束の間・アイドル同盟

 薄暗い廊下を、小銃を持った一名の男が警邏していた。

 男は普段、警視庁の特殊部隊に身を置く人間である。踏んできた場数もそれなりで、その大半でUIFを相手取っていた。だがそれらはあくまでテロ活動に対しての対処であり、比較的小規模な作戦がほとんどだった。上層部の意向から、今までは大規模に殲滅活動を起こすことはなかったのだ。

 だから、男にとっても今回の作戦は異質なものであった。

 敵本部への潜入、そして殲滅。警視庁のトップに認可を下ろさせた人間は誰か、そんなことは考えるまでもない。アイドル――その頂点で華やかに咲いた花が地下に張り巡らせた根がどれだけの範囲に及ぶのか、考えるだけ無駄なくらいだった。


 そんな作戦の経緯もあってか、今回の任務ではバックアップとして神7のアイドルが付いていた。彼女らによってもたらされたのは、広範囲を影響下に置く認識阻害能力と、その能力をより効率良く使うための電子機器の回線強化。かくいう男のメットにも小型のカメラが付いているし、施設内の監視カメラもすでに掌握済みだった。生憎ここには自分を映すカメラがないので、今は認識阻害が無い状態だが。

 それにしても、彼女達の力は圧倒的だ。人数にして3倍以上いたUIFの構成員らを――ましてや彼らのホームで――こちらの人的被害なく制圧するに至ったのだ。恐ろしいなんてレベルではない。

 もし自分がだったら。そんな事を考えると、背筋に冷たいものが走った。


 まったく、アイドルというものを敵に回すのは利口じゃない。


 真一文字に結んだ口の中で、そんな言葉を転がす。男が今まさに対峙しているのは、まさしくそのアイドルなのだった。


 カタ、


「っ――」


 小さな物音を背後に聞き、男は振り返る。

 しかし、そこには誰もいない。だからといって男は油断しまいと、トリガーにかけた指に神経を研ぎ澄ませた。


 そしてそこで、男は異変に気付く。僅かに感じる、さっきまでしなかった臭いに。随分昔の学生時代、廊下で同級生の女子とすれ違った時に感じた、女子の残り香のようなものを。


「まさか――」


 男が察した時、四人の脱走者はさらにもう一人の警備を突破するところであった。




やっはりは、はいどはいどやっぱりさ、毎度毎度わはひのふはんへはふぎふぁない私の負担でかすぎじゃない??」

「しー、静かにしてください」


 両方の鼻の穴にティッシュを詰めた文美を花恋がなだめつつ、一行は一列縦隊で、壁に貼り付くような体勢となり進んでいた。

 理由としては簡単で、文美が廊下の壁際、人一人が横になって通れる程度の幅を残して空間を停止させているからである。ここまで警備をしていた人間は単体だったからか、認識阻害の影響下になく、見える状態だった。だが、本当に他にいなかったかは花恋達には分からない。だから、認識阻害を想定した方法で進むことにしていた。


「警備って大体真ん中歩くよね、そんなイメージある」という文美の予想に基づいたこの作戦は雑な発想ながら功を奏し、交戦なく地下から上がる階段の手前にまで辿りついていた。


 ここまで来るのに一番手間取ったのは警備の突破……ではない。それ以前の問題があり、その解決には10分以上の時間が掛かった。


ほれにひてもそれにしても、みはのはなひはほんほうばっはのへミカの話は本当だったのね。ほんほうにふいほひんとはへるなんへ本当に唯子神と会えるなんて…………」


 10分――それは文美が堀宮唯子を見て興奮状態となり、鼻血などの諸々が全て落ち着くまでに要した時間である。唯子の念動力サイコキネシスでこじ開けられた牢屋の床には、まだ乾ききっていない血潮があるはずだった。

