笑み。

「殺す?一色千里を?」


 花恋の言葉に、唯子は眉をひそめる。彼女の纏う空気が、一つ冷えたものへと変化した。


「えぇ。それがヒバリちゃん――いや、私達の目的ですから」


 それでも花恋は顔色を変えず、至極当然のことのように頷いてみせる。しばし無言のまま、二人は互いの反応を伺った。

 埃を被る照明が、チカチカと点滅する。


「――はぁ」


 静寂を解いたのは、大きなため息をもらした唯子だった。


「どうやら、冗談ではないようね。そうでもなきゃ、こんな場所になんて突っ込んでこないわ」

「ま、最初に手を出してきたのは千里あっちなんですけどね」


 困ったものです、と拘束された身体で肩を竦めてみせる花恋。そんな花恋を、唯子は眉を吊り上げて見る。


「それにしても、見たところあなた達は普通のアイドルでしょ? どういう経緯があれば、UIFこんなところに飛び込んでくるのかしら?」

「ええと、簡単に説明するとですね……」


 唯子の問いに対し、花恋は順を追って説明する。もちろん唯子は終始怪訝な表情をしていたが、彼女は特に話を遮ることなく最後まで聞いていた。


「――なるほど、家族を皆殺しにした姉への復讐、か。よもや、一色千里という存在そのものが能力によって創られた偶像アイドルだったとは考えもしなかったわ。ああいや――考えられなかった、が正しいわけか」


 唯子はコンクリートの壁に背中を預ける。花恋もまた身体を起こし、鉄格子に寄りかかっていた。

 淡い蛍光灯の明かりが、格子の影を牢屋の中に落とす。背に光を受ける花恋と、照明に目を細める唯子。


「それで」


 花恋が口を開く。唯子と夢理菜の視線が、その唇に集まった。


「唯子さんはどうしますか?」

「……というと?」

「ここに来て私達が得られた成果といえば、UIFがあてにならないと分かったことだけ、正直ボロ損なわけです。おまけにこのまま牢屋に突っ込まれて、命の保証ももありゃしない。せめてもまぁ、五体満足で帰りたいわけですよ私達は。しかしですね、いかんせん戦力不足です。それこそミラクルにエスパーなアイドルでもいなきゃ逃げ出すことすらできないくらいには」

「つまり、協力しろって?」

「あら、話が早くて助かりますね。というか――」


 花恋が、言葉に一拍置く。

 さらりと、床の埃が舞う。


「唯子さんに協力してもらうのが、最適解ベストみたいですので」


 まるでファンにでも向けるような笑顔で、花恋は笑う。


「――というのはあくまで手に入れうるデータ上のもので、二葉明日葉の影響下である以上、絶対的なものではないんですけど」


 その笑顔を、唯子は驚愕の表情で見つめる。

 そしてすぐに、その表情は不敵な笑みへと変化した。


「へぇ……いいじゃない、面白くなってきた」

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