→サイキック
「……えええ!?ま、まままま、まさかあの、伝説の!?あの堀宮唯子っすか!?」
唯子の言葉から一拍置いて、夢理菜は彼女の言っていることを理解した。確かに夢理菜の知っている若かりし頃の堀宮唯子と、目の前の女性はとてもよく似た顔立ちをしていた。アイドル活動を辞めて以降メディアへの露出が無くなっていたため、外見ではすぐに気付けなかったのだ。
「ええそうよ。私が堀宮唯子」
「あっ、だっ、ど、どうしてこんなところに!?だってここ、UIFの本部っすよ!?はっ、まさかUIFに監禁されて――」
「ま、近からず遠からずね」
どぎまぎする夢理菜をなだめ、唯子はどさりと備え付けの硬いベッドに腰を下ろす。
「ま、UIFというのも元々、私が作った組織なんだけどね」
「……へ??」
そしてあたかも当然のことのように、唯子は夢理菜にとって衝撃の事実を言ってのけた。
「えーと、ちょっと待ってください?理解が追い付かないんすけど。え?作った?UIFを?」
容量オーバーでショート寸前の夢理菜は、口にする言葉が疑問形ばかりになる。
唯子は夢理菜の言葉に頷いてみせる。
「ええ……といっても、もう今の私には何の権限もないし、むしろ追われる側になっちゃったんだけどね……全ては、あの事件で変わってしまったわ」
「事件って、10年前にここで起きたという」
「そう、旧アイドル派とサイキックアイドル派の衝突。そこでの変化を語るには、まず始まりから話さなければいけないわね。どうせ、もう少し時間が掛かるわ」
そう切り出し、唯子は自身の過去を夢理菜に語り出した――。
* * *
自分が超能力者だということに気が付いたのは、確か16歳の時だったわ。自室のベッドで横になってて、机の上に置いてあった携帯を取ろうとした時。手の届く距離じゃなかったから、念を込めて「動け!」ってやったのよ。
で、そしたらホントに浮かんで、私の手に収まった。
最初は信じられなくてね?部屋の目に付くもの相手にとりあえず同じことを繰り返して、部屋がぐちゃぐちゃになってから初めて「本物だ」って思ったわ。
その時にはもうアイドルになるために上京してたんだけど、最初は隠してたの。だって、今でこそたくさん超能力者はいるけど、その時は私だけだったんだもの。変な目で見られるのは当然だろうと思って、人前では使わなかったわ。
あの頃はただ、『アイドル』として輝きたかった。ステージの上で、歌って、踊って、皆を笑顔にして。私が欲しかったのは超能力じゃなく、そういう力だった。
でも、私にはそういう力が欠けていて。同期だったアイドルの子がテレビに引っ張りだこになっても、私はその子のバックダンサーにすらなれなかった。それどころか、もうアイドルを続けていくのも厳しいところまで追い込まれた。
だから、『サイキックアイドル堀宮唯子』というのは、崖っぷちに追い込まれた私が、紛い物であろうとアイドルとして生きようとした結果生まれた存在でしかないの。あの頃の私は、アイドルの形をした何かだった。言い訳になっちゃうけど、まだ高校生――子供だったのよ、私も。結果として話題性抜群で、私のことを色んな人が見てくれた。世界が認めてくれたような気がして、私はただ嬉しかったの。
それでどんどん能力を使って、私はさらにメディアに露出するようになった。日本で私を知らない人はいないくらい。有名になって、色んな人を笑顔にできた。
……で、捕まったわけだ。CIAだかKGBだか分からん組織に。仕事帰りのある日ね、後ろからスタンガンか何かで気絶させられて、私は攫われたの。それから色んな研究所を回されて、身体の隅々まで――ごめん、今でもあまり思い出したくない記憶だから、内容までは無理。
すごく後悔した。どうして人前で使ってしまったんだろうって。アイドルを辞めて普通の女子高生に戻っていれば、こんな目には遭わなかったのに、どうして私にだけに――ってね。
