Q.ぽんこつカップルの作り方を求めよ
由良くんと付き合うことになった――ということは。……当然ながら、彼氏彼女という、恋人という、カップルという、そういう関係になった、わけである。
優等生として、そして不良として、これはいかがなものなのか? と今更思いはするが、本当に今更だった。どうせ二人ともエセなのだし、エセ同士ちょうどいいだろう。
付き合うことになったことは誰よりもまずみなちゃんに言いたくて、帰ってすぐに報告した。おかえり、と出迎えてくれたみなちゃんに、ただいまの後に名前を呼べば、何もかもわかっていたような顔で笑う。
「おめでとう、かな?」
「……うん、ありがとう」
ぼろっとなぜか泣いてしまった私を見ても、みなちゃんは慌てたりしなかった。ただちょっとだけ眉を下げて、寂しそうな顔をして、それからまた笑う。
「でもまなのこと世界一好きなのは、私だからね!」
「うん、うん、私も世界一みなちゃんのこと好きだから」
「……それはどうだろう。あおくん私のこと大好きだからなぁ」
「えっ、白山くんに負けるの私!? 負けてないよ、負けないよ!?」
「うーん、どうかなぁ」
みなちゃんにそう言われてしまったのは悔しいし、白山くんと次に会ったときに愛想良くできる自信はないけど。それでも、くすくす笑うみなちゃんはすごくすっごく可愛くて、なんだかほっとした。
夕食は、この展開を予想していたかのようにお赤飯だった。正直恥ずかしかったが、嬉しい気持ちのほうが大きい。由良くんと付き合うことになったことに対してではなく、みなちゃんがそれを喜んでくれることに。
私だってみなちゃんが白山くんと付き合うことになったときは、確かに複雑な気持ちではあったけど、それ以上に嬉しかったのだ。ほんとのほんとに嬉しかった。今のみなちゃんはあのときの私と同じ気持ちなんだろうなぁ、と思って更に嬉しくなる。
ごはんもお風呂も済ませた後には、うらら先輩にメッセージを送った。
……私はきっと。うらら先輩のお話を聞いていなかったら、もしみなちゃんに何か言われたとしても、自覚もできず、告白もできず、ただただ現状に甘えて流されていただろうから。
だからみなちゃんの次に報告するのはうらら先輩にしよう、と決めていた。
程なくして返信がくる。
『ほんとに!?』
『嬉しい…!おめでとう!本当におめでとう!』
『今度お祝いに、4人でご飯にでも行こうね!』
続けて、ハートマーク全開の可愛い猫のスタンプ。
……四人でごはんって、それって、もしかしてダブルデートってやつですか!? わ、わぁ……そう思うとちょっと難易度が高いが、ぜひ行きたい。
『行きたいです!私は基本的にいつでも大丈夫なので、先輩方のご都合に合わせます』
『それから、本当にありがとうございました』
なくならないような、消えないような、そんな強い恋もあるのだと。そう語ってくれたうらら先輩みたいに、いつか私も誰かに話せたらいいな、と思う。
うらら先輩は『お礼言われるようなことしてないよ~!』なんて言ってきたので、『私は言いたいんです』と返しておく。ここまで言えばうらら先輩も、無下にするようなことはしないだろう。
案の定『それなら、どういたしまして!』とまた可愛いスタンプが届いた。You’re welcome!、という看板を持った、ほんわりした笑顔の女の子のスタンプ。……うらら先輩も今、こんな顔をしてくれているんだろうか。だとすれば絶対可愛い。やっぱり直接顔を見て報告したかったな、とちらりと思った。
翌日、私と由良くんは二人で登校した。最寄りが隣駅なのだから、通学路もその一駅分以外被っているのだ。付き合うことになったからには登下校は一緒にするべきでは? と由良くんと意見が一致したため、そういうことになった。
会う前は緊張していたはずなのに、電車の中で合流してからは、案外ちっともぎくしゃくせずに話すことができた。
……と、途中までは思っていたのだけど。
急に黙り込んでじっと見つめてきた由良くんが、また爆弾を投げてきた。
「好き」
照れもせずに放たれた唐突な言葉。思わずげほっと咳き込んでしまったが、仕方なくない!? こんなんテロだぞやめろ!
