The First

 一人の女子高生に夢理菜が歩み寄り、その首筋に指を当てる。既に肌は冷たく、脈も感じられなかった。

 夢理菜は目を閉じ、能力を発動する。全身の透過イメージの中、夢理菜は体内に留まる異物を発見した。


「……っ」


 無言のまま、夢理菜はそれを能力で処理する。それで生き返るわけではないが、そのままにしておくのは申し訳なかった。夢理菜は手に付いた血をハンカチで拭いつつ、二人へと視線を向ける。


「――銃殺っす。お腹の中に弾丸がありました。多分、他の人もそうかと」


 夢理菜の報告に、文美は身じろぎする。目の前に死体が幾つも転がる状況を、心が拒絶していた。

 状況を見て、花恋は能力を行使するか迷う。しかしあと一回という限度を顧みて、ここは自分の力で考えようと口に指を当て思案することにする。


「UIF内部でのいざこざ? いや、それにしては一方的……」

「何か反抗した様子も無いっすね。外の人達と違って、武器も持ってないですし」

「な、なんで二人ともそんな冷静でいられるのよ?」


 死体を見てすぐ行動ができる人間がスタンダードなのは嫌だと、文美が尋ねる。その言葉に、花恋と夢理菜は顔を見合わせた。


「二人には言えませんでしたけど、少し見えたので、この光景が。心の準備は幾らか」

「私はまぁ、能力が能力なので。今度のヒバリっちの件の事件現場に招集されたりで、こういう自体は無きにしも」

「ああもう、どうしてこうなのか……」


 二人の適応力の高さに、またまた文美は頭を抱えてしまう。


 瞬間、劇場の奥から乾いた炸裂音が響いた。揃って音の方向を見る。ここに辿り着くまで、三人が何度も聞かされた音だった。


「っ、今のって――」

「その前に」


 花恋は息絶えた少女が握る、血にまみれた拳銃を掴む。死後硬直した指を一本一本、力を入れて外していった。


「花恋、何を」

「こうなると、文美さんだけに頼るわけにもいかなそうですから。ほら、むりぴょん使って」

「で、でも私銃なんか」

「大丈夫、どうせ素人が撃っても当たらないから。相手への威嚇と、近距離に詰められた時にあるいはってやつ」


 夢理菜の手に拳銃を握らせ、花恋は笑みを作る。次に自分の分を別に倒れた男から拝借し、準備を整えた。


「行きましょう」


 花恋の言葉に、二人は頷いて音のした方へ廊下を走った。


 三人が廊下を走る間も、何発かの銃声が彼女らの鼓膜を震わせた。倒れ込む人も5人見たが、そこに生きている人はいなかった。

 銃声が鳴り止んだ頃、廊下の先の両開きの扉へと辿り着く。その上に付けられたプレートには、「ステージ脇 下手側」と書かれていた。


「3数えたらゴーです」

「ええ」

「はいっす」

「3、2、1――」


 ゼロのタイミングで、花恋が扉を解放する。それと同時に、三人はその先の空間へと突入した。


「……って、あり?」


 夢理菜の拍子抜けした声が、劇場の広い空間に反響した。

 表示の通り、三人が出たのはステージ袖であった。照明も点けられ、ステージは明るく照らされている。それなのにそのステージ、観客席にも人影は無かった。


「これは一体……じゃあさっきの銃声は?」

「っ、まさか――」


 刹那、花恋の背後から鈍い音がした。

 振り返る。苦悶の表情を浮かべ、文美がステージに倒れ込むところだった。


「文美さん!」

「――手を上げろ」

「ひっ!?」


 くぐもった声。それと同時に変化した視界に、夢理菜は短い悲鳴をあげる。

 重厚な装備に身を包んだ男が二人、それぞれ花恋と夢理菜の正面に突如として現れたのだ。手に持ったアサルトライフルの銃口が二人の眉間に銃口が触れる、それほどの近さ。


「銃を捨てろ、さもなくば撃つ」 

「……歪曲ディストード


 どうして彼らが見えなかったのか、その仕掛けに気付いた花恋は苦虫を噛み潰したような顔で呟いた。

 二葉明日葉の能力。対象の認識を阻害する歪曲ディストードにより、彼らを私達に認識できないようにしていたのだ。となるとどこかに――。

 銃を捨てつつ、花恋は薄暗い観客席へと目を凝らす。そこにはさらに数人の武装した人間と、テレビクルーが使うようなカメラを向ける人間がいた。恐らくあのカメラで撮影している映像を、明日葉が見ているのだろう。

