職人の嘆きと意地( ´∀` )

兎荷

第1話





だめだ。


いろいろ現場で頑張ってみたものの、どうにもこうにも間に合わない。

いや、間に合わないことは分っていた。

客の要望を仕様に落とし込む段階で無理があったんだ。わかってはいた。理解してはいたのだ。

その説明は、もちろんした。

だが、悲しいかな…理解はしてもらえなかった。


『それを何とかするのが君の仕事だろう!』


さいですか…。


もともと受注した段階で気づくべきだった。

せめてその場に同席することができたなら。いや、過去には戻れないから詮無きことなのだが…。

しかし、要望に応えようとするなら、別途開発費を要求してもいい内容だった。


勿論、そんな暇も予算もない。

裏技を駆使して何とか要望通りの動作をするようにでっちあげることはできた。

事の詳細を図面と一緒に仕様書にしたら辞典並みの厚さになること請け合いだ。

マジで勘弁してください。


そしてやはり、納期に遅延が発生したわけだ。

決められた期限には、もう間に合わない。


あーもうーやだやだ。


・・・・・。



辞めてやる…。


こんな仕事、金輪際やらねーぞ!!!!!


ざっけんな!何が『君の仕事だろう』だ!


そんなん俺の仕事じゃねーよ、ふざけんじゃねーよ!


安請け合いしていい顔したくて客の要望丸呑みしてるてめーが何とかしろよ、してみろよ!!


もう1か月はまともに家に帰れてねーんだよ!?


ああああああああああああああああ

ああああああああああ

あああああ


あああ・・・



うああ


はあ。



落ち着け。


とりあえずこの仕事はやってやる。最後まできっちりとやり遂げて、まともに動かせるかどうかは知らんが…仕事はきっちり終わらせて、金を受け取ったらこの街を出よう。


そうだ。


そうさ、ある程度まとまった金もある。


よし、それがいい。


そうしよう!


あはは、ちょっと楽しくなってきたぞ?


わは、わはははは!











交通と観光の要衝、複数の大商人によって支配されている街。


バズグリーム・アラフル市。


 風光明媚な観光スポットが多く貴族の避暑地としても有名で、様々な別邸(別荘)が各所に見受けられる。


そしてまた一つ、最近新しい別邸が建築され、瞬く間に噂になった。

予定されていた時期よりは多少遅れての完成だったらしいが。


 名のある貴族なのだろう、仰々しいまでに絢爛で豪奢な外観。

それに相応しい堅固な造り。

だが、その様な建物は幾らでもある。


その別邸が噂になったその本当の理由。それは。




「はあ、申し訳ないのですが、この施設の魔導システムを稼働しようとしてもですね。まともに動かすには、相当熟練しないと…なんとも…」


 担当魔術士の発言である。

 彼は貴族の屋敷の警護を任せられるほどの魔術士だった。

 今までも、屋敷に仕掛けられた様々な仕掛けを見てきており、うまく仕事に応用するだけの能力を持っていた。


 しかし、その彼をして、この新築の貴族別邸…そのシステム全般は手に負えないと言う事が分かったのだ。

 分厚い仕様書をめくりながら、彼はしかめっ面で続ける。


「仕組みはわかります。動作原理もわかります、が。なぜこのような無理な運用方法を強いたのでしょうね。それを実現するだけのために相当無理してますよコレ。」


 要望を聞いて仕様を決めたのは商人だ。

 彼には技術的なことが分からず、その仕様を完璧に実現するように担当魔術士に言ったそうな。

 その、無茶に晒された彼は何とか抗弁したらしいが、一切耳に入れられることはなく。むしろ出来なければ金は払わないとまで言われ、既に雇用されていた彼にはやっぱり拒否権がなく、止むを得ず受け入れたらしい。


 建築魔術師と装飾魔術士と何度も打ち合わせ、様々な術式を屋敷に刻み込んだ。

仕掛けを仕込んだ。最後には全員がハイテンションになっていて、普通の職人たちは一切近付かなかったそうだ。


 完成はした。

そして施主と雇い主へのデモンストレーションも完璧に行った。完璧に動作させることができた。それは当然だ、造った当の本人なのだから。


 依頼主も雇い主の商人も満足したようだった。

設計した魔術士は、それを機に旅立ったそうな。


担当魔術士のケビンは思った。


逃げたな、と。


「何はともあれ、完全に把握しないと危なくてお住まいすることはできないでしょう。しかし全ての仕掛けを把握するにはまとまった期日が必要となります。…どれくらいかかるか、ですか?」