「な、何……!?」
「好きだなーって」
「いきなりすぎない!?」
「我慢しねぇで言えんの嬉しい」
「それはよかったね!?」
電車内でこんな会話するとかバカップルかよ。
さすがに電車内で返事をするのは嫌だったので、降りてから「私も好きですけどね」と言ってやれば、由良くんの顔がぽぽっと赤くなって、えへへとはにかまれた。今日も朝から可愛いなちくしょう。
ほぼ毎日教室に一番乗りだった私と、割とぎりぎりの時間に来ていた由良くん。今日は間を取って始業十五分前くらいに着くようにしたのだが、先に教室にいた風香と新開くんが、一緒に来た私たちを見ておっ、という顔をした。
「ついに……! ようやく! もしかして付き合うことになった!?」
目を輝かせてすっ飛んできた風香に、そういえば報告忘れてたな……と気づく。別に、どうせすぐ会えるんだし、わざわざその前に教えるのは面倒だったというわけではない。ないったらないのだ。
あはは、とちょっと照れ笑いしながらうなずけば、「おーめーでーとー!!」とテンション高く拍手された。
「ちょっ、やめて、目立つ!」
「目立っていいじゃん~、まなかと由良君が付き合い始めたって誰もびっくりしないよ」
「そうなの!? 私が今びっくりだよ!?」
「だよね、新開君?」
にこにこ笑顔の風香に話を向けられて、新開くんはうんうんと力一杯うなずいた。
「俺は昨日由良から教えてもらってたけど、ほんっとよかった……マジよかったぁ……。俺もう、なんで付き合ってねーの? って思うの疲れたもん」
「えー、そこがこの二人のいいとこじゃん」
「や、まあそうだろうけど、それにも限度があんだよ……」
遠い目をする新開くんに、由良くんが「すみませんでした……」としょんぼり謝る。二人はいったいどんなやりとりをしてたんだろう。気になったけど訊いても教えてくれなかった。
そこへ登校してきた理央ちゃんが、集まって騒いでいた私たち四人を見て小さく首をかしげる。
「何かあったの?」
「理央ちゃん! あのな、椎名ちゃんと由良がやっと、やっっと! 付き合うことになったんだってさ!」
嬉々として報告した新開くんに、理央ちゃんは一瞬不思議そうにして、それからふわっと笑った。
「そうなんだ、おめでとう」
そんな顔で笑う理央ちゃんを見たのは初めてだった。それは新開くんも同じだったようで、目を見開いてガン見している。見すぎだぞ新開くん……。いや、確かに可愛いけど。
「仲いいなとは思ってたけど、そういうことになるとは思ってなかったな。びっくりした」
「ほら風香! びっくりする子がここにいるじゃん!」
「理央ちゃんは特殊じゃんー」
むぅっと唇を尖らせる風香。……理央ちゃんが特殊、というのも否定はできない。新開くんにあそこまであからさまにアプローチされてても、まったく気づいてないくらいだもんなぁ。
だとすれば、私たちって自覚前からそんなに気持ちが漏れてたんだろうか。はっず!
内心でうわーっと思っていると、風香がにやにやしながら突っついてくる。
「今度でいいから色々教えてね? 教えてね?」
「あーはいはい、教えます。特に面白いことでもないと思うけど」
「まなかと由良君は存在自体が面白いんだから大丈夫だよ!」
何それ、と由良くんと二人して突っ込めば、「お似合いってことだよー」とごまかされた。さすがにそれとはなんか違うってわかるぞ……。
「由良、椎名ちゃんに愛想尽かされねぇようにな!」
「うん、頑張る」
「もう俺にクズじゃんって言わせんなよ」
「……頑張る」
だから二人はどんな話をしてたんだ。
「むしろ私が由良くんに愛想尽かされないように頑張らないとじゃないかな」
「え、なんで? オレが頑張んねーとじゃね?」
「だって由良くんひたすら可愛いから、愛想尽かせようがないし」
「それはこっちのセリフなんだけど」
ついそんなやりとりをしてから、はっとする。
やばい、ここ教室。幸い私たちの会話を聞いているのは風香と新開くんと理央ちゃんだけだけど、それにしたって教室でするような会話じゃな、い…………あれ。
でも私たちってこういう会話も割と前からしてなかった? ……あんまり意識して話してなかったから記憶が定かではない、ということにしておくが、なんかその、えーっと、うん、そんな、気がするような気がするな! うっそだろ。
衝撃の事実に思わず顔が引きつりそうになっていると、風香が吹き出し、新開くんが呆れ顔をし、理央ちゃんが微笑ましそうな顔をした。
「あっははははは、さいこー!」
「よかった、ちゃんと付き合ってるんだよな……マジよかった」
「仲良しだね」
はは、と乾いた笑いを返す。なんというか、新開くんにすごい申し訳ない。私たちのことで心労をかけさせてたっぽいなこれは。
そろそろ授業が始まってしまうので、それぞれの席に着く。始まる直前に由良くんの席のほうを振り返れば、目が合ってにこにこ笑われた。手まで振られたので、一応私も振り返しておく。前に向き直ると風香が私に親指を立てた。
「ナイスバカップル」
……バカップルにはならないぞ。っていうか、なりたくないぞ!? まだ手遅れじゃないはずだよね!?