 どうして今回、文美がこの作戦に参加しているのか。その元を辿れば、それは未解からの耳打ちであった。

 ……ここまで来れば、何を吹き込まれたか考えるまでもない。


『実はUIFには堀宮唯子が絡んでいての、どうにも最近秋葉原付近でそれらしき人物が確認されたという情報が入っておる』

「未解ちゃん、それは本当なの……!?」

「絶対とは言い切れんが、確かに信頼できる筋からの情報じゃ」

「ふふ、ふふふふ……」

「やるわ、やるしかないわ!そうと決まれば早速準備よ!出発は明日早朝、未解ちゃん、車の手配を!私も準備するわ!」


 ――という話である。


 後でゆっくり時間を取るという花恋の説得により文美は現在、縦隊の先頭を進んでいる。一つ間違えば命にも関わる緊迫した状況の中、文美の思考リソースの6割は唯子にどんな質問をしようかということに割かれていた。

 階段を昇りきり、四人は扉の前に辿りつく。


「ストップ」


 そしてそこで、唯子が小さな声で号令をかけた。コンマ以下の遅れもなく文美がそれに従ったため、後ろに付いていた夢理菜は文美の肩に鼻先をぶつけ「あたっ」と声を漏らす。


「この先の状況は?」

「どうでしょうね? 私の勘では、向かって良しですけど」


 唯子の質問に対し、花恋は随分な直感で返す。しかし本人は大真面目であり、目にはしっかりとその先を見据えていた。

 実際、花恋が能力を使った時も二葉明日葉の能力は発動された状態だった。先程までの廊下の警備こそ能力の影響を受けていなかったのでたまたま分かったものの、ここから先は明日葉の能力が先行している事により、アイドル次元からの情報取得が不完全となっている。

 それでも、花恋は言い切る。


「勘、ね」


 唯子はポキポキと指の関節を鳴らしながら、花恋のその言葉を頭の中で咀嚼する。


 相沢花恋。その能力はアイドル次元の情報を網羅し、それらの情報から自身の望む未来への最適解を弾き出すものだと道ながら説明を聞いていた。干渉対象とするアイドル次元範囲の時点で並のアイドルとは一線を画しているわけだが、唯子が今気にしているのはその能力の作用であった。

 人間の意識は、アイドル次元での現象によって生じる。つまり、蓄積された経験による直感的予察である「勘」も、アイドル次元での意識の中で生まれるものである。


 ならば、と唯子は思う。膨大な情報を処理して自身の望む未来への道筋を見るという、それこそ勘の行き着く先のような能力を持った人間の言う普通の「勘」とは、一体どれほどのものなのか。


「――十分ね」


 今し方昇ってきた階段の下、唯子はそこに右手を伸ばす。あるものといえば壁際に積まれた、昔まだこの場所で旧制アイドルがライブをやっていた時に使われていた照明機材である。そして、唯子は二十年来研ぎ澄ませてきた感覚を解放する。

 イメージは、より長く、より大きくなった自分の手だった。その手を数本伸ばし、対象を掴み上げる。唯子の想像するその手は、アイドル次元の意識外意識においては複雑を極める数式として作動する。対象の座標、運動情報を式にはめ込み、唯子が望む動きに必要なだけのエネルギーが、アイドル次元で蠢く膨大な熱量のうちのほんのひとつまみ分、ベクトルを定められた上で加算される。

 唯子が手を握ると同時、機材が軋みをあげた(ついでに文美も小さく歓喜の悲鳴をあげた)。そして瞬く間に、それらは宙に浮く。

 今なお日本国民の間で最もステレオタイプに想起される超能力であり、確認されたものの中で最も最初に発現した超能力――それこそがこの、堀宮唯子の有する念動力サイコキネシスだった。

 阿吽の呼吸で、列の先頭に出ていた花恋が扉を開放する。開けられたその先の空間に、唯子は総重量で三百キロを優に超える鉄の塊を投げつけた――。





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アイドルKiller×Killer《キラキラ》ガールズ!! 緒賀けゐす @oga-keisu

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