 そうですね、とケビンは顎に手を当てた。


「少なくとも大雑把に把握するまでには少なくとも2~3か月ほどかかるかと。何せ、どの魔術がどの仕掛けに対応しているのか、これだけ複雑だといっそ動作させてみたほうが早いですからね。そういった試しをするにはどうしても時間が掛かるわけでして、はい。」


 しかも彼は魔術システム論には疎い、警備担当魔術士である。

 仕様書は最早技術解説書となり果てており、実際にどう動くのか、どういった効果があるのか、そういった実動作に関する部分の記述が埋没してまっていた。

 ケビンの見立てでは、これもわざとだ。

なんて意地の悪い仕様書だろう。実稼働させるのに必要な部分だけまとめてくれればいいものの、わざとそうしていない。

 暗に、苦しめ、というメッセージが籠められているのが分かる。

俺を苦しめてどうする、とケビンは思った。


「もしこの試しの期間を短くしたいのであれば、運用書…というべきですかね。もっと動作方法に関する説明の書かれたものを用意していただければ…多少は短縮できるかと。」


 まあ無理だろうけどね、と思いながらも一応案は出しておく。そうでもしなければ、一方的に難癖付けられるのが落ちだからだ。


 はあ、とため息を吐く。


しかしまあ、一つだけ思ったことがある。


「別荘の運用にこんな複雑な仕様、必要あるんですかね?」




 まともに運用の叶わない仕様ということが判明するまでそう時間はかからなかった。

 屋敷の主である貴族は激怒したが、警備担当者はさっさとこの仕事を辞めており、次の仕事を得ていた。

 商人は貴族に呼び出され、散々詰られ貶され、しかし命までは取られず、この不良債権を馬鹿高い金額で貴族から引き取らざるを得なかった。


 設計魔術士の捜索も行われたが、もうどこに行ったのだか一切足取りをたどることはできなかった。

 もともと予測していのだろう、逃げ足も相当に早かった。


 事の経緯が噂になったその別邸。

 商人が負担した金額で売れることはなかった。

かと言って放置するわけにもいかず、いつか売れることを祈って(文字通り教会に通った)維持せざるを得なかった。


 しかし、やはり売れなかった。


 数年後、格安の値段で売りに出したところ、あまり事情を知らない他国の青年貴族が購入していった。

 肩の荷が下りた商人は感謝もひとしおだったが、まともに稼働できないこの屋敷にどうやって住むのか聞いてみた。



「ん? システムを動かさなければいいじゃないか。それほど治安も悪くないみたいだしな。ははは」




 商人はしばらくの間立ち直ることができず、引退した。





「しかし、面白いな。この屋敷は。」


 青年貴族、アルフレッド・カノンはつぶやく。

手には分厚い仕様書。ページをめくり、記述された内容を読み解く。


「既存の魔術の組み合わせ…ムリなく、暴走しないよう上手く纏められている。これは、これだけで一財産作れる規模じゃないか…?」


なかなか面白い買い物だった、と満足した。










別邸仕様(要望)


門は私の意で開くのがいいな。

外や屋敷の様子が一目でわかるようにしてくれ。

門番や屋敷の警護には常に1個小隊くらいは展開したいな。

食事、湯浴み、就寝の準備などは全て勝手に済むようにできないか。

敷地内部すべてに侵入者用の罠が欲しいな!私の意思で起動できる魔導式がいい。

無論、予算は限られているわけだが。


→門:領域感知型の可動門。感知術式に識別機能あり。魔力炉へ接続されており、半永続可動可能。(通年12回の整備必要( ´∀` )

→監視網:書斎に空間投影魔術を常駐。術式はプレートにて監視地点の切り替え可能。魔力炉へ接続されており、半永続可動可能(通年12回の整備必要( ´∀` )

→警備系:敷地内巡回式魔導ゴーレム配置。自立型で稼働・非可動の切り替え式。識別機能にて侵入者を識別する。魔力炉へ接続されており、半永続可動可能。(通年12回の整備必要( ´∀` )

→生活系:食堂、浴場、寝室のオートメーションは技術的課題がクリアできなかったため、浴場のオートメーションのみ実施。稼動開始時に設定された温度で湯を張り、自動洗浄機能により半永続的可動可能。ただし、その制御系の整備は通年12回実施されたし( ´∀` )

→敷地内トラップ:要所に捕縛用トラップ、転送トラップ、殺傷トラップなど全12種を設置。動作条件は任意設定可能(選択式)。条件が満たされれば即発動するため使用には十分注意されたし。引き渡しの時点で設計者・構築者から利用者へ全責任が譲渡される。(識別がギリギリの小文字で書かれている)(サイン記入欄に記入あり)

→予算:ふざけんな。

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職人の嘆きと意地( ´∀` ) 兎荷 @tokka1234

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