 さらに思考する。入り口で殺されていた人達。彼女らに反抗の痕跡が見られなかったのも、明日葉の能力によって認識の外側から奇襲されたのではないか。


「人殺しまでライブビューイングとは、便利な時代になったも――」


 花恋が皮肉を言い切るの待たず、鈍い音がステージに響く。文美と同様に後頭部を強打された花恋は、意識を失いその場に倒れ伏した。


「花恋っち!」


 夢理菜が叫ぶ。しかし銃を突きつけられているため動けず、持っていた拳銃も奪われてしまった。

 観客席、カメラを構える男がヘッドセットからの音声に耳をすます。


「そいつはそのままでいい。三人まとめて連れて行け、だそうだ」


 カメラマンの指示に従い、武装した男達は倒れた二人と夢理菜の両手を結束バンドで縛ってゆく。


「連れて行く!? 私達をどうするつもりっすか! ちょっと!」


 身体をよじる夢理菜の言葉は聞かず、文美と花恋はそれぞれ担がれ、夢理菜も拘束されたままステージ反対側の出口から連れ出された。



  *  *  *



「ふぅ……やっぱり、ああいうのはいつまで経っても慣れないわね……」


 生放送が終了し、ヒバリはスタジオを出て自分の楽屋へと戻って来ていた。

 元々、一色千里――姉の万里を追ってアイドルの業界に飛び込んだ身だ。アイドルに求められるものが揃っていたとはいえ、ヒバリ自身がそれをやりたくてやっているわけではない。生放送など取り直しの利かない収録の類いは、ある程度数をこなしても慣れることは無かった。


 マネージャーは、他の担当アイドルの方で少しトラブルがあったからと、放送途中に局から出て行ってしまっていた。それはそれで、色々と心配事のあるヒバリにとっても好都合だった。


 スマホを操作し、メッセージ画面を開く。今朝登録した共犯者の面々の中から、ヒバリは未解のアカウントにメッセージを送付する。


『何か、連絡はありましたか?』


 メッセージが送られるとすぐに、既読の文字が出た。


『あやつらも、そういう余裕は無いらしくての。定期的にメッセージを送って確認しているが、誰にも既読がつかん』

「……」


 となると、今花恋達に連絡を取る手段は無いということ。そしてそれは、今のヒバリにできることは何も無いということだった。それこそ実那のように瞬間移動の能力でもあれば、話は変わってくるのだが。

 ヒバリはため息を漏らす。花恋達の無事を祈りつつ、ひとまずアイドルとしての責務に集中することにした。今日はもう仕事はないが、後日収録に参加する番組のアンケートが鞄に入っていることを思い出す。確か、色んな職業を目指す若者を集め、本音を聞こうとかそういう番組だ。

 楽屋を出る前に、ヒバリはそれをやってしまうことにした。


「えっと、『あなたが今の夢を目指すようになったきっかけは何ですか?』……」


 ペンを握る手に、力が入った。


 姉が家族を殺して、その復讐のためです。


 そんなことを、言えるわけがなかった。本音を語るという番組の趣旨自体が、今の自分とは真反対で、皮肉が利いているとヒバリは思った。

 とりあえず、本当の事は書けない。ヒバリは適当に、多少の事実を織り交ぜながら、ありきたりなエピソードを用紙に綴った。


『両親がアイドル好きで、その影響です。父の部屋に貼ってあった堀宮唯子ほりみやゆいこさんのポスターが、初めて認識したアイドルだったと思います』


 堀宮唯子。最初にして伝説の、念動力サイコキネシスを使うサイキックアイドル。

 もし彼女が能力に目覚めなかったら、世界に超能力者は繁茂しなかったのではないだろうか。彼女がこの世界とアイドル次元との間に橋を架けてしまい、そこから裂けるように世界が変貌したのではないか。


 彼女が能力に目覚めなかったら、両親と兄は死なずに済んだのではないのだろうか。


「……当てつけにも、程があるわよ」


 黒い感情を押し戻し、ヒバリは心を落ち着かせる。

 家族が死んだのも、既に過去のことだ。姉でさえ過去に遡ることができない以上、逆恨みしたところで何の解決にもなりはしない。解決に向かうとすれば、それこそアイドルになった理由を果たせた時だけだ。


(そのためにも、今はアイドルに徹しなくちゃ)


 深呼吸をし、ヒバリは再びアンケートに取りかかった。



  *  *  *



「入れ、せいぜい大人しくしてるんだな」


 夢理菜達は武装集団に連れられ、地下の牢屋に突っ込まれた。UIF本部であるこの建造物の地下は、かつては物置として使われていたが、UIFがアイドル側の人間を収容するために改築されていた。

 一部屋一部屋は大きく、複数人が入ることを前提に作られているようだった。太い鉄格子の中に入れられた夢理菜に続き、気絶する二人がリノリウムの床に投げ込まれる。


「文美先輩っ、花恋っち!」


 後ろで両手を拘束されているため、二人を揺することはできない。

 UIF相手に乗り込んできたつもりだったが、気が付けば一色千里の手先に拘束されていた。あの不可侵条約は嘘だったのかと、夢理菜は歯噛みした。



「これはまた。今日はどうにも、珍しい来客ばかりね」

「――っ」


 背後から聞こえた声に、夢理菜は振り向く。薄暗い部屋の隅に、夢理菜は座り込む一人の女性の姿を見つけた。


「誰っすか?」

「私? 私はそう……」


 女性は立ち上がり、比較的明るい場所に出てくる。年は三十路過ぎといった風貌だが、それでも肌には艶があり、若い頃は余程の美少女だったのだろうと感じさせた。



「あなた達の大先輩、ってところかしらね」



 夢理菜達と同じく両手を拘束された状態で、堀宮唯子は微笑みを返した。


 

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