でも、結局それも私だけじゃなかった。世界中で私と同じように超能力に目覚める女の子が現れ始めて、研究対象が私だけじゃなくなった。日本でもアイドルで私と同じように超能力を売りとするアイドルが増え始めて、いつしか日本のメディアから普通のアイドルのニッチを剥奪してしまっていた。
その頃には私も研究から解放されて日本に戻っていたんだけど、耳に入ってくるのは辛い知らせばかりだった。
私がバックダンサーにすらなれなかった子が、テレビに出れなくなった。事務所から歌手への転身を打診されて、渋々やってみたけど売れず、心を折られて芸能界から身を引いた子がいた。
私が
罪悪感が、私の心を蝕んだ。私のせいで、多くのアイドル達が未来を失った。そう思わずにはいられなかった。
だから、UIFを作った。
最初は小さな集まりだったの。それに、サイキックアイドルそのものを否定するものじゃなかったわ。普通のアイドル達とサイキックアイドル達が共生できるような、そういう業界を作りたかったの。私は顔がバレてるから、裏でサポートに回るしかなかったけどね。
――でも、現実はそうはいかなかった。
自分達の応援してきたアイドルの居場所を奪った、よく分からない力を使う少女達。アイドルのファンにとって、
でも、10年前のあの日。ここ秋葉原で起きたあの事件で、組織内のバランスが過激派に傾いた。それ以降はもう、UIF――地下アイドル戦線という組織は枷を外してしまったの。以後の活動はもう、あなたの知っている通り。テロリストの集団でしかないし、尊い命がたくさん失われている。
私はもう組織での立場を失ったし、それどころか穏健派の象徴として組織から追われる立場になった。私は何もできず、逃げるしかなくなったの。
ああ、私じゃ何も変えられないんだって、無力感に苛まれた。というか、それは今でもね。私一人じゃ、世界なんて変えられないと気付かされたから。
けれどここ数年、UIFの活動は縮小化しているわ。理由はもちろん、一色千里の存在。彼女という圧倒的な存在によって、大規模な活動はむしろ組織の首を絞めることになっているのが現状よ。
だからUIFの方も、一色千里でも対応しきれないほどの一撃で押し切ることにした。総選挙の舞台に全戦力を投入して、一色千里を亡き者にしようという算段ね。その情報を、私は内通者から手に入れたの。
膨れあがった組織が行動を起こして、犠牲が無いと思う?これは止めなければいけないと思った私は、危険を承知の上で本部に乗り込んだの。せめても私のできる贖罪としてね――。
* * *
「で、乗り込んだのが今朝の話。幹部達と話を着けるつもりできたんだけど、どういうことかその必要が無くなっていた」
「既に死んでた、ってことすか?」
「そうね、全員抵抗した痕跡もなく、上の階で息絶えてたわ。それで呆然としていたら、何者かによって気絶させられて、気が付いたらここにいたってわけ」
ま、そうでなかったら幹部達に殺されていたでしょうけど。と付け加え、唯子は肩を竦める。
UIFの背景や唯子の状況を聞いた夢理菜は、情報を整理しようとする。
「あいつらは二葉明日葉の指揮で動いてる――つまり一色千里の手先っす。それがUIFという敵対組織を潰しにかかるのはまぁ何となく理解できるっすけど、私達が生かされているのがイマイチ分からないっすね」
「そういえば、あなた達はどうしてこんなところへ?」
「それは……」
夢理菜は言い淀む。夢理菜達がここに来たのは、唯子の言うところの過激派を頼りに来たのだ。それはつまり、唯子の目的と真逆ということだ。それを赤裸々に話しては、一体どんな反応をされるのか――
「一色千里を殺す、その手伝いをしてもらいにです」
「っ!?」
背後からの声に、夢理菜は驚いて振り向く。
いつの間にか目を覚ましていた花恋が、その瞳を唯子に向けていた。
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