* * *
放課後は、いつものように二人で講義室Eで勉強会をすることにした。私は字の勉強、由良くんは授業の復習。
普通教室からも校庭からも遠いこの講義室は、静かだ。だからなのか、なんだか二人きりだと思うとそわそわしてしまって、私も由良くんもいつもより口数が多くなる。
「昨日みなちゃんがお赤飯炊いてくれたんだよ」
「マジで!?」
「美味しかったー」
「……なんかこえーな」
「なんでよ」
とか、
「お姉ちゃんがしーなさん連れてこいってうるせぇんだけど、今度来る?」
「か、彼氏の家にお邪魔するのはちょっとまだハードル高いかなぁ。一回行ったあれはノーカウントで……」
「……彼氏」
「何にこにこしてんだよ可愛いな」
「なんで!?」
とか。
「そういえばみなちゃんがヒデに教えたっぽくてさ、昨日の夜いきなり電話かかってきたんだよね」
「……ふーん」
「すぐ切ったけど」
「切ったのかよ」
「だってわざわざ電話でするような話でもないし……あ、でも由良くんにこれ見せろって」
危ない、忘れるところだった。
ヒデとのトーク画面を開いて、目的のメッセージを見つけて由良くんに見せる。
『付き合う前にキスするような奴は信用できないって由良に言っといて!』
『俺にとってマナは大事な幼馴染なんだからな!』
見た途端、由良くんが変な顔をした。
「ヒデくんまで知ってんの……」
「ごめん、はっきり教えたわけじゃないんだけど、たぶん私のせい。……あのとき、みなちゃんにはヒデから連絡行ったんだよなぁ」
「うわー、幼馴染連絡網こわ……」
ちなみに私はまだヒデのことを許したつもりはない。みなちゃんには言うなって言って、はないけど、それくらい普通わかるじゃん! 幼馴染だからって甘えすぎだと言われればその通りなんだけど、まあその通りなんだけどさぁ。
なんとなくむくれて、いや今は由良くんと一緒にいるんだからヒデのことを考えている場合じゃない、と冷静になる。うん、ヒデがいい話のきっかけを作ってくれたことだし、訊いてしまおう。
「……あのときキスしたのって」
「へっ!? い、今その話!?」
「別にいつしても一緒でしょ、っていうか流れ的におかしくないじゃん」
そうだけど、としょぼしょぼした声で由良くんは言う。
「あのときも……私のこと、好きだった?」
「……そりゃあそうだよ。好きじゃない子にキ、キスなんてしないし、好きだって自覚する前にキ……スするとか最低でしょ」
エセ不良の由良くんではなく、素の由良くんの言葉だった。嬉しくて、同時に『キス』をつっかえずに言えないのが可愛いなぁ、と思って笑ってしまう。
「なんだよ……」
「ふふ、なんでもなーい。じゃあ寝ぼけてなかったってことだよね?」
「え、あの言い訳本気で信じてたの……? おれでも流石にあれはないなって思ってたのに」
「いきなりキスしてきた大馬鹿野郎にそんなこと言われたくないかな」
「うっ、ごめん」
ばつの悪そうな顔をした由良くんは、やっぱり未だに気にしているらしい。許したって言ったのになぁ。とはいえ、ここで気にしていなかったら由良くんではないと思うので仕方がない。
ふむ、とちょっと考え、それからにっと笑ってみせる。
「可愛いことしてくれたら許してあげましょう」
「バレッタで許してくれたんじゃねーんだ……」
残念、エセ不良に戻ってしまった。こっちはこっちで可愛いから別に残念でもないんだけど。
「それはそれ、ということで。はい、なんか可愛いこと」
「つってもオレ、可愛いこととかできねぇんだけど」
「本気で言ってるから怖いんだよな、由良くん」
「なんで怖がられてんの……」
天然でやらかすから怖いのだ。少しはこっちの身にもなってほしい。
うーん、と首をひねる由良くんは、なんだかんだ言いつつ私の無茶ぶりに応えてくれようとしているらしい。自分から要求しておいてあれだけど、普段可愛さを狙わずに可愛い由良くんが、狙って可愛いことをしたらどれだけ可愛いんだろう。……もしかしてこれは、やばい要求をしてしまったんじゃないか?
