話/完
Sign 罹患世界で舞う少女 去河辺 @sharehead
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