ここがアイドル最前線。
襲いかかる人間達を無力化しつつ、三人はとある細い路地裏へと辿り着いた。三人は顔を串団子のように縦に重ね、こっそりと路地裏から外を見やる。その視線の先には、ポップな書体で蛍光カラーに彩られた看板を掲げる、大きな劇場があった。周りには少女達の写るポスターがそこかしこと貼られている。
一階部分が劇場スペースとなって派手に飾られているのに対し、5階建ての建造物の上4階部分は、外からはいたって普通のビルに見えた。
入口では何人かの人間が立っており、腰には警棒らしき棒状の何かを装備していた。その他にも下半身にベルトを身に付け、一回り小さなカラフルな棒をたくさん付けている人間もいる。視力の良い夢理菜が目を凝らす。それはどうみてもペンライトだった。
「……あれですね」
「あれね」
「どう考えてもあれっすね」
多くを言わずとも意見が合致したところで、三人は首を引っ込め、再び路地裏へと身を隠す。
見つかる頻度が高くなったので話を中断していたが、三人が今議論すべきことは、さっきその存在に気付いた二葉明日葉についてだった。
「それにしても何でですか? 神7のアイドルがって、あっちからは手を出さないって言われたんすよね?」
明日葉と京の存在を聞いた夢理菜が、怪訝な表情をする。その回答を探し、二人は考え始める。
「私達以外に目的があって……とかかしら? 花恋の能力で分からないの?」
文美の提案に花恋は眉を曲げ、静かに首を横に振る。
「多分、無理だと思いますね認識阻害の影響は大きく出ますから」
(しょうがない、アレを使うか……)
花恋は少しリミッターを外すことにした。
「私も知りたいことがあるので、もう一回使ってみます……ちょっと本気出すんで、周りの警戒お願いできますか」
「ええ、分かったわ」
「了解っす」
二人に周囲を任せ、花恋は目を閉じた。
深く肺に空気を取り込み、口をすぼめ細く吐く。呼吸を繰り返すうち、体の内側から広がっていくような感覚が段々と表れる。自己の輪郭が拡大していくようなその感覚に、花恋は意識を集中させる。
それは、一時的な意識の拡大。
>私は、今置かれている現状を理解した。
そして、能力を行使した。花恋の意識外意識が、アイドル次元を駆け巡る。情報と情報を繋ぎ、演算を繰り返す。
いつもよりごく僅かに早く、演算結果が弾き出される。物質世界へとエンコードされた情報のうち、最適解らは花恋の脳に記憶として綴られた。
「っ~~~!?」
刹那、強烈な痛みが花恋を襲う。いつもより容量の大きな情報を処理する上で、取りこぼした情報が痛覚にまで作用が及んでいた。全身の皮膚が引き裂かれるような痛みが、花恋の脳内で電気信号として生じていた。
路地に吹く風は、いつもより弱い。
両手で胴体を抱き締めながら、花恋は地面に倒れ込んだ。握り締める手が、上着に皺を寄せる。そしてすぐに痛み自体は引いたが、余韻が花恋の中でじんじんと響き、額から冷や汗を流させた。
「花恋っ、大丈夫!?」
いきなり倒れ込んだ花恋を心配し、文美が駆け寄る。
「ええ、もう大丈夫です……」
腕を借り、花恋は体を起こす。その時には頭の中ははっきりとしており、さきほどまで存在しなかった記憶が花恋の頭の中に浮かんでいた。それらはいつものように、理路整然としたものではない。それでも最適解らしき記憶は、花恋に確信といえる事柄を示していた。
それと、信じがたき光景を。
「やはり、広範囲で認識阻害がかけられているみたいです。ブラックボックス処理が多すぎます」
「ブラックボックス処理? 何すかそれ?」
いきなり出てきた言葉に、夢理菜は首を傾げる。
「認識阻害などで情報に干渉できない時。私の能力では、その不干渉領域を一つの情報単位としてそのまま処理するんです。簡単にいえば、『分からないものを不変の分からないものとして処理する』、みたいな」
「箱の形は分かるけど、その中味は分からない。だからブラックボックスね」
「そうそう、そういうことです」
文美の言葉に、花恋は額を袖で拭いながら頷いてみせる。
「でも、そんなことまで分かるの?」
文美の問い掛けに、花恋は苦笑いで返してみせる。
「スゴいしんどいんで使わないようにはしてるんですけど、やりようによっては最適解以外も取り込めるんです。それを使って最適解の他にルートを二つ見てみたんですけど、どれにも同じように分からない点がありました。明日葉ちゃんによる認識阻害とみてよろしいかと」
「なるほど……って、それホントに大丈夫なの?」
「まぁ、能力はあと1回が限界でしょうか」
「結構ギリギリっすね……」