どきどきわくわくしながら待っていれば、由良くんがぴこんっと豆電球が出たような顔をする。
緩く握った手をおもむろに上げ、片方は頬の近く、もう片方は胸くらいの位置で止め、軽く首を傾ける。
「にゃ、にゃー?」
……。
…………っ。
………………っかわ、いい。かわ、かわ……わ……可愛い……。あっざと……。
「わたしがわるかったです……」
「や、やっぱ可愛くねぇよな? ごめん……お見苦しいものを……」
「由良くんの頭に猫耳が見えるぅ……」
間違いなく今、由良くんの猫耳はぺたんとなっている。
「何言ってんの!?」
「由良くん猫に向いてると思うよ」
「なんで!?」
「大丈夫、可愛い」
「え、えっと、ありがと?」
「写真撮りたいからもう一回やって」
「やだよ!?」
ふるふる首を振られたので、仕方なく諦める。たまに眺めて癒やされようと思ったのに……けち……。まあ由良くんとは一緒にいるだけで癒やされるんだから、写真はなくてもいいか。
それにしても由良くんの可愛さを舐めていた。反省しなくてはいけない。猫の真似したのってたぶんあれだ、私が猫派だからだろう。そういうとこだぞ。そういうとこなんだぞ!
なんかもう勉強どころじゃないので、しばらく前から全然動かしていなかったペンを置いて、ルーズリーフをしまう。由良くんもいそいそと勉強道具を片付けた。この講義室は勉強するために借りているのだから、ただ話すだけなら場所を移ったほうがいいんだろう。
でも、ここは静かで、滅多に人が来ない。こんなことを言ったら先生方に怒られるだろうけど、カップルが過ごすのに好都合な場所だと思うのだ。
机の上に頬杖をついて、由良くんをぼんやりと見る。……最初は、優等生であることをちょっと後悔したくらいなのになぁ。先生に厄介ごとを頼まれてしまった、って。
それでも今、こういうことになっているのは私がエセ優等生であり、由良くんがエセ不良であったからで。ちょっとでも何か掛け違っていたら、こんなに好きにはならなかったんだろうな、と思うとなんだか不思議な気持ちになる。
「……好きだよ、由良くん」
自然と漏れた言葉に、由良くんがぱちりと目を瞬く。可愛いな、とちょっと笑ったら、由良くんは幸せそうに微笑んだ。
「……おれも好きです」
「ふっ、ふふ、なんかあれだね、もうやり直しいらないくらいだね」
「もうやめとく?」
「いや、やりたいでしょ」
「ん、やりてぇよな」
ちょっとの沈黙。
……この教室で。
最初に「これからよろしく」と言ったのは由良くんからだった。
次に「これからもよろしく」と言ったのは、私からだった。
だからというわけでもないし、由良くんが同じように考えたわけでもないのだろうけど。
顔を見る。目が、合う。なんとなく微笑み合う。ああ、好きだなぁ、と思った。
そして、同時に口を開く。
「――これからもずっと、よろしく」
そんな感じで。
私たちの関係は、これからもずっと、続いていくのだった。
Q.ぽんこつ優等生の作り方を求めよ 藤崎珠里 @shuri_sakihata
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