花恋の能力が行き先を示すコンパスとなる今回の作戦で、それを使える回数が少ないのは明らかな不安要素だ。それでも、当の花恋はぎこちなく笑ってみせた。
「……大丈夫ですって、多分」
「根拠は?」
「勘」
「勘」
ここまで来ての花恋の拠り所の無い言葉に、文美はうーんと唸った。
「スゴい不安だけど、信じるものが他にないしねぇ……」
「ま、どっちにしろって感じすか」
「逆に聞くけど、むりぴょんはどうしてそこまで落ち着いているのよ?」
「私も、基本勘で生きてますから」
「……」
夢理菜の言葉で、文美は自分がこの場のマイノリティだと自覚する。深くため息をつき、降参を示した。
「分かったわよ、行きましょう」
そして花恋が落ち着いたところで三人は立ち上がり、目前のUIF本部へと再び目を向けた。
「……少し、覚悟は必要っぽいですけど」
花恋が呟いたその言葉は、二人の耳に届くことは無かった。
文美が背を伸ばし、路地の先へと目を向ける。
「さて、ここからは?」
「まず正面突破です。文美さんの
「あら、あの見張り以外にもいるの?」
文美の視線の先、それらしき建造物の前では警備をする人間は4、5人程度だ。
「付近のビルに何人か。そうじゃなくても、認識阻害の影響で完璧な状況が把握できていない以上、一番守るべきここには人員が最大限割られていると仮定したほうが安全です」
いつもより説明口調の花恋だったが、特に二人がそれを気にすることはなかった。
「確かにそうね。むりぴょん、くれぐれも視界に入らないでくれるかしら、出血過多で死人が出るわ」
「わ、分かったっす……」
サングラスを外し、文美はパキパキと指の関節を鳴らす。深呼吸をし、気持ちにスイッチを入れた。
「さて、それじゃあいくわよ――」
文美のせーの、の掛け声で、三人は路地裏の陰から飛び出す。そして同時に、文美は広がる劇場前の通りの全てを見渡した。サングラスを通さないクリアで明るい視界は、さっきまでの対比でよりはっきりと文美の意識に投射される。
パチンッ、と文美が指を鳴らす。瞬間、彼女達の目に映る世界は動きを止めた。警備の人間は写真のように微動だにせず、風にめくれたポスターもひるがえったまま動きを止める。動くものがないため、とても静かだ。
その光景に、花恋と夢理菜は思わず息を飲んだ。
「この規模でやると、なんだかアートみたいで綺麗っすね」
「そうね、これがアイドルの仕事なら芸術加点なんだけど」
皮肉っぽく笑ってみせ、文美は歩き始める。その横に並んで夢理菜も歩き始めるが、数歩進んだどころで見えない何かに顔をぶつけた。
「いたっ!?」
そのまま、夢理菜はお尻をついて倒れてしまった。
「むりぴょん大丈夫?」
花恋が駆け寄り、手を貸す。いたたたと、夢理菜はお尻をさすった。
「何すかこれ?」
「気を付けてちょうだい、その辺の空気まで全部止めてあるから。私の後ろに付いてきてくれば大丈夫よ」
「できれば最初に言って欲しかったっす……」
停止した街を隠れようともせず、三人は道路を横切る。
「さて、最後はあっさり着いたけど」
そして、三人は扉の前に辿り着いた。両開きの重厚なドアが、内部に待ち構えるものは何かと想像させる。
そこで少し、花恋の態度が固くなった。
「花恋? どうしたの?」
花恋のその変化に気付いた文美が花恋に尋ねる。
「ああいや、大丈夫です」
花恋はすぐに表情を笑顔に戻し、扉へと視線を逃がした。文美はその態度に不審を抱いたものの、ここで追求してもしょうがないと諦めた。
花恋は、能力で見えたものに不安を感じずにはいられなかった。でもそれを言うことは、今の彼女にはできなかった。少なくとも、それを鵜呑みにすることが躊躇われたのだ。
両の扉の取っ手に花恋と夢理菜、文美に分かれて手をかける。
「「「せーの」」」
そして、三人は思い切り扉を開けた。
中は静かだった。というより、静か過ぎた。
「――っ、これは一体」
中の光景に、文美と夢理菜は口を覆う。花恋も、見えていた光景がそのまま存在していたことに驚きを隠せなかった。一歩踏み入れる。足下のカーペットは濡れ、ぬちゃりとした感触が足に伝わってくる。
足下に一人、女子高生らしき制服を着た少女が寝転んでいた。こんなところで寝ている以外に普通と違うところといえば、息もせず、服が血にまみれているところだろうか。
そして、それは彼女だけではなかった。
10人以上の人間が、その劇場のエントランスで殺されていた。
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